6
「月をね、見ていたの」
ハンカチで涙を拭ってから、にっこりと笑って、稲田先輩は小夜に言った。
「月、ですか?」
小夜は言う。
今はまだ明るい時間だ。月は見えないのではないかと思ったのだ。
「ほら、あそこに白い月が見えるでしょ?」
稲田先輩はそう言って、青色の空を指差した。
その稲田先輩の美しい、細い白い指のずっと先には、確かに青色の空の中に浮かんでいる、白い小さな月があった。
「本当だ。月がありました」
にっこりと笑って、稲田先輩を見ながら小夜は言った。
すると稲田先輩は「ね、あったでしょ?」そう言って、にっこりと笑って、いつものように小夜に優しく笑いかけてくれた。
それから小夜は稲田先輩に「卒業おめでとうございます」と「さようなら」を泣きながら(話しているうちに泣いてしまった。絶対に泣かないって決めていたのに)言った。
稲田先輩はいつもの笑顔で、「ありがとう。三笠さんも天文部のことよろしくね」と小夜に言った。
それから二人で学校の校舎の外に向かっている間、稲田先輩は小夜に「三笠さん。あなたはもっと素直になりなさい」と言った。
「素直? ですか?」まだ少し赤い目をこすりながら、小夜はいう。
「うん。素直。素直じゃない人は可愛くないよ。三笠さんはすごく素敵な人なんだから、もっと素直にならなきゃ、人生、損しちゃうよ」
と稲田先輩は言った。
その稲田先輩の言葉を小夜は当時、うまく理解することができなかった。
むしろどちらかというと自分は(自分に自信がないということもあるのだけど)人の意見を素直に聞くほうの人間だと思っていたからだった。
「じゃあね、三笠さん。ばいばい」
そう言って、途中で合流した稲田先輩の友達である今日、中学校を卒業する三年生の卒業生たちと一緒に稲田先輩は三笠小夜の前からいなくなってしまった。
「先輩! さようなら!!」小夜は言った。
遠くで、先輩が手を小さく上品な動きで振って「さようなら」とその口だけを動かして小夜に言った。
「ねえ、八木ちゃん。私って素直じゃないかな?」
その日の帰り道。
親友の八木ちゃんに三笠小夜はそんなことを聞いた。
「素直? あなたが? 三笠意外と自分のこと全然わかってないね。あなた素直だなんてこと、全然ないよ」
とにっこりとおかしそうに笑いながら、そう小夜に言った。
その親友の言葉を聞いて、小夜はその両ほほを、真っ赤に染まる夕焼けの土手の上で、まるで冬眠前の餌を集めているリスみたいに膨らませた。
……そんな思い出を、三笠小夜は思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます