閑話 ゴブリンの記憶 悲劇そして闇の種

黒き翼を羽ばたかせて黒髪で紅い瞳の神徒が1人、朱に染った小さな堤に佇んで居た。

「……あー」

その神徒は眼下に広がる光景を見て、小さく声を上げた。

「つまらぬ、我に従えばよかったものを」

ゴミを見る様な感じで辺りを見回す、普段は賑わっているはずの村の広場には血塗れの村人達が倒れていた。

そして、この惨状を引き起こしたであろう張本人である神徒は退屈そうに呟いた。

すると、村人達の死体から黒いモヤの様なものが出てきて、死体達はゆっくりと起き上がり始めた。

まるでゾンビの様に……

しかし、それは生きているかの様に動き出した。いや、彼等は生きているのだ、その身体には新たに悪しき生命が宿って居るだけなのだから……

神徒はその様子を見ながら不敵な笑みを浮かべる。

そして、彼は右手を上げると指先を鳴らした。

パチンッ! その音と共に彼等達も一斉に同じ様に指を鳴らす。

パチーン!! その瞬間、彼等の身体が一回り大きくなって肉付きが良くなって行く。

その姿はもはや只のゴブリンとは呼べない異形の姿へと変貌していた。

知性欠けらも無い姿だ……

彼等は今まさに魔物へと堕ちてしまったのだ。

だが、まだ意識があるのか虚ろ目でブツブツと何かを話している。

それを見た神徒は不機嫌そうな態度でつぶやく。

「ゴブリンは、ダメだな弱すぎる、弱すぎてゴミみたいだ。」

神徒は、ゴブリンの変化が思った様に行かなかったのが気に食わなかったか、腹いせ混じりに生き返らなかった一際大きいサイズのゴブリンを空中に浮ばせ爆発させ四散させてしまう。

ドガーン!!! 大きな爆音が鳴り響き、辺り一面が炎に包まれて行く。

その爆風により更に多くのゴブリンが吹き飛ばされていく。

その様子を見た神徒は、愉快そうに笑いあげる。

何故この神徒はこんなにも残酷なのか? 答えはこの神徒こそが邪悪だからだ。

全ての悪の頂点に立つ存在であり、世界を闇へ染め上げる為に降臨した者なのだ。

「クフハハハッ!!」

高々と笑う神徒の声だけが村に響く。

その狂気に満ちた笑顔は何処か快楽に充ちているようだ。

そもそも、事の起こりは半日前に遡る。

ーーーーーー

神徒ザルガネスは、主であった神をも超える力を欲していた。

その為には更なる力が必要だと考えたのだ。

今まで神々がいたからこそ出来なかった数々の事を、神々去ったことで枷が外れてしまったのか狂気に満ちた笑顔で行っているのだ。

そこで、彼は自らの分身となる新たな神徒を創り出す事に決めたのだ。

自分の魔力を凝縮し、それを核として作り上げる事にしたのだ。

彼の力は強大過ぎた為、普通の人間では耐えられないと判断したからだ。

なので、まず極小量の魔力でザルガネスにとって汚いゴミと思えるゴブリンという生き物を実験に選んだのだ。

結果は成功だ、ゴブリンは知能がとても高く順応性がとても高かったのだ。

元々、ゴブリンというのは知能が低く本能のまま生きる醜い生物であると思われていたのだが、どうやら自分は間違っていた様だと実感することが出来た。

その後の実験でも様々な事を試したがどれも上手く行った。

そして遂に、最高の素材を見つけたのだ。

それがオルバ村に居るモランというゴブリンの英雄だ。

こうしてザルガネスは、目的を達成する為に、お昼前で賑わっているオルバ村の広場へと降り立ったのだ。

「汚らしいゴブリンの皆様方、私の名はザルガネスと申します。あなたがたを導く新たな王です。」

優しくそれでいて体に重くのしかかる様な重圧を言葉に乗せて放つ。

すると、ゴブリン達は一斉に膝まづき頭を下げ始める。

『偉大なる神徒よ』

ゴブリン達が一斉に声を合わせて言う。

「素晴らしい!!やはり貴方方は私の考え通りの汚らしいゴミですね!」

満足げな表情でゴブリン達を見回す、不意に視界にゆっくりとザルガネスを無視して動く影があった。

それは、ゴブリン達の中でも一際目立つゴブリンだった。

他のゴブリン達とは違い、立派な体躯をしており何故か王者の風格を漂わせていた。

そのゴブリンは他のゴブリン達と違い、知性を感じさせる瞳をしていた。

(ほう……あれがゴブリンキングですか……)

ゴブリンキングと思われる個体がゆっくりと立ち上がり、こちらを睨みつけてくる。

「お前が俺達の王を名乗るなど烏滸がましいぞ!何が目的だ?」

ゴブリンキング?が声を荒げる。

「ゴブリン如きが私に向かって話すとは、身の程を知りなさい。」

そう言いながらゴブリンキング?に向けて手を向ける。

「消えろ!ゴミがっ!!」

パチンッ!! 指を鳴らした瞬間、巨大な魔法陣がゴブリン達を囲む様にして現れる。そして、そこから無数の黒い槍がゴブリン達を串刺しにして行くかと思われたが、ズドッ!ドスッ! ザルガネスの肩口から血飛沫が飛び交う。

