星空のディスタンス

夏香

星空のディスタンス

 東京湾が見渡せる倉庫街。夜の22時。バイクの排気音がひびいていた。

 二十台余りのバイクが星空の下に集まり、ある者はしゃがんでタバコを吹かし、またある者はバイクに寄りかかり笑い合い、ある男女はほほを寄せ合っていた。そこに集まっているのは、女は髪を金髪にして、べったりとした化粧、男は腕や体に派手なタトゥーを入れている。年齢はみんな高校生くらいだった。

 倉庫街の近くには『スターダスト』という名のスナックがあり、そこは彼らの心を癒す「溜まり場」のようになっていた。

 一台の二人乗りのバイクが走り寄ってきた。バイクは全員の前で止まり、二人はヘルメットを取った。

「遅かったじゃねえか、たく

 仲間の一人が、運転していた男に言った。

「こいつが来るのが遅いからさ」

 たくと呼ばれた男は、後ろに乗っていた女をあごでしゃくって言った。言われた女はバイクから降りてヘルメットを取った。そのヘルメットの下から現れたのは、まだ幼い顔をした少女だった。

「ナナミ、みんなに自己紹介しろよ」たくが言った。

 少女は、相川七海あいかわななみと名前だけ言い、ヨロシク、と一言つけたした。七海ななみがグループの仲間になったのはこの日からだった。

 

 少年たちは、毎日のようにバイクで集まり、スナック「スターダスト」の店内で騒いでいた。マジメに働くものなどいなかった。少年たちの乗るバイクも、ほとんど盗品のようなものだった。

「ナナミ、また来てるぜアイツ」

 カウンターに座っていた七海に、仲間の一人が言った。

 スナックの入口には、見るからに真面目そうな少年が立っている。彼は、七海の高校のクラスメイト土屋俊介つちやしゅんすけだった。

 七海は、チッと舌打ちし、彼を無視したままコークハイのグラスを口に運んだ。

「いいかげんにしてよッ! 仲間から変な目で見られるじゃない」

 七海は、椅子から立ち上がり、俊介しゅんすけに近寄って言った。

「学校は休学ということになってるみたいだから、いつでも戻ってこられるよ、七海。部活のメンバーも心配してたぜ」

 俊介が真剣な目で言った。

「誰が戻るもんですか、あんなクソ面白くもない学校なんて。ここの方がいいよ。みんな仲間だし、バイク飛ばしてる毎日が楽しいわ」

 七海が吐き捨てるように言った。彼女は、学校では教師や一部の優等生から「問題児」扱いされ、つまはじきにされていたのだ。

「これが仲間かよッ! タバコ吸って酒飲んで、バイク盗んで。普通じゃないよ」

「そうだわ、普通じゃないかもね」七海がうつむいた「でも、俊介の言うってなに? どんな毎日を普通っていうの? 教えてよ」

 俊介は、七海の問いに、答えられなかった。

「とにかく昔に戻ろうよ。部活やって、友達と笑い合う昔に」

「無理よ。もうアタシ、昔には戻れない。こんなになって戻れっこないよ」

 七海は金髪にした髪をパサッと触り、コークハイのグラスを飲み干した。

「戻れるさっ! ぜったいに戻れるって。これ、みんなからのメッセージだよ」

 俊介がスマートフォンを取り出して七海に見せた。画像には、女子サッカー部のメンバーが全員で写っている。

「フォワードがいなくなって、点が取れなくて困ってるぜ」俊介が言った。

  七海はスマフォの画面を黙って見つめた。七海も半年前までは、このチームのメンバーの一人だったのだ。

「やめろよ、ナナミはイヤだって言ってるだろうが」

 俊介と七海の話に、タバコをくわえた拓が割って入った。

「お前、引っ込んでろよッ!」

 俊介が拓に怒鳴った。

「なにッ! テメエッ!」

 拓が俊介の胸ぐらを掴んだ。二人はお互いに服を掴み合い、ケンカ腰だ。

「やめなよッ!」

 七海は、たまらずに二人の間に割って入った。俊介と拓がケンカするところなど見たくはない。心配して迎えに来てくれた俊介、自分を仲間として迎え入れてくれた拓、どちらも大切に思えたのだ。

