第6話 モブ兵士、分からせる
「……どこかで会ったことある?」
「おいおい、つれないじゃないか。この前社交界で会っただろう?」
シャルたそは、しばらく考え込む様子を見せたあと、眉を下げた。
「……覚えてない」
「っ……」
ブラジオの額に、青筋が浮かんだ。
プライドが高い男に対し、覚えてないは禁句である。
だが、覚えていないものは仕方ない。シャルたそは何も悪くない。
「お、覚えてないって言うなら……これから覚えてもらおうかな」
ブラジオが俺を一瞥する。
そして俺が高貴な身分でないことを察したのか、ふんっと鼻で笑ってから、大袈裟な動作でテーブルに腰かけた。
「オーロランド家の娘の美しさは、貴族の界隈じゃ有名さ。ボクはずっと君とお近づきになりたかった」
「そう……」
「このあとどうかな? とびっきりの店に君を招待させてほしい。最高の料理、最高の酒でもてなそう」
「私はまだお酒を飲める歳じゃない」
「そ、それじゃあ最高級フルーツのジュースはどうだい⁉ きっと気に入るよ」
「……興味ない」
「ぐっ……」
シャルたその冷たい視線を受けて、ブラジオは顔をしかめる。
初めて見たな。ナンパがこんなに綺麗に撃沈するところ。
「……そこにいるのは、君の護衛かい?」
突然、ブラジオは俺のほうを見ながらそう問いかけた。
「いや、ちが――――」
「いかにも、私はシャルル=オーロランド様の護衛である」
「……?」
俺が護衛と告げたことで、シャルたそは首を傾げた。
ここはそう言っておいたほうが、色々と都合がいい。
今は合わせてほしいという旨を込めて、シャルたそにウィンクを飛ばす。
「……そう、彼は私の護衛」
「ふっ……ふははははは! そうかそうか、なるほどなるほど。シャルル、ボクが思っていたより、君には大した価値はなさそうだ!」
今度はこっちの額に青筋が浮かんだ。
シャルたそに大した価値がない? 首を刎ねてやろうか、この男。
「どういう意味?」
「こんな冴えない護衛を連れている時点で、君にはその程度の価値しかないってことだろう? ご両親は君を大切に想っていないのかな?」
なんと、シャルたその価値を下げていたのは俺だった。
確かに俺のようなモブが護衛では、シャルたそが大切にされていないように見えても仕方ない。俺が冴えないというのは事実だ。こんなに華がない男が側にいたところで、悪漢に対してはハッタリにもならない。
「それに対して、ボクの護衛を見たまえよ!」
ブラジオの護衛たちが、一列に並ぶ。
美しい鎧を身にまとった彼らは、俺とは比べものにならないくらいに屈強に見えた。こうして近くで見ると、存在感が違い過ぎる。
「彼らは我がバードレイ家が引き抜いてきた、元聖騎士たちだ! 勇者と共に魔族と戦った経験もある、歴戦の戦士たちだよ! どうだ! まさにボクに相応しい護衛だろう⁉」
元、聖騎士ね。どうりで強そうなわけだ。
しかし、国を守るためにその身を捧げたはずの騎士たちが、護衛として引き抜かれるとはどういう了見だろう。もれなくこちらをバカにするような表情を浮かべていることから、どうせろくな理由じゃないのだろう。全員が全員、めちゃくちゃ性格が悪そうだ。
「……行こ、シルヴァ」
そう言いながら、シャルたそは俺の手を引っ張った。
困惑する俺をよそに、彼女は店から出ようとする。
「ふはははは! そんな弱そうな護衛を連れて、無事に屋敷まで帰れるといいな!」
「……あなたはひとつ勘違いしてる」
「おいおいおいおい、ボクが勘違い? 一体何を?」
「そんな護衛じゃ、彼の足元にすら及ばない」
シャルたそがそう告げると、ブラジオたちはポカンとした表情を浮かべた。
そりゃそうだろう。この冴えない男が、ここにいる屈強な男たちよりも強いだなんて、信じるわけがない。
そんな彼らを置き去りにして、俺とシャルたそは店を出た。
店を出て、しばらく歩いたところで、シャルたそは足を止めた。
「……ごめん、シルヴァがバカにされて、ちょっとカッとなった」
シュンとしているシャルたそも、とても可愛らしい。
しかし、今はそういう話をしているときではない。
「俺のために怒ってくれるなんて、オタク冥利に尽きるよ。でも、ちょっと悪手ではあったかな?」
「え?」
俺は振り返る。
するとそこには、先ほどの護衛たちが立っていた。
「……何か用か?」
俺がそう問いかけると、男たちはニヤニヤしながら路地裏を指さした。
「そこの嬢ちゃんが言ってたな。俺たちはそいつの足元にも及ばないって。だったら試してみようぜ」
シャルたそに非はないといえ、厄介なことになったのは事実。
逃げるのはたやすいが、果たしてそれが正解か?
