頬の傷

@ku-ro-usagi

読み切り

私が通っているこの高校を選んだ理由は

家から近かったから

とにかく近くがよくてそれだけで入った高校

通学が非常に面倒臭い人間なんだ

特に朝ね

学校は近いってだけで他の不満とかには全部目を瞑れたし

そもそもそんなに不満もなかった


高校は2年

まだまだ暑かった初秋頃

授業中に緊急放送が流れた

「近くの工場で大きな事故が起こり

大規模な有害物質が漏れていると情報が入ったため

先生方が窓を閉め

カーテンも閉めて下さい

生徒の皆さんは窓に近寄らないで下さい」

みたいな内容だった

「カーテン?意味あるの?」

ってみんな訝しんでたけど

先生が

「ないよりましだろ」

窓に近づくなってカーテン閉めてた

その後にすぐに分かったけれど

本当は工場の事故も有害物質漏れも起きてなくて

後輩の女の子2人が手を繋いで屋上から飛び下りてたんだ

落ちた場所はコンクリートで

むしろ

コンクリートの場所を選んで落ちたんだろうなってくらい

コンクリートの場所に飛び降りてた

2人が飛び降りた地点にある一階の1年C組は

その時間だけたまたま授業変更で科学室へ行っていて

凄まじい惨劇を見せ付けられずに済んだらしい

2年と3年のC組が奇跡的に落下に誰も気付かなかったのは

真面目に板書を写していた

先生の話を聞いていた

寝ていた

そして

ちょうど自衛隊の飛行機が近くを飛んでいて影が重なった時だったんだ

ここの辺は基地が近くて

C-1かC-2

もしかしたらT-4かも

詳しくないから分からないや


でも

それから間もなく授業中に

「窓から下に落ちていく影が見える」

と窓際の生徒が言い出して

他の学年でも同じ様に訴える生徒が現れた

見えると言った生徒たちは

2人が落下した位置に当たる教室の各学年から1クラス

私も該当するC組

時間は決まって11時23分

それから席替えなんかがあり

私は気にならなかったから窓際に変わった

口外はしない約束で内申点を少し上げてくれると聞いたから

それから

どの学年でもC組だけは

教室のカーテンは朝から放課後まで綴じられたままになり

それでも

(あ……)

