第9話 モブ兵士、あやす

「予想はしていたが、まさか本当に魔力強化ができるとはな」


「……」


 別日になって、再びエルダさんに呼び出された俺は、鋭い眼光を向けられていた。

 今まで色々と誤魔化してきたが、ついに決定的な瞬間を見せてしまった。


 魔力を自在に操れる者は少ない。故に、この世界では貴重な戦力とされている。エルダさんが俺を聖騎士団に入団させたがるのも、当たり前のことだ。


「……貴様のおかげで、ブラジオの入団を防ぐことができた。これでやつは、騎士団内部に根回しする手段を失った。次の入団試験が来る前に、必ずその悪事を暴いてやる」


「ぜひそうしてください」


 あいつは、何度も何度もシャルたそを馬鹿にした。

 そんな不届き者には、牢屋に入って臭い飯を食っているのがお似合いだ。


「できることなら、貴様に捜査してもらいたいんだがな……騎士団の一員として」


「……何度お誘いしていただいても、俺は騎士団には入りません」


「それほどの実力を持っているにもかかわらず、まだ騎士団に入らんというのか」


「ええ……まあ」


「……はぁ」


 エルダさんが頭を抱える。

 

「――――まあ、約束は約束だ。貴様は、見事ブラジオを不合格にしてくれた。よって、もう私から貴様を騎士団に誘うことはない」


「助かります……!」


 その言葉を聞いて、俺はとびきりの笑顔を見せた。

 これでまた、あの平穏な門兵の仕事に戻ることができる。


「……本当に、騎士団に入りたくないのか?」


「はい!」


「本当の本当に?」


「はい!」


「……ぶっちゃけて言うと?」


「入りたくないです!」


「うっ……うう」


 俺が即答し続けると、突然エルダさんの瞳に涙が浮かび始めた。

 まさか泣いてしまうとは思っておらず、俺はオロオロしてしまう。


「そんなに嫌か⁉ いいじゃないか別に! 私の下で騎士やれよ! 他の者たちよりも給料上げてやる! 私の給料の一部を渡したっていい! だから騎士団に入ってほしい……!」


 机をバンバン叩きながら、エルダさんは駄々っ子のように声を上げた。

 まさかこれは、親密度を上げると見ることができるイベント〝駄々っ子エルダ〟じゃないか?

 本来であれば、魔族の襲撃で部下を守れなかったことへの後悔で苦しんでいるエルダさんを、主人公のアレンが温かな心で抱きしめることによって、ようやく解放される終盤のイベントである。そのイベント以来、エルダさんはアレンの前でだけ子供のような我儘を言うようになる。しかしどういうわけか、今目の前にいるエルダさんは、条件なんてひとつも満たしていないはずの俺の前で、駄々をこねている。もはやバグか? これ。


「シルヴァがほしいんだ……! ずっと私の隣にいてくれぇ……」


「そ、そんなプロポーズみたいな……」


「ち……違う! 私はあくまで騎士として……ふぇぇ」


「あーあー……べちゃべちゃに泣いちゃって……」


 爆発したかのように泣きじゃくるエルダさんに、ハンカチを渡す。

 あ、鼻水かまれた。


「ぐすっ……これは洗って返す」


「あ、ありがとうございます……」


 意外と律儀だな。


「……みっともない姿を見せて悪かったな」


「い、いえ……お気になさらず」


「もう退出していいぞ。これからも……門兵として活躍してふぇぇ……」


「あーあー……」


 言葉の途中でまた泣いてしまった。

 結局俺は、エルダさんが泣き止むまであやし続ける羽目になった。

 

◇◆◇ 


 シルヴァは、不思議な男だ。 

 この私、エルダ=スノウホワイトが彼と出会ったのは、一年も前のことだった。


「勇者がやられた!」


 戦いの場に響く、最悪の報告。

 しかし、驚きはなかった。


 ――――この敵の数では無理もない。


 顔を上げれば、そこには三体の魔族がいた。

 レベル1が二体、レベル2が一体。進化前の肉体を残しているのが、レベル1。しかしレベル2になると、完全に人型になる。頭部に立派な角が生えていなければ、人間と見間違えてしまうほどだ。

 そして、その脅威もレベル1と比べて跳ね上がる。


「全員下がれ! 私が時間を稼ぐ!」


 部下たちに指示を出し、下がらせる。

 ああ、今日はまさに厄日と言っていい。勇者学園を主席で卒業し、誰からも期待を寄せられていた新人勇者が、呆気なく殺された。

 本来の実力を出すことができれば、彼でもすべて討伐できただろう。敗因は、ただの経験不足だった。


 ――――さて、この傷でどこまで削れるか。


 私は苦笑いを浮かべ、自身の左腕を一瞥した。

 深々と刻まれた裂傷。レベル2の不意打ちから、新人勇者を庇った際に負ってしまった傷だ。いつも通り戦うことは、もはや困難である。


 すでに新たな勇者は手配してもらっている。

 到着まで数時間はかかるとして、私の役目は魔族による被害を最小限に留め、あわよくば数を減らすこと。

 レベル1だけなら、この傷でも倒すことができると思うが、レベル2を相手にしながらではそうもいかない。


「……この命、ただでくれてやる気はないぞ」


 全身に魔力を纏う。

 私はゼレンシア聖騎士団の団長だ。民を守るためなら、この命を散らす覚悟がある。たとえ致命傷を負ったとしても、新たな勇者が来るまでは食らいついてみせよう。


 しかし、そんな私の覚悟とは裏腹に、最悪の事態が起きた。

 レベル2の視線が、私から逸れる。そしてその視線は、退避している部下たちのほうに向いた。


 ――――まさか……!


 レベル2が動く。その速度は、部下の逃げ足を大きく上回っていた。


「させるか……!」


 それを妨害しようとすると、私の行く手を阻むかのようにレベル1が飛び掛かってくる。意図的なのか、それとも偶然か。少なくとも、魔族たちは私が一番やられたくない動きを見せたのだ。


「くそ……!」


 レベル1たちの攻撃を捌きながら、私は部下のほうを見る。

 迫りくる魔族に対し、彼らは恐怖の表情を浮かべている。

 しかし、その中でひとりだけ、真っ直ぐ魔族を見つめている男がいた。

 彼は騎士の象徴である白銀の鎧ではなく、革とくすんだ鋼で作られた鎧を身につけていた。

 彼はただの兵士だった。私が逃げろと叫ぶ前に、彼は腰から剣を抜き放ち、魔族に向かって地を蹴った。


「まだ本編が始まる前だし……ノーカンだよな」


 意味が分からない言葉をこぼし、彼が剣を振る。

 その刃は、強固な皮膚を持つ魔族の体を呆気なく斬り裂き、致命傷を与えた。

 鮮血が舞う中、兵士は剣を鞘に納める。その姿は、今までに見たどの剣士よりも美しかった。


 それ以来、私は彼を騎士団に誘い続けている。

 たとえ本人が否定したとしても、その力は間違いなく、この世界を守るために存在していると感じたから。

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