第5話 モブ兵士、調査する
「はぁ……」
門兵の仕事に戻った俺は、深いため息をついた。
厄介な仕事を任されてしまった。ただのモブ兵士であるはずの俺が、まさかあの騎士団長から直々に仕事を任されるとは――――。
俺の平穏な門兵生活はどこへやら。人生何が起きるか分からんものだ。
「……なんか嫌なことでもあった? シルヴァ」
「うおっ⁉ シャルたそ⁉」
いつの間にか、俺の隣にシャルたそが立っていた。
彼女は不思議そうな顔で俺を見つめている。
「そんなに驚く?」
「そりゃ……急に推しが現れたら、誰だってびっくりするよ」
「推し……?」
今日も可愛いな、シャルたそは。
こうして会えただけで、憂鬱な気持ちがほとんど吹き飛んでしまった。
「久しぶりだね。元気してた?」
「うん……学園は大変だけど、元気。強くなってる実感もある」
「それはよかった。その調子で、立派な勇者になってくれよ」
「もちろん」
シャルたそは得意げに微笑んだ。
この笑みを拝むことができた俺には、きっと幸福が舞い込んでくることだろう。
あ、こうしてお話できている時点で、すでに幸せか。
「それで、どうしてため息ついてたの?」
「ああ……ちょっと厄介な仕事を任されちゃってね」
「ふーん……?」
俺の仕事は、数日後に控えた騎士団の入団試験で、ブラジオ=バードレイが不合格になるように立ち回ること。
エルダさんは言った。ブラジオ=バードレイは、どうしようもないクズだと。
そんな男を騎士団に入団させるのは、絶対に避けなければならないことだと。
ただ、何がどうクズなのかまでは教えてくれなかった。語ることすらおぞましいと、言葉を濁されてしまった。
別に、ブラジオを妨害することに対しては、なんの抵抗もない。
その程度のことで勧誘を諦めてくれるなら、喜んでやってやる。
しかし、できればブラジオのことをもう少しよく知っておきたい。
ブラジオはブレアスの本編に登場していない未知数のキャラ。
俺が妨害し、聖騎士団への入団が叶わなかったことで、ブレアス本編に何か影響が出てしまう可能性がある。ブレアスのシナリオを守るために、俺は自身の行いがどういう結果につながるのか、ちゃんと知っておかなければならない。
「……シャルたそ」
「何?」
「俺に会いに来てくれたってことは、このあとは暇?」
「うん、暇だけど」
「じゃあ、ちょっと俺の用事に付き合ってくれないか?」
エルダさんが教えてくれないのなら、もう自分で調べるしかないよな。
◇◆◇
王都のはずれにある歓楽街。飲み屋や娼館が立ち並ぶ中を、俺とシャルたそは歩いていた。
「……シルヴァ、私をどこに連れ込む気?」
「ご、誤解だよシャルたそ……」
「冗談。早く見つけよう、そのブラジオっていう人」
「ああ、そうだね」
ブラジオ=バードレイは、バードレイ家の
バードレイ家はこの国有数の貴族であり、良くも悪くも有名だ。
王家に莫大な利益を納めており、国の重役から気に入られている。しかし、その資金の集め方は、収賄や偽装工作、人身売買や薬物と噂されている。
そんなお家の嫡男とあれば、当然この国では有名人。少し聞き込みをしただけで、目撃情報が手に入った。
「どこの店にいるんだろう……歓楽街にいることまでは分かってるんだけどな」
辺りを見回しながら、俺はつぶやく。
ブラジオは、この歓楽街で毎晩親の金を使って飲み歩いているらしい。
というわけで、こうして探し回っているのだが、一向に見つからない。
まだ日は暮れていないし、時間帯が早すぎたのかもしれない。
どこかで時間を潰して、少しあとになってから探したほうがよさそうだ。
「……どこかで飯でも食べるか。シャルたそ、お腹空いてる?」
「うん、ペコペコ」
「よし、じゃあ美味しそうな店を探そう」
