第2話 モブ兵士、願いが叶う
――――やっちまったな……。
楔の日から数日後。いつも通り門兵の仕事についた俺は、頭を抱えて呻いていた。
同じ東門担当のヤレンくんが何事かとこちらを見ているが、彼は無口な男が故、話しかけてくる様子はない。
頭を抱えている理由は、もちろん〝シャルたそ〟の前で魔族を倒してしまった件だ。
幸い、あの場にいたのはシャルたそだけで、他に目撃者はいなかった。シャルたそも黙ってくれているようで、今のところ周囲の人間からは何も言われていない。
我ながら、後先を考えない行動だったと反省している。
しかし、推しが危険な目に遭っているのに、それを助けないなんて真似はできなかった。推しを守りたいという気持ちと、シナリオを汚したくないという思いがせめぎ合った結果、前者が勝ったというだけの話である。
――――まあ、これ以上かかわらないようにすればいいだけの話だろ。
いつまでもくよくよしていられない。俺は顔を上げて、深く呼吸をする。
シャルル=オーロランドというキャラは、ブレイブ・オブ・アスタリスクの中では序盤に仲間になる重要人物だ。
攻撃、バフ、回復を高水準でこなすことができるため、俺は常にパーティメンバーに入れていた。そう言った性能面の強さもさることながら、ビジュアルの良さも凄まじい。水色のボブカットに、常に眠たそうな目。そしてどことなく幼い印象を受ける顔つきとは反対に、自然と目を惹く大きな双丘――――うーん、実に完璧なビジュアルだ。もはや隙がない。
しかも、個別シナリオも最高と来たもんだ。
特別な魔術を操る彼女は、両親からも気味悪がられ、己の存在意義を失っていた。
そのコンプレックスを払拭するため、勇者として活躍し、自分に価値を見出そうとしている。絆を深めるうちにそんな背景を知った俺は、彼女の健気さに涙した。そして、俺が一生側にいようと決めた。
「それにしても……」
可愛かったなぁ、本物のシャルたそ。マジで目に入れてもいいくらいのビジュアルだった。これからアレンと仲を深めていくことを考えると、正直嫉妬で脳の血管がぶち切れそうだが、まあ、仕方ない。シナリオ通りに話が進めば、そうなることは避けられないのだ。ブレアスを愛する者として、シナリオを壊すなど言語道断。
俺はあくまで傍観者。彼らの関係に割り込むなんてことは、あってはならな――――。
「あ、いた」
「え?」
突然、聞き馴染みのある声がして俺は振り返る。
「シャルたそ……」
「たそ?」
振り返ると、そこには推しがいた。
首を傾げるシャルたそは、今日も変わらず死ぬほど可愛い。
やばい、心臓の高鳴りが止まらない。
「ずっとあなたを探してた」
そう言いながら、シャルたそは俺のほうへ歩み寄ってくる。
「あなたは、私を助けてくれた。だからお礼を言いに来た」
「シャルたそが……俺に礼を⁉」
「私の名前、知ってるの?」
「あ……」
そうだ、シャルたそからしたら、お互いに名前を知らない状況なのだ。
俺に一方的に名前を知られていると分かれば、気持ち悪く思うに決まっている。
――――ていうかこれ、結構まずくね?
