猫が爪を立てるとき
@ramia294
今夜は、満月だ。
もうすぐ、日付けが、変わる。
僕は、そっと家を出る。
僕の飼い主のミノリちゃんやお父さんお母さんはグッスリ寝ていた。
僕は、猫。
名前は、モン。
僕は、そっと家を抜け出し、その昔ミノリちゃんに拾われた2丁目の公園に向かった。
黄色いお月さまの光が、ようやく涼しくなった空を丸く照らしている。
生まれてすぐに捨てられ、お腹を空かして段ボールの箱に捨てられていた僕たち兄弟をミノリちゃんは、救ってくれた。
弟のソラと妹のクッキーを飼ってくれるように、お友だちのハルちゃんやアキちゃんに頼み込んでくれたのもミノリちゃんだ。
公園が見えて来た。
僕たちは、別々の家に引き取られたので、お互いの近況を満月の夜に報告し合う事にしている。
捨てられていた公園が、集合場所だ。
公園には、既に、妹のクッキーはもちろん、遅刻常習犯の弟のソラまで待っていた。
「早いな、ソラ」
僕が声をかける。
「だってさ。アニキ大丈夫か?」
ソラは、心配そうに僕の匂いを嗅ぐ。
「そうよ。一週間後でしょ。お兄ちゃん大丈夫なの?」
妹のクッキーが、身体を擦り寄せ、頭をぶつけてくる。
僕の飼い主のミノリちゃんは、一週間後結婚する。
そして、この町を出て行く。
もちろん僕は、ついて行けない。
ミノリちゃんの恋が実を結び、幸せになっていくのだから、僕は嬉しい。
むしろ、初恋にしくじった時の落ち込む姿を見ている僕は、ホッと胸を撫で下ろす心境だ。
ミノリちゃんの初恋の相手は、バスケ部のキャプテンで生徒会長。
叶うはずもない恋は、声もかけられず終わった恋だった。
それから、現在に至るまで、何度、人違いをして、涙を流したか。
失恋名人の名を欲しいままにしたミノリちゃん。
でも本当の恋に、初めて出会ったミノリちゃん。
ニャッ!
再会かな?
とにかく、これから幸せになっていくミノリちゃん。
僕は、笑顔で見送るつもりだ。
嬉しいはずなのに……。
「大丈夫に決まっているだろう。新婚生活に参加するなんて、お邪魔虫になるだけさ。それにお父さんの傍にいないと、心配だし」
音楽家のお父さんは、結婚式で、娘のために、自分で作詞作曲の歌を歌うと張り切っているが、昨日は、夜中に独りで月を見ながら泣いていた。
歌の題名は、
『時々は、帰っておいで』
笑顔の向こうに寂しさが、透けて見える。
僕が、お父さんを隣で慰めてあげないと。
「大丈夫ならいいのだけどね。アキちゃんなんて、今から結婚式にはどんな服装で行くかそればっかり。そんな事より猫じゃらしを振ってほしいのに」
クッキーが愚痴る。
「ハルちゃんだって、同じようなものさ。なんといっても、あの三人はバスケ部キャプテン失恋組だからね。ミノリちゃんの結婚は、自分の事の様に嬉しいみたい」
僕は、耐えられるだろうか?
これからは、大好きなミノリちゃんがいない。
お母さんやお父さんがいても、僕にいつも寄り添ってくれたのは、やはりミノリちゃんだ。
兄弟で、しばらくじゃれ合った後、僕たちは解散した。
公園からの帰り道をお月さまは、何処までも見送ってくれた。
時間は、止まって欲しいと願うと、より速く進むのだろうか?
一週間は、あっという間に過ぎて、今日は結婚式だ。
ミノリちゃんはもちろん、お父さんやお母さんまで、あわただしく出ていった。
独りになった家で、僕はミノリちゃんのベッドで丸くなった。
猫は、寂しさで死んだりしないのだろうか?
不安になる。
もうすぐシーツについたミノリちゃんの匂いも消えて行くのだろう。
忘れない様に、深く息を吸った。
何時間くらいウトウトしていたのだろう。
突然ドアが開いた。
「疲れた~!」
いつものミノリちゃんの声がする。
慌てて玄関に行くと、もうしばらく会えないと思っていたミノリちゃんが立っていた。
隣には、優しい笑顔の元バスケ部のキャプテンの姿が……。
「モン、行くわよ」
「ニャッ!」(えっ!僕も行っていいの)
「何言ってるの?とにかく、モンがいない生活なんて、考えられないでしょ」
「ニャッ!」(本当にいいのかな)
「何言ってるか分からないけど早くおいで」
「ニャッ!」(嬉しい!)
ミノリちゃんの広げた腕の中に、僕は飛び込んだ。
「痛い!」
だって、寂しくて死ぬと思ったんだ。
だから、
ミノリちゃんに、生まれて初めて……。
少しだけ爪を立てた。
終わり
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