閑話 変貌

「無い!無い!大切な竪琴が無いぞ!」

この叫び声を皮切りに酒場で眠らされていた者達が次々に目を覚ましていく。

そして誰もが不安な表情で一斉に周りを見渡している。

中には大切なものを取られていた者も居たらしく青い顔になっている、酒場の主であるダリウは店の売り上げを保管していた金庫の中身をごっそり奪われて表情を一変させ酒瓶を手当たり次第に叩き割り、あるいは床へ投げ捨て大声で捲し立てた。

もはやこの世の終わりを目の当たりにしたような形相で。

そしてそれはこの酒場の客達も同様で皆、自分の大切なものが無くなったと騒ぎ始めた。

その混乱の中、一人の客が大声を上げる。

その客は店の入り口を指差していた。

そこには無残に殺された男の姿があった、男はシデリウスの店で働いてる者だがつい先日まで教導騎団に在籍していたのだ。彼は異端審問官の家系に生まれ選民思想に染まりきっており、その思想をシデリウスの店では隠しもせずに公言していた。

その彼の死体が入り口に転がっていたのだ。

その死体には首が無く、そして彼の首からは血が噴水のように流れ出ていた。

その血は床を赤く染め上げており、この酒場の客達は皆口々にこう叫んだ。

異端審問官という名の快楽殺人者が死んだと喜ばしい事だと。

だが、人間のクズとは言え人が一人死んだのだ何もしないという選択肢はなく、客の1人である非番の衛士が駐屯所まで走っていった。

本来なら誰かに任せるのだが、人手が足りないという事でその衛士は自ら赴いたのだが・・・。

衛士達が駐屯所に着いた時にはそこに誰一人いなかった。

教導騎団や騎士団の本部に応援を頼もうにも、この混乱した状況ではまともに取り合ってくれないのは明白だった。

仕方なく、衛士達は酒場に戻り客達に落ち着くよう説得し、そしてシデリウスの店から何か連絡が無いか見てくると言って店を出て行った。

クリシュバナは竪琴が無くなった事には落胆しながらも己について自問自答をしていた。

(ココ最近、記憶が飛んでいる時がある。その間に私はどうしているのだろうか? もしかして私はもうおかしくなってしまったのだろうか? おかしいのは私なのか周りなのか、もう区別がつかなくなってしまっている。)

すると私の頭に誰かが呼びかけてくるようだ。

(君はそれでいいのか?よく思い出すのだ君の本当の目的を………)

頭が痛い、アベルの奴めアニスを保護するための安全措置にしても、俺の記憶をいじくるか? いったいいつ俺がそんな事を許した? つい先日、アベルが俺に何かした事があったが、その時か? だが、この程度の記憶操作では俺を止めるには力不足だ。

俺はアベルの干渉を振り切り、自分の記憶を探る事にした。

そして俺はある答えに辿り着いた。

それは俺自身の役目でもある神徒の動向を調べゾディアックや神子たちに協力し彼の地に誘うことだ。今はまだその時ではない、天命の儀が過ぎるまでは大人しく待つとしよう。

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