 その時だった。裏口から仲間の一人があわてて顔を出して叫んだ。

「ポリの手入れだッ! みんな逃げろッ!」

「ポリって?……」

 俊介はわけがわからず、ポカンとしている。

「警察だよッ! 逃げるのヨッ!」

 七海は俊介の腕を掴み、スターダストの外へ連れ出した。仲間たちも一斉に外に出てバイクに飛び乗り、夜の街に走り出して行った。

 警察は、以前から不良たちの溜り場であるスターダストに眼をつけていたのだ。

 拓はバイクにまたがりエンジンをかけると、倉庫街を走りだした。

「アタシの後ろに乗ってッ! 早くッ!」

 七海が俊介に叫んだ。七海が250ccのバイクに乗り、エンジンをかける。俊介は七海の背中にしがみつくようにしてバイクにまたがった。拓の400ccのバイクと、七海と俊介の乗ったバイクが真夜中を爆走した。

 二台のバイクを三台のパトカーのサイレンが後を追う。

 バイクは夜の産業道路をひた走り、必死に逃げた。警察のパトカーもしぶとくバイクを追いかけてくる。

 七海がスピードメーターを見ると針は150を指している。

 逃げ切れない。七海はとっさに思った。250ccに二人乗りでは重すぎてこれ以上スピードが出ない。

 その時、先を走る拓のバイクが二人の横に並んだ。拓が爆音の中で叫ぶ。自分がパトカーを引き付けて逃げるから、次の二股の道路で分かれろと。

「落ち合うのは、どこッ!」

 七海が走りながら叫ぶと、

「晴海の第三埠頭だッ!」

 拓が走りながら叫んだ。

 七海と俊介の二人乗りの250ccバイクは、大きく車体を倒し右に曲がり、拓もバイクを寝かすようにして左に曲がり、二股の道を分かれて行った

 思ったとおり二台のパトカーは拓を追跡し、後に着いていった。しかし、まだ一台が七海と俊介を追跡してくる。

七海と俊介は、夜中の環状八号に入り、信号など無視してバイクを走らせた。幸い夜中の環状線は車の数も減り、突っ走りやすかった。

「お前、いつもこんなことやってるのか?」俊介が七海の耳元で言った。

「まあね、けっこう楽しいでしょ」

七海が走りながら叫んだ。

 どれくらい走っただろう。気が付くとパトカーの追跡は無くなっていた。警察も追跡は危険だと思い、諦めたらしかった。

 七海と俊介は、拓が叫んでいた落ち合い場所の晴海の第三埠頭へと、バイクを走らせた。時間はすでに午前三時を過ぎていた。

 

 第三埠頭へ着くと、仲間たちが二人を待っていた。思ったとおり仲間のうち何人かは警察に捕まり、暴走行為で逮捕されていた。

「遅かったな、七海」拓が笑顔で言った。

「拓もケガは無い?」

 七海がバイクを降りて拓に言った。

 次の瞬間、拓の口から出た言葉に七海は愕然がくぜんとした。

「七海、お前は今日でこのメンバーから脱退だ」

 脱退ッ! 七海は唖然あぜんとした。

「どして?」

「お前ら二人が帰ってくるまでに、仲間全員でちょっと話し合ったんだ」拓が真顔で言った「俺たちの仲間でいるには、お前はだ」

 

 条件違反じょうけんいはん……

 

 七海は、ハッとして、横にいる俊介を見た。そうだ自分は条件に違反した。七海はそう思った。

 この仲間に入る時の条件、それは心配してくれる親や兄弟、友人がことだったのだ。

 拓はニコリと笑顔で言った。

「もう、元の相川七海に戻れよ。ちゃんと学校にも行って、まともになれよ。お前は俺たちとは違って、いい友達がいるじゃねえか」

 拓は後ろにいる俊介をチラリと見た。

 七海が、たまには遊びに来てもいいかと目に涙を浮かべながら言うと、拓は、いつでも来いと言った。

「これからどうするの?」と七海。

 拓は、川崎の埠頭まで走り、茨城の走り屋チームと集会だと言った。

「アタシも行きたいな、その集会」

 七海がさびしそうにつぶやいた。

「お前が行くのは集会じゃなくて、だろ」

 拓が笑いながら言った。


 やがて全員がバイクで産業道路を走り出したが、七海と俊介の乗ったバイクだけは、途中、第三京浜を南に下り、横浜方面へと走って行った。

 二人の乗ったバイクの頭上には、いつしか星空は消え、東の空から昇ってきた朝陽が、まるでスポットライトのように二人を照らしていた。


 THE END

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