「それなら、さっき通ったお店からいい香りがした。あそこに行ってみたい」
「シャルたそのご希望とあらば」
俺たちは歩いてきた道を引き返し、いい香りがしたという店で夕食を済ませることにした。
シャルたそは、ハンバーガーが好きだ。
バードレイ家ほどではないにしろ、オーロランド家も貴族の一角。家で食べる食事はすべて一流シェフが作ったもので、俺のような一般市民と比べると、圧倒的に舌が肥えている。しかし、舌が肥えているからこそ、ジャンキーなものが食べたくなるらしい。
「あー……ん」
注文したハンバーガーに、シャルたそは勢いよくかぶりつく。
どう見ても、彼女の口とハンバーガーの大きさが合っていない。
案の定、シャルたその顎は上下のバンズに届いておらず、握力も足りないせいか、ズルゥっと中身だけが引きずりだされてしまった。
「あーあ……」
主役であるパティ、それからチーズやトマト、レタスを失ったことで、それはハンバーガーではなくなった。ただのバンズ――――いや、もはやただのパンである。
抜け殻になったバンズをしばらく見つめていたシャルたそは、あきらめた様子で中身を先に食べきった。
「……いつもこうなっちゃう。なんだか寂しい気持ち」
「仕方ない。シャルたそは口も手もちっちゃいから」
「むう……でも、バンズだけで食べるのも嫌いじゃない」
そう言いながら、シャルたそはバンズを食べ始める。
なるほど、シャルたそはいつもこうやってハンバーガーを食べているのか。
推しの情報が詳細になって、オタクは嬉しいです。
「――――次はどこを探す?」
酒場で食事を終えた俺たちは、今後の動きについて話し合うことにした。
「もう少しエリアを絞り込めたらいいんだけどな……巡回するにも、このままじゃ見るべき場所が多すぎる」
「同感。少なくとも、二人じゃ無理」
シャルたその言葉に対し、俺は頷く。
この歓楽街をしらみつぶしに探すなんて、二人だけでは到底無理だ。
いつの間にか、この酒場も満席になっていた。そろそろ歓楽街の本領が発揮される時間帯。つまりブラジオが現れる可能性が高い。というか、現れてもらわなければ困る。
「――――おい! 二階席空いてるか!」
派手な音と共に扉を開き、数名の騎士を連れた男が店に入ってきた。
その途端、店内は急に静まり返り、数名の店員が慌てて男のもとに駆け寄っていく。どうやら彼は相当なVIPのようだ。
「……シルヴァ」
「ん?」
「あの人じゃないの? ブラジオって」
シャルたそからそう言われ、俺は目を凝らす。
そして懐から預かった似顔絵を取り出し、彼と見比べた。
「……確かに」
「でしょ?」
金髪のおかっぱ頭に、皮肉っぽい顔。間違いなく、ブラジオ=バードレイだ。
なんたる偶然。シャルたそという幸運の女神がいてくれたからだろうか。
「空いてない? ボクが来たのに空いてない? おいおい、ふざけるなよ。空いてないなら空けろよ! 誰の親父がこの店のオーナーか分かってんのか⁉」
「も、申し訳ございません……!」
「ったく……使えねぇなほんと」
なるほど、この店はバードレイ家が関わっているのか。
しかし、自分の父親が関わっているとはいえ、なんて横暴なのだろう。
これだけ繁盛しているのは、店員である彼らの尽力あってこそだろうに。
「もういいや、別の店行くから」
そう告げて、ブラジオは騎士たちと共に店をあとにしようとする。
しかし、店を出る直前で、ブラジオは俺たちの席へ視線を向けた。
「おや? おやおやおやおや? もしかして、そこにいるのはシャルル=オーロランド嬢では?」
下卑た笑顔を見せながら、ブラジオは俺たちのもとへと歩み寄ってきた。
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