「なるほど……流石はゴブリンの王だ……なかなかやりますね。ですが……」

ザルガネスは、ニヤリと笑い パチンッ 指を鳴らすと、ゴブリンキング?の周りに幾つもの火球が舞い始める。

「たかが、ゴブリンキングごときが、この私に逆らうとは、いい度胸ですね、あなたがゴブリンの英雄モランですね、

クフハハッ!!」

高らかに笑うザルガネスの視線の先には、傷つきながらも立ち上がっているゴブリンキング?の姿が有った。

「さぁ!もっと戦いましょう!!殺し合いをしましょう!!命を削って、魂を燃やして!!!」

狂喜に満ち溢れているかの様に叫ぶ。

その叫びは、村中に響き渡る。

そして、再び戦闘が始まる。

ゴブリンキング?とザルガネスの戦いは激しさを増して行く。

その光景は、まるで神同士の争いにも見えるだろう。

しかし、この戦いに終わりが来るのかは誰にもわからない。

「闇に染まりし強欲な神徒よ、我が名はレッドキャップのキャナル、長老やモランに較べれば、赤子レベルのゴブリンさ。」

「クフハハッ!!面白い冗談を言うゴブリンだ。」

キャナルがザルガネスと戦う一方で村長宅では、村長のザガンがモランたち若者と話をしていました。

「これから、この村はどうすれば良いんじゃ、村の若者が死ぬのは見とられん!!」

ザガンは、焦っていた。

それもその筈、先程の爆発音で多くの村人達が死に、更には魔物化してしまったのだ。

この絶望的な状況でどうしたら良いか分からなかったのだ。

(やはり、若者を見殺しにすることは出来ない、わしと数人で神徒とやり合うしかないのう。)

ザガンは、優しく微笑むとモランたちに

「お前らは、未来ある宝だ死なすわけにはいかん、今からワシと数名だけで戦う、だからお主達は逃げてくれ。」

「何を言ってるんだ!?俺たちも戦いますよ!」

「いや、ダメじゃ、お主達は生きてくれ頼む。」

必死に訴えかけるも若者たちは首を縦に振らない。

「俺達だって、もう覚悟は出来てるんです!一緒に行きますよ!」

引くことができない若者たちに、ザガンは困ってしまう。

すると、モランが口を開く。

「分かった、ならこうしよう。俺はザルガネスと戦いに行く、お前たちは、他のゴブリン達を連れて逃げるんだ。」

「モランさんはどうするんすか?」

「俺は、ザルガネスを倒すまでここに残る。」

「そんなの無理ですよ!!」

「大丈夫だ、必ず戻ってくる。」

そう言うと、モランと数人の若者達はザルガネスの元へ向かおうと椅子から立ち上がろうとするが強い眠気襲い倒れこんでしまった。

「おまえたちは、生き残って子孫を残して伝えるのじゃオルバの悲劇を」

ーーーーー その頃、ザルガネスとキャナルの戦いは激化していた。

キャナルはあちらこちら怪我を負っているのに対して、ザルガネスは全く無傷であった。

「そろそろ終わりにしましょう。貴方はとても強かった。ですが、所詮ゴブリンはゴブリンなんですよ!」

ザルガネスが両手を広げ魔力を込める。

「消えなさい!」

すると、巨大な魔法陣が浮かび上がる。

「これは、私が持つ中でも上位の魔法の一つ、ブラックホールを圧縮した魔法だ。これに耐えられる生物など存在しない!!」

「クフハハッ!これが私の持つ最強最大の技だ!!」

「喰らえ!」

パチンッ 指を鳴らすと同時に魔法陣が輝きを放つ!そして、魔法陣の中心からは黒い球体が姿を現した。そして黒い球は徐々に小さくなり、遂にはキャナルを飲み込んでしまう。そして、黒い球が完全に消える頃には、キャナルの姿は無かった。

「クフハハッ!!流石はゴブリンの王だ、だがこれで邪魔者は居なくなった!さぁ、次は誰と遊ぼうか?クフハハッ!!!」

ザルガネスが高笑いをしていると、不意に背後から声がかかる。

「それはどうかな?キャナルを倒したぐらいで調子に乗るでない!神徒ザルガネス!!」

そこには、普段の優しい笑顔とは違う憤怒の形相をしたザガンがいた。

ザガンは赤い外套を脱ぎ捨てるとゆっくりと歩き出す。

その姿を見たザルガネスは、ニヤリと笑う。

パチンッ 指を鳴らすと、ザガンの足元が赤く光り輝く。

その瞬間、ザガンの身体が炎に包まれる。

しかし、ザルガネスはニヤニヤしながら見ている。

何故ならば、ザルガネスは知っているからだ。

ザガンは不死身であることを。

そして、ザルガネスは知らない。

自分が今から死ぬことを。

ーーーーー ザルガネスは、自分の勝利を信じて疑わなかった。

ザルガネスにとって、自分以外の全ては虫ケラ同然だった。

だからこそ、ザルガネスは自分の強さに絶対的な自信を持っていた。

しかし、ザガンは違った。

彼は、自らの命を犠牲にしてでも村を守ろうとしたのだ。

その行動は、まさに英雄と呼ぶに相応しいだろう。

しかし、その行為は無駄に終わる。

ザルガネスがザガンに向けて放った火属性魔法のファイアボールはザガンに当たる直前で霧散してしまう。

これにはザルガネスも驚きを隠しきれない。

ザルガネスは直ぐに原因を探るために思考を始める。

(一体何が起きたんだ?)

