第4話 モブ兵士、呼び出される

 この世界の主人公であるアレンに敵と見なされてから、数日が経った。

 相変わらず、門兵の仕事は暇そのもの。昨日なんて、流れる雲を眺めていたら一日が終わってしまった。

 俺が担当している東門は、人の通りが極めて少ない。

 西門も同様。理由は単純で、ゼレンシア王国の北と南には友好国があり、人の通りが北門と南門に集中しているためだ。わざわざ回り込んでまで東門を利用する者なんて、ほとんどいない。故に、ここは毎日暇なのだ。


「最近来ないなー、シャルたそ」


 ため息と共に、俺はそんな言葉をつぶやく。

 アレンと出会った日以来、シャルたその姿を見ていない。

 嫌われた――――わけではないと思う。

 ゲームの時系列的に、今は学園で色々イベントが起きているタイミングだ。彼女も今頃、学業に集中しているはずだ。


 ちなみに、ゲーム内でシャルたそと絆を深めるには、学園の図書館へ通い詰める必要がある。初めは読書中だからと塩対応をされてしまうが、仲良くなるに連れ、外で会うこともできるようになるのだ。

 あー、ブレアスやりてぇな。


「おーい、シルヴァ!」


「ん? 先輩?」


 門兵の先輩であるモーディさんが、俺のことを呼んでいる。

 モーディさんは、筋骨隆々の大男である。兵士でありながら、剣ではなく斧を武器にしており、その剛腕によって振られた斧は、丸太ですらひと振りで両断する。男性ホルモンが濃いのか、整えられたもみあげは顎の下まで伸びており、ひとたび鎧を脱げば、立派な胸毛を拝むことができる。

 彼の姿はブレアスのプレイ中に確認できるのだが、名称は〝兵士A〟だったため、本名を聞いたときにはちょっと感動した。


「どうかしました?」


「ああ、聖騎士団の団長様が、お前のこと呼んでるぞ。……何したんだ? お前」


「あー……なん、でしょうね」


 ヘラヘラと笑いながら、言葉を濁す。

 兵団の上層部、聖騎士団。本来、俺たちと彼らが直接かかわることなど、ほとんどない。モーディさんからしても、俺が呼び出される理由なんて見当もつかないだろう。ただ、俺にはちゃんと心当たりがあった。


「すぐに聖騎士団本部に来るように、だってさ。何があったのかは知らねぇが、骨くらいは拾ってやるからな」


「縁起でもないこと言わないでくださいよ……」


「がはは! すまんすまん」


 モーディさんからバシバシと背中を叩かれ、俺は送り出される。

 騎士団長である〝彼女〟と会うのは、できれば避けたい。

 しかし、兵士として働く限り、上司の命令には逆らえないのが現実だった。


◇◆◇


 聖騎士団本部――――。

 豪奢で堅牢な外観を持つその建物は、まるで来るものすべてを威圧しているかのような雰囲気を醸し出していた。仕事で何度かここの門をくぐったことがあるが、いまだに落ち着かない気分になる。


「所属と名前は」


「ゼレンシア兵団所属、東門警備担当、シルヴァです」


「――――確認した」


 入り口を守る騎士様が、俺を目的地まで案内してくれる。

 ちなみに、聖騎士と兵士の違いは、支給されている鎧で判断できる。

 白銀の鎧に身を包んでいるのが、聖騎士。

 安っぽい皮とくすんだ鋼で作られた鎧を着ているのが、俺たち兵士だ。


 建物の中を進み、しばらくすると両開きの扉が見えてくる。

 その扉には、騎士団の紋章である剣と盾が煌々と輝いていた。


「団長、シルヴァ兵士が到着しました」


「――――中へ」


「はっ」


 騎士様が扉を開き、俺は騎士団長室へと足を踏み入れる。


「よく来てくれたな、シルヴァ」


 不敵な笑みを浮かべながら俺を迎え入れたのは、ゼレンシア第一聖騎士団団長、エルダ=スノウホワイト。頭の後ろでひとつに結ばれた、艶やかな銀髪。青色の瞳は深い海のようで、しばらく見つめていると、吸い込まれてしまいそうだ。そして、公式で作中トップクラスと明言されている大きな胸。

 何を隠そう、このエルダ=スノウホワイトも、ブレアスにおける攻略キャラのひとりである。


「えっと……何用でしょうか、騎士団長」


「分からないのか? 察しの悪い男だな」


 エルダさんは、不満そうに頬を膨らませる。

 こういうところが可愛いんだよな、この人。厳格そうな雰囲気から垣間見える少女のような一面が、俺たちプレイヤーの心を鷲掴みにするのだ。

 しかし、今の俺に萌えている余裕などない。

 兵士がこの人に呼び出されるときは、大抵ろくな話じゃないのだから。


「貴様、魔族を倒しただろ」


「……なんの話でしょう?」


「魔族襲撃事件……通称〝楔の日〟の後始末の際、全身をズタズタにされた魔族の死体が見つかった」


「それが何か……?」


「あれはゼレンシア流剣術〝独楽噛み〟によってできる傷だ。独楽噛みは、ゼレンシア流の中でも基礎に当たる技。要は初歩中の初歩だ。そんな技で魔族を倒せる者など、勇者を除けば、私は片手で数えられるほどしか知らない」


