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「ねえ八木ちゃん。恋をすると人は変わっちゃうのかな?」

 春休み。

 中学生から高校生になるまでのわずかの間の時期に、三笠小夜は、親友の八木ちゃんと一緒に、流行りの喫茶店で美味しいケーキと食べ、コーヒーを飲みながら、そんな恋の会話をしていた。

「ねえ、どう思う? 八木ちゃん?」

「そりゃ、恋をすれば人は変わるでしょうよ」恋愛小説が大好きな八木ちゃんは小夜にそう即答する。

「それって、いい方向に? (ポジティブな方向に)」チーズケーキを食べながら小夜が言う。

「もちろん。いい方向に決まっているでしょ? (ネガティブになるわけないでしょ)」ストロベリーショートケーキを食べながら、八木ちゃんは言う。

「本当に?」

「本当。だって映画やドラマや漫画や小説では全部そうだもん」八木ちゃんは言う。

「はぁー。八木ちゃんは純粋でいいなー」小夜は言う。

「なによ。人をお子ちゃま扱いしないでよ。小夜だって、小さいし、全然子供じゃん」頬を膨らませて、(フォークを口にくわえたまま)八木ちゃんは言う。

 それから二人は少しだけ沈黙する。

 それぞれがそれぞれ、コーヒーと紅茶の入ったカップの表面を見つめて、なにかを(つかの間の間)真剣に考える。

「……私も、小説とか、映画の中だけじゃなくて、本当に、本気で恋をしてみようかな? 小夜みたいにさ」

 少しして、八木ちゃんがそう言った。

「八木ちゃん。好きな人いるの?」コーヒーをミルクと一緒にかき回しながら、小夜は言う。

「もちろん。私にだって、恋をしている相手くらい、……いるに決まってるじゃん」と、ちょっとだけ恥ずかしそうに顔を赤くしながら、八木ちゃんは言った。

「え?」もちろん、冗談で言っていると思っていた小夜は、その八木ちゃんの言葉にすごく驚いた。

「それって、私の知っている人!?」うきうきしながら小夜は言う。

「秘密に決まってるじゃん」にっこりと笑って、顔を赤くしたまま、幸せそうな表情で、八木ちゃんは言った。

 それから八木ちゃんは小夜のなんども連続の質問にしらを切り通して、「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」と言う可愛らしい制服を着た店員さんに見送られて、二人は、その喫茶店をあとにした。

「あ、そういえば借りてた本。返すね」

 そう言って小夜は鞄から一冊の小説を取り出した。恋愛小説が大好きな八木ちゃんから、「面白いから絶対読んで! それで感想聞かせて」と言われて、小夜が借りて、読んでいた本だった。(確かに八木ちゃんの言う通り、面白かったし、小夜のお気に入りの小説の一冊になった。ただ、少し内容が幼稚と言うか、ご都合主義なところも多かったけど……)

「八木ちゃんはまだまだ、恋に恋しているんだね」ふふっと笑って小夜は言った。

「こら。勝手に一人で大人になるんじゃない。私が行くまで、ちゃんとそこで立ち止まって待ってなさい」

 小夜のにやけた頬を引っ張りながら、八木ちゃんはそう言って嬉しそうな顔でにっこりと笑った。

(これは二人が高校生になる前の、中学生最後の日曜日の午後の出来事だった)

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