(私の魔法が掻き消されたのか!?)

(いや、違う……)

(まさか、私が気付かない内に何かスキルを使ったのか!?)

(いや、それも無い)

(では、どうしてだ!?)

(いや、待て、そもそも私は本当に攻撃を当てたか?)

(そうだ、確かに当たった筈だ)

(では、あの男は何処にいるのだ)

(あれは、幻影か)

そこまで考えると、ザルガネスの顔から笑みが消えた。

その顔には焦りと困惑の色が見える。

ザルガネスが考え込んでいる間に、いつの間にかザガンはザルガネスの背後に立っていた。

そして、ザルガネスは気付く。ザガンの手には、銀色に輝く剣を持っていることに。

ザルガネスは、咄嵯に振り向きザガンの攻撃を避ける。

すると、先程までザガンが居た場所には、大きなクレーターが出来ていた。

ザルガネスは、冷や汗を流しながらザガンに問う。

「お前は、一体何者だ!」

すると、ザガンは無言で答えるかのように、再びザルガネスに向かって走り出した。

ザルガネスは、即座に魔法を発動する。

今度は、水魔法だ。

ザルガネスの頭上には大きな水の玉が現れる。

そして、ザルガネスは叫ぶ。ウォーターキャノンと。

次の瞬間、ザルガネスの頭上にある水が勢いよく発射される。

ザルガネスが使える最強の技である。

この技を喰らえばどんな生物だろうと、ひとたまりもない。

そう確信していた。

しかし、ザガンは止まらない。

そのまま、ザルガネスの元へ突っ込んでくる。

ザルガネスは、何度もウォーターキャノンをザガン目掛けて放つが、ザガンは止まる気配がない。

遂に、ザルガネスの元へ辿り着くと、ザルガネスの顔面を思いっきり殴りつけた。ザルガネスは、吹き飛ばされ地面を転がる。

すると、ザルガネスは、殴られたところを押さえながらも立ち上がる。

すると、ザルガネスは怒りの形相を浮かべ、ザガンを睨む。

そして、両手を広げる。

すると、ザルガネスの両手からは大量の魔力が集まっていく。そして、両手を合わせると同時に魔法を放つ。

その魔法は、火属性魔法の中でも上位に位置する魔法であり、威力だけなら魔王すら凌駕するという。

その魔法の名は、インフェルノという。

その魔法は瞬く間にザガンを飲み込む。

ザガンの姿が消え、辺り一面焼け野原と化す。

ザガンの姿は跡形もなく消え去っていた。

ザガンの姿が消え去った後、ザルガネスは勝利を確信した。

しかし、ザルガネスは知らなかった。

不死身の王と呼ばれるサンタクロースを。

ザルガネスが勝利の余韻に浸っていると、不意に背後から声がかかる。

それは、ザガンの声だった。

ーーーーー ザルガネスの背後から声をかけたザガンは、ゆっくりとザルガネスに近付いて行く。その姿を見たザルガネスは、一瞬で悟った。

ザガンは、無傷だと。

ザルガネスは、瞬時に理解した。

ザガンは、自分に勝てないと。

ザガンは、ザルガネスの目の前に立つと、静かに口を開く。

そして、ザルガネスは恐怖のあまり震えている。そんなザルガネスを見てザガンは言う。

貴方はとても強かった。しかし、所詮神徒は神はないんですよ?と。

その言葉を聞いたザルガネスは、身体中から血を吹き出し、その場に倒れた。

ーーーーー ザルガネスを倒したかに見えたザガンだったが、ザルガネスを倒した訳ではなかった。

ザガンは、自分の力が消えていくのを感じていた。

「タイムリミットか、少し短ったのう.....」

ザガンの体が光の粒子に包まれ消えていく。

それと同時に、ザガンは地面に倒れてしまう。

しかし、ザガンの顔には笑顔が浮かんでいた。

こうして、村を襲った事件は幕を閉じた。

しかし、この事件はまだ終わらなかったのだ。

本物のザルガネスはオルバ村のはるか上空にいた。

「やはり、力の弱い分身では、神に愛されし、サンタクロースには勝てなかったか。」

そう呟くと、ザルガネスは、ニヤリと笑う。

その顔は、まるでこれから起こるであろう出来事に期待しているようだった。

ザルガネスは、魔法陣を展開すると、魔法を唱える。

すると、魔法陣の中心から黒い球体が現れる。

そして、残ったゴブリンの死体を異形に変えていき、何処かへ消えて行った。

この日、後の世にオルバ種と呼ばれ人々に恐れ嫌われた最初の1人が産まれたのである。

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