自分は傍観者なんて言っておきながら、シャルたそに会ってしまった。
しかも、こんな風に会話までしてしまっている。
「ねぇ、どうして私の名前知ってるの?」
「うっ」
俺の顔を覗き込むようにしながら、シャルたそはそう問いかけてきた。
推しが上目遣いしているだけで、どうしてこんなにも可愛く映るのだろう。
なんて、ただ見とれている場合じゃない。
上手く言い訳しないと、一生怪しまれ続けてしまう。
「えっと……社交界の警護を担当した際に、参加者の名簿を拝見しまして……シャルル=オーロランドさん、ですよね?」
オーロランド家は、ゼレンシア王国では名の知れた貴族だ。
社交界に出席したことがあるという話は、実際に作中で語っていたし、そこまで不自然な話にはなっていないはず。
「……ふーん」
まだ若干疑っている様子のシャルたそだが、一旦は納得してくれたようだ。
「あなたの名前は?」
「……名乗るような者じゃ――――」
「名前は?」
「……シルヴァです」
有無を言わさぬ態度を前にして、俺は屈した。
「シルヴァ……」
「ぐおっ⁉」
推しに名前を呼んでもらえた。前世では決して叶わなかった夢が、まさかこんなに簡単に叶うとは。ああ、転生してよかった。
「どうしたの?」
「……いや、生を実感してたんだ」
「……変な人」
そう言いながら、シャルたそは笑った。
「え、可愛い」
「……」
――――口が滑った。
思わず率直な気持ちを口にしてしまった。
すると、シャルたその顔がポッと赤くなる。
「……もしかして、ナンパってやつ?」
「ち、違う!」
慌ててシャルたその言葉を否定する。
俺がシャルたそをナンパするなんて、なんとおこがましいことか。
「なんだ、違うんだ」
わずかに微笑んだシャルたそを見て、俺の心臓はぎゅっと掴まれた。
しかし、浮かれてもいられない。俺とシャルたその接触は、ブレアスの世界によくない影響を及ぼすかもしれない。お近づきになりたいなんて考えてはいけないのだ。
あくまで俺と彼女は他人でいなければ――――。
「……こんな何もないところにいても、つまらなくない?」
「私がいるの、迷惑?」
「そんなわけありません! むしろずっといてください!」
しまった、また本音が。
シャルたその前だと、どうしても気持ちを誤魔化すことができない。
「ならそうする」
シャルたそは、そう言いながら城壁に寄り掛かった。
推しを立ちっぱなしにさせるわけにもいかない。俺は休憩所から椅子を持ってきて、シャルたそに差し出した。
「良かったらこれに座ってください」
「そんなに気を遣わなくていいのに。敬語もいらない」
「シャルたそ相手にそんな……!」
「……」
「分か……った」
こんなにじっと見つめられて、逆らえるわけないじゃないか。
「シルヴァを見つけるの、結構苦労した」
「まさか、あの日からずっと探してたのか?」
「うん。どうしてもお礼を言いたかったから、何日も探し回った」
推しがそこまでしてくれるなんて……。
いや、こんなことでいちいち喜んでいては、話を進めることができない。俺はブレアスファンではなく、この世界に生きるシルヴァとして対応するため、気を引き締めた。
「シルヴァは門兵さんだったんだ」
「ああ、毎日ここで見張りをするのが、俺の仕事だ」
「ふーん……あんなに強いのに、門兵なんだ」
思わず噴き出しそうになった。
「ちょっと……その話は」
「秘密にしてるんだっけ」
「まあ、な。あんまり出世とか興味なくて」
「やっぱり、変な人」
「色々事情があるんだよ」
俺が所属しているのは、ゼレンシア兵団。
この組織で功績をあげて出世すると、今度はゼレンシア〝聖騎士団〟に所属することになる。聖騎士団は、勇者に課せられる魔族討伐の任務にサポート役として付き添う立場。つまり、出世すればするほど、必然的に勇者と顔を合わせる機会が増えてしまうのだ。もちろん、俺はそれを望んでいない。
「俺みたいなやつは、のんびり門兵をやってるのがお似合いだよ」
「もったいない……シルヴァなら、勇者にだってなれると思うのに」
「……買いかぶり過ぎだよ、それは」
勇者になるのは、シャルたそや、アレンのような、特別な存在だ。
俺のような凡人は、どこまで努力したって彼らを越えられない。
「そうだ、シルヴァにお礼がしたい」
「お礼なんて……俺は兵士として当然のことをしたまでだ」
「それでも、したい。じゃないと私の気が済まない」
そう言いながら、シャルたそは俺に詰め寄ってきた。
――――シャルたそのご尊顔がすぐそこに!
再び心臓が早鐘を打ち始める。速すぎてもはや痛いくらいだ。
「シルヴァ、私にしてほしいこと、ない?」
「そ、それは……」
そんなもん、いくらでもある。
あんなことやこんなこと、挙げていったらキリがない。
ただ、強いて言えば……。
「その……じゃあ、一回踏んでもらえる?」
「……は?」
俺の希望を聞いたシャルたそは、訝しそうに眉をひそめた。
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『あとがき』
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