【3】どんな噂か公爵令嬢

 ……なるほど、やっぱりここは【ラビリンス】の中か。


 目が覚める前にログインしようとしていたし、今あたしの目の前にNPCのレミーゼがいるわけだし、勘違いではないだろう。

 つまり、サークルの人に刺されたのも気のせいで、だから痛くもなんともないわけで……。


 ……ところでこれ、何のイベント?


 レミーゼが牢に顔を見せるイベントなんて【ラビリンス】では一切なかったはずだけど、これってもしかして……隠しイベントか何かかな?


「おい、あれってレミーゼ様だろ? ……ってことは、噂は本当だったんだな」


 レミーゼの姿を見て、嬉しそうにアンが口を滑らせる。


「アン姉、噂って何のこと?」

「脱獄なんかしなくても、ここから出られるかもしれないって話だ」


 ドゥも知らなかったのだろう。噂とやらをアンに訊ねてくれた。

 するとアンは、先ほどまで考えていた脱獄の話をすっ飛ばして、牢の外に出られるかも、と口にする。


「それ、ホント? わたしたち……脱獄する必要ないの?」

「ああ。路上生活をしてたとき、ここに入ったことがあるやつの話を聞いたことがあるんだけどな」


 曰く、週に一度か二度のペースで解放してもらえると。

 曰く、それにはレミーゼ・ローテルハルクが関わっていると。

 曰く、解放条件として、建前上、レミーゼと主従契約を結ぶ必要があること。


 ここに居るのは罪を犯した者ばかりだというのに、どうして解放してもらえるのか。

 アンに教えた人物は、レミーゼに救ってもらったわけではなく、刑期を全うして出てきたらしいので、詳しいことは分からなかった。

 でも、噂がある時点で期待したくもなる。本当の話なのかも……と。


 現に今、鉄格子を挟んであたしたちを見ているのは、レミーゼ本人である。

 ここまで来れば、アンとドゥの期待値も高まるというものだ。


「ドゥ、トロア、やったな。これでまず、一人か二人……いや、私たちは三姉妹だから、運が良ければ三人揃って外に出してもらえるかもしれないぞ」


 蓄積された緊張が解れたのだろう。牢の中に居ながらも、アンがホッと一息吐く。


「レミーゼ様には悪いけど、ここから出たら今度こそ捕まらないように気を付けようぜ」

「もう、アン姉ってばいつもそうなんだから……」


 やれやれとドゥがため息を吐く。だけどその表情はさっきよりも明るくなっている。アンの話を聞いて安心したに違いない。


 捕まっても懲りないなと思ったけど、スリが主な収入源なのだから、仕方あるまい。

 但し、事はそう簡単に運ぶものではない。


「牢屋に罪人、そしてレミーゼとの主従契約……」


 マズイ。これは非常にマズイ。

 あたしはこのシナリオを知っている。このあとの展開と結末の全てを……。


 実際に、この目で見たわけではない。だって後日談で語られるものだから……って、そんなことはどうでもいい。とにかく、このままだと大変なことになってしまう。


 これは、【ラビリンス】の序盤でプレイヤーがクリアしなければならない、メインシナリオの一つ。


 レミーゼは、ローテルハルクの領民たちに慕われる心優しき公爵令嬢である。領内限定とはいえ、聖女様と呼ばれるほどだ。

 だけど、裏の顔は……。


「……拷問令嬢」

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