まただ

私は

カーテン越しに落ちていく2つの影が見える様になった


秋もだいぶ深くなると暖房を点ける程ではないけれど

日射しがあると嬉しい

蛍光灯はあれど日光とはやはり違い

「カーテンを開けようか」

みたいな空気になり

「影が見える」

と言った今は廊下側に座るクラスメイトも

同調圧力のためか大丈夫だとおとなしく頷き

別の学年のC組も同じ様にカーテンを開き始めた様だった

屋上の2人は

雨の日でも落ちて行った

きっと休みの日でも休むことなく

毎日あの時間に律儀に落ちているのだろう

下の1年C組の1人が

毎日昼休み前の4時限目に

ドンッと何か重いものが落下する音が聞こえると言い始めて

不登校になったと聞いた

私たちも担任からの個別面談があったけれど

私は何も見えないし何も聞こえないと嘘を吐いた

本当は

もう落ちていく2人と目が合っているし

落ちている時の笑い声も聞こえている

微かな震動まで気づけるようになった

次の日曜日に校内立ち入り禁止及び部活動禁止になったのは

電気の点検だったか防災設備の点検のためだとか言ってたけど

本当はお祓いのためだった

うん

私の家近いからね

通り過ぎる時に

学校の裏の駐車場で

お寺か神社にいるような坊主頭の人が

高そうな車から降りるのを見掛けた


でもインチキだったみたいだよ

月曜日も普通に落ちていく2人と目が合ったしさ

学校からはあのインチキハゲに幾ら払ったんだろう

勿体ない

3時限目の終わりに

「具合が悪いから保健室へ行く」

とクラスメイトの友人に伝えてから別棟の保健室へ行き

下腹部が痛いと生理を窺わせてベッドに横になった

実際生理だったからね

途中でトイレへ行くと嘘を吐いて保健室から出ると

私は教室のある棟に戻った

C組はD組と昇降口を挟む形であるから

他の教室や教師たちからも特に見咎められることもなく

私は外に出て昇降口の屋根の下に立った

2人が飛び降りた所は今は人工芝が敷いてある

その辺りを見ていると

不意に

ドンッと震動が届いた

笑い声もなければ姿も見えず

こんなものかと思っていると

ドンッ

とまた震動が響いた

二度目でそれぞれ2人に落ちる差がほんの僅かにあることに気付いた

ドドン

くらいの差だけど

音と震動はその後も何度もした

何度も何度も

そしたら段々

姿が見えてくるようになった

2人が落ちてくる姿が

何度も繰り返し

爽快な程にぐしゃりと頭蓋骨が潰れる瞬間も

肩がコンクリートにめり込もうとする重力の不思議も

本当に一瞬の出来事

それを何度も何度も見て

目が慣れてスローモーションに感じるようになった時

どこの骨か分からない白く鋭い破片が私の頬を擦った

痛みを感じて頬を押えると

また2人が落ちてきた

首を捻りぐるりとこちらを向いている2人と目が合った時

私は鼻血を垂らしてその場に昏倒した


全部

全部私が悪いのに

学校の上の人達は教師や保険医の監督不足だと担任と保険医を責めたらしい

本当に申し訳ない

親もそれを鵜呑みにし

いくら違うと言っても

あの現場近くで倒れていたのは本当で

なぜあそこに行ったのかと問われ

自分の意思で言ったと伝えても

それも

「すでに何か良くないものに囚われていたのだろう」

と捉えられ何を言っても無駄だった


私が倒れていたのを発見したのは

用務員のおじさんさんだった

私は結構な時間

あの2人を眺めていたはずなのに

実際は5分も経って居なかったらしい

頬の傷も

倒れた時に負ったものだろうとあっさり片付けられた


そうだ

そんな中でも1つだけあったいいことと言えば

あのインチキ生臭坊主頭がただの詐欺師だって事が露見したことくらいかな

だって今度は別のお祓いの人が呼ばれてたから


そんな高校生活

私としては

高校生活の各1年間をなるべく円滑に進めるために作った友人だったけれど

友人は本当に私を友人と思ってくれていたのか

次の学校が決まるまでの間

わざわざ家まで会いに来てくれた

学校から近いからかな

転校させられることを伝えると

「お休みの日は遊ぼうね!」

とわんわん泣いてくれた

まぁその場の空気やノリもあるしなと思っていたけれど

転校してからも本当に休日に誘ってくれるし

学校帰りは

たまにでもなく我が家に寄り道してくれるようになった

それぞれが3年に進学すると

「あそこの教室、元C組の縦並びの教室ね、全部使われなくなったよ」

と教えてくれた

机や椅子も出されて今は空っぽらしい

そんなことを細々と教えてくれる友人が

私よりも両親よりも誰よりも気にしてくれていた頬の傷

それは呆気なく治って跡形もなく消えた


転校云々のあれやこれやがあった中でも

私は大学に行くための勉強を頑張っていた

家から一番近くの楽に通える大学が

ほどほどに名の知れた大学だったから頑張らざるを得なかったんだ

友人もいつの間にか同じところに受かっており

私は友人と共にのんびりと大学生活を堪能し

