【4】拷問好きな公爵令嬢
公爵令嬢のレミーゼ・ローテルハルクは、奴隷を痛めつけることに快感を覚えるという裏設定があった。
領民たちから聖女と呼ばれて慕われているが、そんな表の顔からは全く想像もできない趣味と言えるだろう。
あくまでも、レミーゼはNPCだ。しかしながら【ラビリンス】にとって重要な敵キャラであり、ボスキャラであることに間違いはなく、その設定も盛り沢山だった。
レミーゼが己の趣味を誰にも邪魔されずに楽しむ手段には、【ラビリンス】のプレイヤーたちもドン引きしていた。
まず、ローテルハルク城の地下牢にレミーゼが直接顔を出し、そこに囚われている罪人に対し、聖女として救いの手を差し伸べる。
その行為自体、本来あってはならないものだけど、罪人にもう一度やり直す機会を与え、更生してほしいというレミーゼの願いが、そこには込められている。
もちろん、如何に公爵令嬢のレミーゼと言えども、罪人を無条件で解放してしまえば、監守や関係者たちに迷惑がかかる。
ではどうするのかというと、レミーゼは罪人を解放する見返りとして、監守に袖の下を渡し、罪人をレミーゼ個人の奴隷として引き取る形を取っていた。
そうすることで、奴隷となった罪人が更生するまでの間、レミーゼの傍に置いておくことが可能となる。罪人を解放した監守に関しても、公爵令嬢であるレミーゼに従わざるを得なかったという体で済ませることができる。
これらの形式上、闇魔法【隷属】によって、選ばれた罪人は一時的にレミーゼの奴隷となってしまう。でも、牢の外に出てしまえばすぐに【隷属】を解除してもらえるので、奴隷といっても形だけのものだ。
全てはレミーゼの独断で、自分だけが悪者としての役割を引き受ける。まさに聖女の名に相応しい行動と言えるだろう。
故に、牢に囚われていた罪人たちはレミーゼを信用する。【隷属】の先に何が待っているのかも知らずに……。
しかしおかしい。
これは【ラビリンス】のメインシナリオを進めていくことで、プレイヤーが体験できるようになるものではなく、あくまでも裏側の設定の一つでしかない。
メインシナリオをクリアしたあとで、レミーゼが何をしていたのか、その全てが発覚するものだったはずだ。
つまり、【ラビリンス】のプレイヤーが現場の地下牢に足を運ぶことはもちろんのこと、その目で直に確かめることはできないし、プレイヤーが牢に囚われるといったシナリオも存在しない。
メインシナリオを進めたあとの後日談では、ローテルハルクの領内は火に焼かれて廃墟と化していた。だからどう考えてもおかしいのだ。
この牢が廃墟とならずに存在し、一プレイヤーであるはずのあたしがここにいるということが……。
「001番! 喜べ! レミーゼ様の御厚意で、貴様を今から解放することになった!」
思考をぐるぐる巡らせていたけど、監守の声で現実に引き戻される。
001番――アンが監守に呼ばれた。
あたしの予想通り、レミーゼの手で牢の外に出ることを許可されたのだ。
「ありがとうございます! でも、あの……私だけですか?」
指名されたのは、アン一人。ドゥとあたしは呼ばれなかった。
可能ならば三人揃って外に出たい。それがアンの願いだったから、思わず口に出てしまったのだろう。
すると、鉄格子越しにレミーゼが歩み寄り、申し訳なさそうに首を垂れる。
「ごめんなさいね。わたくしも本当なら三人全員をここから出してあげたいの……。でもね、【隷属】は一度に一人しか対象に取ることができないから……」
「……れ、【隷属】?」
「ええ、そう。ここから出る前に、闇魔法の【隷属】で、ちょっとだけ……ほんのひとときの間だけ、わたくしと主従関係を結んでもらうことになるわ」
「主従関係って……え、奴隷にならないと無理なんですか!?」
「あくまで、形式上のことよ。だから安心してちょうだい。外に出たらすぐに【隷属】を解除して自由にするから。ね?」
【隷属】でレミーゼと主従関係になることに、アンは少しだけ躊躇いを見せた。でも、レミーゼ本人からフォローしてもらったことで、安堵したのかもしれない。
不安を取り除いてもらったことで、アンの表情はレミーゼに感謝しているようにも見える。
「……ドゥ、トロア。レミーゼ様の話、聞いただろ? 私は一足先に外で待つことにするよ。心細いかもしれないけど大丈夫だ。またすぐに会えるさ」
あたしたちの方を振り返り、アンが言う。
レミーゼの話を信じるならば、アンに続いてドゥとあたしも近いうちに牢から出ることができるだろう。だから心配するなと、アンがあたしたちの頭をくしゃくしゃと撫でる。そして優しく抱き締めてくれた。
「……ッ」
この温もりを、あたしは確かに感じている。
信じたくなくとも気付かざるを得なかった。
ここは【ラビリンス】ではない。【ラビリンス】と瓜二つの現実世界だ。
でも、【ラビリンス】に登場するNPCが居るし、レミーゼは今にも【隷属】を発動してアンを支配下に置こうと企んでいる。
アレが本当に公爵令嬢のレミーゼ・ローテルハルクであるならば……それはマズイ。絶対にマズイ。
「――ま、待って! アン、ついて行ったらダメ!」
だからあたしは声をかけた。
出会ったばかりの姉を助けるために。
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