第3話 モブ兵士、睨まれる

 シャルたそが訪ねてきてから、また数日が経過した。

 

「シルヴァ、遊びに来た」


「あ、シャルたそ」


「……その呼ばれ方、まだちょっと慣れない」


 むず痒そうにしながら、シャルたそは俺が用意したいつもの席に腰かける。


 あれからシャルたそは、何故か毎日のように俺のもとを訪ねてきていた。

 曰く、俺をからかって遊ぶのが楽しいらしい。ファン冥利に尽きるが、本編に影響が出そうで不安な毎日が続いている。ただ、推しにもう来ないでくれなんて言えるはずもなく……。


 ちなみに同僚のヤレンくんは、相変わらずこっちのやり取りを無視してくれている。彼と持ち場が被ったときは、気が楽だからありがたい。


「そうだ、学園には慣れた?」


 俺はシャルたそに問いかける。

 彼女の恰好は、すでにゼレンシア王立勇者学園の制服になっていた。

 それはつまり、ブレイブ・オブ・アスタリスクの本編が始まったということを意味する。シャルたその同級生であるアレンも、今頃は勇者になるべく努力を積み重ねていることだろう。


「最初はあんまり馴染めてなかったけど……声をかけてくれた人がいて、ようやくパーティが組めた」


「……そっか」


 勇者学園では、常に複数人でパーティを構成して活動する。

 戦闘経験を積むための演習などは、基本的にそのパーティで取り組むことになる。

 ブレアスではパーティに加入させる順番も大事になってくるため、毎回かなり悩むはめになったことを覚えている。


「アレンっていう、田舎から出てきた人。一年生にしては、結構強いみたい」


「……へぇ」


 ちゃんと本編通り、アレンのパーティメンバーになったようだ。

 安心すると同時に、煮えたぎるような嫉妬が押し寄せてくる。

 ああ、クソ。俺がアレンに転生できていれば、こんな葛藤する必要もないのに。


「……強い人とパーティが組めてよかったじゃないか。夢にまた一歩近づいたな」


 シャルたそが勇者を目指す事情については、すでに本人の口から聞いている。

 個別ストーリーを進めていかなければ聞けなかったはずのエピソードを、まさかこんなにあっさり聞かせてもらえるなんて思っていなかった。シャルたそが俺に心を開いてくれている証拠なんだろうけど、それを感じるたびに、複雑な気持ちになる。


「うん……でも」


「でも?」


「アレン、ちょっと怖いときがある」


 そう言いながら、シャルたそはわずかに顔をしかめた。

 怖い――――常にアレン視点でしかゲームをプレイできなかった俺は、その感覚が分からない。というか、ゲーム内でアレンは選択肢以外でほとんど喋らないため、性格がいまいち掴めていないのだ。

 確かに、選択肢によっては「何言ってんだ、こいつ」と思うようなある意味怖い発言もある。まさか、この世界のアレンは、そう言ったゲテモノプレイをするタイプだったりするのだろうか?


「なんか、私たちに男を近づけないようにしてるっていうか……囲おうとしてるっていうか」


「あー……ギャルゲールートだったか」


「ぎゃるげー?」


「ああ、ごめん。こっちの話だ」


 ブレイブ・オブ・アスタリスクは、自由度が高いゲームであり、プレイヤーの選択によって様々なルートに分岐していく。最初から積極的にダンジョンでレベルを上げるもよし、先に仲間との絆を深めて特別なスキルを解放するもよし、なんならソロで話を進めてもよし。

 そんな数あるルートの中で、女性キャラばかりと絆を深めるルートを、ギャルゲールートと呼ぶ。俺もそのルートでプレイしたことがあるが、手当たり次第に女性キャラを囲っていく姿は、はたから見れば恐ろしく映るかもしれない。

 

「他のパーティメンバーは、アレンをすごく信頼してるから、悪い人ではないことは分かってるけど……」


 シャルたそはどこか不安そうな顔をしている。

 俺の推しを怖がらせるなんて言語道断。今すぐ斬り捨ててやる――――と言いたいところだが、相手が主人公となると、だいぶ厄介だ。


「……シルヴァが学園にいてくれたらよかったのに。そしたら二人でパーティが組めた」


「あまりオタクを喜ばせるもんじゃないよ。昇天しちゃうから」


「オタク……?」


 俺は、興奮のあまりあふれ出した鼻血を拭った。

 さて……なんと声をかければいいものか。パーティを抜けろと言うのは簡単だが、それはそれで本編とズレが発生するし、シャルたその勇者になるという夢からも遠ざかってしまう。