そのまま院へ進むことに決めた

友人は就職するのとかと思ったけれど

特にそんな様子も見られず不思議に思っていたら

今時

親の勧めで見合いを数件こなしていて

卒業後にそのまま結婚するらしい

もしかしたらいいところのお嬢様だったのかもしれない


そして

そんな卒業式の前夜

私の中でお嬢様疑惑のある友人から

いつもやり取りしているメッセージではなく電話が来た

珍しいなと思って出ると

他愛ない話をした後に

「後輩2人の自殺覚えてる?」

と聞かれた

「勿論」

と答えると

「あの後輩の1人とね、同じ部活で仲が良かったの」

と淡々と告白された

それは初耳だし少し驚いた

「だって話してないもの、君は私にも他人にも興味ないしね」

少し棘がある気がする

「気のせいだよ

後輩が入ってきて半年位、一学期から夏休みもね、たくさん遊んでたんだ」

「ふーん」

でも今は私の方が仲良しだし親友だし

「ふふ、知ってる

仲良しだったんだけどね

あの子はあんまりご両親に恵まれてなかったみたいで

段々ね、もう消えたいとか言うようになってたの

それでその度に宥めたり

相談には乗ってたんだけどやっぱり無理で

『一緒に死んでほしい』

って縋られるようになってきたの

その度に

『ダメだよ、卒業まで頑張ろう』

って励ましてたんだけど

あの子には卒業までは長すぎたみたい」

そりゃ

今すぐ死にたいと思っている子に

卒業までなんてあまりに途方もなく長すぎる先の話だ

「そしたら他の子と仲良くし始めてね

1ヶ月もしないうちに

その子と飛び降りちゃった」

あぁ

そうだったのか

少し解ったと言うか合点がいった

なぜ2人はあの場所から飛び降りたのか

確かにコンクリートだったけれど

他にもコンクリートの地面はあった

あれは私の友人への当て付けもあったのだろう

いや

ほぼ当て付けだったのだろうね

一緒に死んでくれなかった先輩へのとびきりの当て付け

友人は続ける

「でもね

私は薄情だからかな

一度もあの2人の影も見えなかったし

何も聞こえなかったんだ」

確かに影が見えると言って廊下側に移ったのは男子生徒だった

「それであの時

席替えでみんなが嫌がる窓際に君は真っ先に手を挙げてくれたでしょう」

内申点のためにね

「そうじゃないのは解っていたけど

それでもね

なんだか私を守ってくれようとしている、庇ってくれようとしているって思ったんだ」

ははぁなるほど

誤解と勘違いはこうやって生まれるのか

「それで結局

君があんなことになってしまって

ごめんねって気持ちでずっと落ち込んでたんだけど

あれからね

誰にも、影とか音が聞こえることがなくなったんだ」

それは

次に来たあのお祓い坊主頭が本物だっただけだよ

それに

C組だった教室は使えなくなった

「あれは一応念のためだって、先生たちが話し合って決めたって聞いた」

そうだったのか

しかし

友人はどうして今

その話をしてきたのだろう

「それは

ただやっと話せる決意ができただけ

私は君に負い目もあるけど君と一緒にいたくて

でも私は

……明後日、入籍するから」

そうだった

結婚式はまだ前だけれど卒業後に入籍だけは先にすると聞いていた

うん

「改めておめでとう」

幸せになって欲しい

心からそう思う

なのに

「……ありがとう」

友人のありがとうは

なぜかいつも少し寂しげだ


友人の思わぬ告白を聞いてからも

私と友人の関係は特に変わらずに続いている

ただ

それからしばらくのち

友人と友人になってから友人として初めて喧嘩をした

理由は

友人の結婚式でのスピーチを私が渋ったこと

だって

見知らぬの大勢の前で話すなんて嫌すぎてさ

「大事な友人だけど、それとこれとは別で人前に立つと言う行為が私には……」

しどろもどろに弁解するも

「私は一番の親友にスピーチされたかったし今もされたいの!!」

あの日以来

転校が決まったと告げた日以来に

わんわんと大泣きされ

友人の夫からもどうかお願いしますと懇願され

「二度目はないからね」

と渋々引き受けたあの日

そしたら

「二度目なんてないよ!」

とまた怒られた

おっと失敬

もう二度とあんな大勢の前でスピーチなんてやりたくないけど

そもそも私には

他にスピーチを頼まれるような友など1人もいなかった


あぁそうだ

最後にほんの1つ

蛇足に思うような話だけど

ほどなくしてね

友人が子供を授かり

無事に生まれたんだ

可愛い可愛い女の子なんだ

でも

生まれてきた赤ん坊の左の頬に

微かに白いスッと流れる短い跡がある

よく見ればあるかな位の跡で

全然気にならないものだけれど

母親なら

むしろ尚更気にしてもいいはずなのに

友人はなぜか

その娘の頬の跡を

いつも優しく指先でなぞっている

懐かしそうに

どこか

愛おしそうに




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