「……」
俺はチラリとシャルたそを見る。
彼女は何かを期待するような目で、俺を見ていた。
――――ブラジオの情報を聞き出すチャンスだしな……。
「分かった、乗ってやる」
「そうこなくっちゃな!」
そうして俺たちは、賑やかな通りを抜けて、静かな路地裏で対峙する。
相手は四人。酒場で見たときより人数が減っている。そりゃそうか、全員がブラジオから離れるわけにはいかないもんな。
「シャルたそは下がっててくれ」
「分かった」
シャルたそに、こんなムサい男たちと同じ空気を吸ってほしくない。
ここでこいつらを片付けて、ブラジオの情報を、洗いざらい吐いてもらう。
「ボコボコにしてから裸にひん剥いて、ブラジオ殿の前で躍らせてやる」
拳を鳴らしながら、一番ガタイのいい男が前に出てくる。
それを見て、俺はため息をついた。
「なんだぁ? 具合でも悪いか」
「そういうのじゃないよ。どうしてあんたひとりなんだ? 全員でかかってくればいいだろ」
「馬鹿か。テメェなんざ……俺ひとりで十分だっつーの!」
剣すら抜かず、男は拳を振り上げながら迫ってくる。
この感じは、腕力だけでのし上がってきたタイプだな。
これなら、多少乱暴に扱っても死んだりしないだろう。
「うおらぁ!」
繰り出された拳をかわし、一歩で懐へ。そして男の顎に、肘打ちを叩きこむ。
「かへぇっ」
「ほら、言わんこっちゃない」
変な声を漏らし、男は地面に崩れ落ちた。
いい角度で入った。脳が大きく揺れ、しばらくは立ち上がることすらできないだろう。まずはひとりだ。
「か……囲め!」
残った三人は抜剣し、俺を取り囲む。
最初からこうしてくれていれば、もっと早く終わったのに。
「テメェ……! よくもやりやがったな!」
剣を構えたまま、三人はじりじりと距離を詰めてくる。
――――こいつら、まるで人を斬る覚悟がないな。
剣を抜いておきながら、すぐに飛びかかってこない。俺に観察する時間を与えて、どうするつもりだろうか。
「ほいっと」
俺は一番意思の弱そうなやつのほうへ踏み込み、素手で剣を絡めとった。
呆気なく武器を奪われた男は、動揺のあまり尻もちをつく。
これではっきりした。こいつらは、コネで聖騎士団に入った、ハリボテ騎士だ。
実力も、心構えも、てんで駄目。
「こっちはな、
この過酷な世界で生きていくためには、強くなければならない。
ひ弱な体じゃ、魔族と出会った時点で洒落抜きの即ゲームオーバー。いつどこに死が転がっているか分からない――――そんな世界で真っ当に人生を謳歌するには、誰よりも強くなるしかないのだ。
尻もちをついた男の顔を蹴り上げる。
そうして俺は、二人目の意識を奪った。
「な、舐めやがって……!」
舐めているのはどっちだよと訊きたいところだが、どうせ理解し合えないのだから、会話はもう必要ない。
俺はキャンキャン吠える三人目の男に近づき、奪った剣の柄を腹に突き入れた。
「ごっ――――」
鎧が大きく凹み、衝撃が腹部まで伝わる。
三人目は、そのまま白目を剥いて倒れこんだ。
「鎧も見かけ倒しか……そんなこったろうと思ったけど」
「お、お前ら……! クソォ!」
――――残りひとり。
最後のひとりが、恐怖の表情を浮かべながらじりじりと後退し始める。
今にも逃げ出してしまいそうだ。
「悪いけど、人を呼ばれちゃ困るんでね」
奪った剣を捨て、鞘に入ったままの剣を腰から外す。
鞘に入っていれば、相手を斬り殺さずに済む。まあ、当たれば死ぬほど痛いだろうけど。
「ゼレンシア流剣術……〝
俺の剣は、防御しようとした男の剣を砕き折り、薄っぺらな鎧ごとその肩を砕いた。激痛のあまり、最後のひとりはその場に崩れ落ちる。
「――――お見事」
シャルたそからお褒めの言葉をいただきながら、俺は剣を腰に戻した。
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