「……味方が強いっていうのは、シャルたそにとっていいことだろ?」


「うん……」


「だったら、利用するだけしてやればいいさ。嫌なことがあったら、ここに来て愚痴ればいい。俺がいくらでも話を聴くから」


 ちょっと格好つけすぎただろうか?

 じわじわとせり上がってくる羞恥心に苦しむ俺を見て、シャルたそは気が抜けたような笑顔を見せた。


「分かった。そういうときは、シルヴァに話聞いてもらう」


 可愛いぃいぃいいいいい!!!! という叫びは心の中に秘めておくとして。

 改めて実感した。ここはゲームの世界で間違いないが、この世界に生きる者たちにとっては、たったひとつしかない現実なのだ。プレイ中は自我がない存在に見えていたアレンも、この世界では自分の性格に基づいて生きているはず。


 ――――ちょっと会ってみたいな、アレンにも。


「シャルル!」


 そんな風に考えていると、突然シャルルの名を呼ぶ声がした。

 

「……アレン」


「え⁉」


 俺たちのもとに現れたのは、ひとりの少年だった。

 紺色の髪に、整った顔立ち。引き締まった体は細身に見えるが、確かな屈強さも感じられた。この男は間違いなく、ブレイブ・オブ・アスタリスクの主人公、アレンである。


 プレイヤーからすれば、ある意味自分の分身とも言える存在。

 こうして目の前にしてみると、なんだか不思議な気分になる。


「探したよ、シャルル。まさかこんなところにいるなんて」


「……どうしたの? 私に何か用?」


「用って……今日はみんなで装備を買いに行くって約束してただろ? それなのに先に帰っちゃうからさ」


「あ……そうだった」


 シャルたそはおっちょこちょいだなぁ。まあ、そんなところも可愛いけど。


「……そっちの人は?」


 そう言いながら、アレンは俺のほうに視線を向けてくる。


「私の……友達?」


「俺なんかがシャルたその友達だなんて……!」


 ああ、嬉しすぎて涙が出てきた。


「ふーん……」


 そのとき、アレンが一瞬顔をしかめた気がした。

 しかしすぐに笑みを浮かべた彼は、俺のほうに手を差し出してくる。


「アレンです。いつもうちの・・・シャルルがお世話になってます」


「ああ、いえ……こちらこそ?」


 俺は彼と握手を交わす。心なしか、握る力が強い気がする。


「この子、かなり口下手なんですけど……門兵さんに失礼とかなかったですか?」


 そう訊いてきたアレンの笑顔は、よく見るとハリボテのようだった。

 内心ムッとしつつも、俺はその感情を隠した。〝口下手〟なんて、こいつはシャルたそのことを何も分かっていない。確かに口数は少ないけれど、決して口下手というわけじゃないのに。


「……シャルたそとは、いつも楽しくお話させてもらってるよ」


「シャルたそ……?」


「君はシャルたそのパーティメンバーなんだっけ。ぜひとも二人で協力して、この国を守る立派な勇者になってくれ」


「……言われなくても、そのつもりです」


 アレンは笑顔を浮かべたまま、俺の手をさらに強く握った。

 こいつ、なかなかプライド高いな。俺に余裕があるのが気に入らないらしい。

 実際のアレンは、こんな嫌味なやつだったのか。少し残念だ。


「それじゃあ行こう、シャルル。二人も待ってるよ」


「ん……またね、シルヴァ」


 仕方ないといった様子で、シャルたそはアレンについて行った。

 残された俺は、盛大にため息をつく。

 

 ついカッとなって、アレンの神経を逆撫でするようなことを言ってしまった。

 これでは、また本編に影響が出てしまうかもしれない。

 

 ただ、分かったことがある。

 

 どうやら、俺はこの世界の主人公に嫌われてしまったらしい。


「……望むところだよ」


 ここは強がって、そう言っておこう。

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