「……」


「そのほとんどは、私と同じ騎士団長の立場にある。そして騎士団長は、楔の日はほとんど出はらっていたため、あの場にはいなかった。独楽噛みで魔族を倒せるような者は、もう貴様しか残っていない……違うか?」


 冷や汗が背中を伝う。

 エルダさんは、俺の本当の実力を知る数少ない人物のひとり。

 彼女は、俺が魔族を倒したことを確信しているようだ。

 ここで反論できなければ、俺は昇進させられてしまう。


「で、ですが〝勇者を除く〟とご自分でおっしゃいましたよね? 真っ当に考えれば、勇者様が討伐したのでは?」


「甘いな。勇者は自身の手柄を正しく国に報告することが義務化されている。その中で、あの蜘蛛の魔族だけが討伐者不明のまま放置されていたのだ」


 俺が必死に捻り出した言い訳は、ことごとく、いとも簡単に潰された。


「というわけで、貴様があの魔族を倒したのだろう? いい加減観念したらどうだ」


「認めませんよ、俺は」


「えー?」


「えー、じゃないですよ……結局、はっきりした証拠はないってことですよね」


「……まあ、そうだな」


 あの場で俺が魔族を倒した証拠は、何も残っていない。

 ゼレンシア流剣術は、この国に古くから伝わる剣術だ。使い手なんていくらでもいるし、隠れた達人がいたっておかしくない。魔族を倒せる者は数少ないとはいえ、決してゼロではないのだ。


「はぁ……早く認めて楽になればいいものを。どうしてそこまで騎士団への入団を拒むのだ。兵士よりも確実に賃金は上がるし、国から得られる恩恵も増えるんだぞ?」


「でも、勇者と一緒に任務に当たらないといけないんですよね」


「ああ。我らの役目は、この国を守ること。そして、勇者の戦いを援護することだからな」


「それが嫌というか……攻略キャラに近づくのはちょっと」


「攻略キャラ?」


 謎の言葉に対し、エルダさんは首を傾げる。

 そして再びため息をつくと、困った様子で眉をひそめた。


「私が知る中で、貴様はすでに魔族を二体・・討伐している。そんな実力者を門兵に留めておくなど、この国にとって大きな損失だ。それを分かってほしいのだが……」


「……申し訳ございません。団長に認めてもらえるのはとても嬉しいのですが、やっぱり俺は、聖騎士になるつもりはありません」


「――――そうか。とても残念だ」


「分かっていただけたようで何よりです」


「こうなったら、手段を選んでいる場合ではないな」


「え?」


 猛烈に嫌な予感が走った。

 エルダさんは机から一枚の羊皮紙を取り出し、俺に見せつける。

 そこには〝聖騎士団入団試験願書〟と書かれていた。

 入団希望者の欄に書かれた名前は〝シルヴァ〟――――そう、俺だ。


「貴様があまりにも駄々をこねるものだから、こちらも強行手段を取らせてもらう」


「なっ……! それはいくらなんでも――――」


「……なんてな。いくら騎士団長とはいえ、本人の意思を無視して入団させることなどできん」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。


「えっと……じゃあ、その紙は一体?」


「勧誘を諦める代わりに、ひとつ頼まれてほしい」


「……?」


 エルダさんは、再び机から紙を取り出す。

 それには、男性の似顔絵が描かれていた。

 おかっぱ頭に、どこか皮肉っぽい顔。似顔絵だけでこんなにイラっときたのは初めてかもしれない。


「彼の名は、ブラジオ=バードレイ。すでに願書提出が確認された、入団希望者だ」


「バードレイって……かなり有名なお家柄ですよね。ご子息ですか?」


「そうだ。訳あって、騎士団は彼の入団を拒みたい」


「拒むって……」


 騎士団に入団するためには、兵士として功績を積んで昇進するか、入団試験に合格するしかない。

 入団試験の願書を受け取るかどうかは、騎士団側が決められるはずなのだが――――。

 

「願書を受け取らなかったり、あからさまな手段でふるい落とそうとすると、バードレイ家が出てきて面倒なことになる。そこで、貴様の出番というわけだ」


「……妨害役ってことですか」


「その通り。試験内容に、模擬戦がある。貴様にはブラジオの相手をしてもらい、不合格にしても不自然ではないくらいに完封してほしい」


 難しい依頼だ。

 しかし、これをこなしたら、俺への勧誘を諦めてくれるらしい。

 ここは話に乗っておくべきか……。


「……分かりました。お引き受けします」


「そうか、感謝するぞ」


「それで、彼を入団させたくない訳って、一体なんですか?」


「……この男は、どうしようもないクズだ」


 エルダさんは、まるで吐き捨てるようにそう告げた。

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