第8話 モブ兵士、斬る

「一方が〝参った〟と宣言するか、戦闘不能になった時点で勝敗が決する。ルールはそれだけだ。何か質問は?」


「試験官! 万が一相手を死に追いやってしまった場合はどうなる?」


「その場合は失格だ。あくまで相手の命を奪わず制圧しろ」


「チッ……面倒くさいなぁ」


 ブラジオが悪態をつく。

 命を奪ってはいけないなんて、当たり前のルールだ。

 もしそれが許されたら、これは模擬戦ではなく決闘になってしまう。


「命拾いしたな、ザコ護衛。せいぜい大けがしないように立ち回るがいいさ」


「……お手柔らかに」


 互いに剣を抜き、構える。

 ブラジオの構えは、想像よりも悪くない。ある程度剣術の鍛錬を積んだ者の構えだ。ただ、まともにやり合えば騎士団の下っ端にも敵わないだろう。全身を包む最高級の装備品さえなければの話だが――――。


「では、初め!」


 試験官の号令と共に、ブラジオが跳びかかってくる。

 こっちの剣が自分に傷をつけられないと踏んで、特攻を仕掛けてきたわけだ。


「うおおおぉぉぉお!」


「……」


 体を逸らし、振り下ろされた剣をかわす。

 ああ、なんと隙だらけ。俺はブラジオの小手を目掛けて、剣を振り下ろす。


「ぎゃっ⁉」


 甲高い金属音がして、ブラジオは剣を落としてしまう。

 さすがの装備だ。手首を斬り落とすつもりで攻撃しても、こちらが弾かれてしまう。しかし、どんなに硬い装備でも、衝撃を完全に殺すことは難しい。剣を手放すことが、どれだけ危険なことかも分かっていないのだろう。心構えの時点で、こいつは駄目だ。

 

「っ……な、何が……」


「手が滑っただけですよね? 拾っていいですよ」


「あ、当たり前だ!」


 ブラジオは剣を拾い、俺からヨロヨロと距離を取る。

 どうやら右手が痺れてしまっているようで、剣を上手く握れていない。

 なんと脆いことか……。


「ふっ……! 命拾いしたな! ボクが剣を落としていなければ、お前の体は今頃地面に突っ伏していただろう!」


「そうかもしれませんね」


 剣を構え直し、俺は小さく息を吐く。


 ――――面倒くせぇ。

 

 変に力み過ぎたら、ブラジオを殺してしまうかもしれない。

 逆に力を抜けば、刃が鎧に阻まれてしまう。

 ブラジオが弱すぎることによる弊害が、俺を苦しめていた。

 

「どうした! かかってこないのか⁉」


「ブラジオ殿こそ。最初と同じようにかかってきてはどうです?」


「しょ、初撃はこっちだったからな! 次はお前に譲ってやる!」


 ――――腕が痺れて、まともに剣が振れないだけだろ……。


 ツッコミを入れたい心をグッと堪え、俺は呼吸を整える。

 要は、鎧だけを斬れば・・・・・・・いいだけの話。集中すれば、まあ、できないこともない。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「え?」


 俺は一瞬で距離を詰め、ブラジオの鎧に向けて剣を突き込む。

 再び甲高い音がして、彼の体は大きく後ろに転がった。


「ぎゃっ⁉ な、なんだ⁉」


 ――――見えてすらないのか。

 目を丸くしているブラジオを見て、俺は苦笑いを浮かべる。

 

「……転んでしまったみたいですね」


「そ、そうだ! 今のは転んだだけだ!」


 なんとおめでたい男だろう。

 ブラジオは鎧の重さに四苦八苦しながら、なんとか立ち上がった。

 

「ふっ……ここまで幸運が続いてなんとか生き延びているようだが、お前は気づいてるか⁉ ボクがまだ一切本気を出してないということを!」


「へー……」


 もはや滑稽でしかない。

 これもまた情けか。俺はこの勝負を早く終わらせるべく、意識を剣に集中した。


「……魔力強化」


 小声でそう告げた俺は、体と剣に魔力を纏わせる。

 魔力とは、内に秘めた精神エネルギーのことを指す。体に纏わせれば鋼のように屈強になり、剣にまとわせれば、たとえ鉄であろうと容易く両断できるほどの攻撃力が手に入る。

 ほとんどの人間は、己の魔力を認識すらできず、生涯を終える。

 勇者になるためには、魔力を自在に扱えることが必須条件。敵は、人間よりも遥かに強靭な体を持つ魔族。生身では、決して敵わない。

 

「な、なんだ……!? 剣が光って……」


「その鎧、オリハルコン製だったよな」


「そっ……それがどうした!」


 俺は剣を構えながら、ゆっくりとブラジオに近づいていく。

 無知なりにこの剣が放つ威圧感に気づいたのか、ブラジオは下瞼をぴくぴくと痙攣させながら後退った。


「な、何をするんだ……」


「何って、攻撃だよ、ブラジオ。攻撃しないと、勝敗がつかないだろ?」


「わわわ、分かった! そうだ、こうしよう! お前をボクの金で雇う! だからここは負けてくれ! あんな貧乏貴族の女じゃ、到底支払えないくらいの大金をくれてやる!」


「……」


 こいつは一体、どこまで俺の神経を逆撫ですれば気が済むのだろう。

 俺は剣を振り上げ、天にかざす。

 オリハルコンの鎧を斬ることは、決して簡単なことではない。

 しかし、魔力を纏わせた刃なら――――。


「動くなよ。命が惜しければ」


「ひっ……⁉」


「ゼレンシア流剣術……〝白滝しらたき〟」

 

 ただ真っ直ぐ、俺は剣を振り下ろす。

 綺麗な一線を描いたその刃は、ブラジオが認識できない速度で、その鎧だけを斬り裂いた。


「……は?」


 ブラジオの鎧が、縦に割れる。

 あのオリハルコン性の鎧が、まさかこうも簡単に切断されてしまうとは、夢にも思っていなかったのだろう。

 驚きのあまり、ブラジオはみっともなく尻もちをついてしまった。

 そんな彼に、俺は剣を突きつける。


「……降参ってことでいいな」


「こ……降参します」


 力なく項垂れたブラジオに背を向け、俺は剣を納める。

 しんと静まり返ったこの場所で、試験官も、他の入団希望者たちも、みんなが俺に注目している。


 ――――まずい、ちょっと目立ち過ぎたか。

 

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