第10話

 放課後、空き教室に雪島を呼び出して写真の件を問うと、彼女はあっさりと認めた。

「あぁ、バレちゃったか」

 雪島はさして悪びれもせず、淡々とした口調だった。皆と話している時の顔でも、一人になりたいと話していた時の顔とも違う、まるで別人のようにさえ見えた。

「どうして、そんな面倒なことを」

「今はこんな私だけど、昔は垢抜けていない子だったんだって分かった方が、君から簡単に共感を得られると思ったから」

「そんな理由で……」

「でも、実際そうでしょう? 完璧で隙のない私を、君が敬遠するのは分かっていたから。見た目は完璧でも、中身は芋くささがあるような子の方が好きでしょ?」

「勝手に決めるな」

 でも、強くは否定できないかもしれない。実際、雪島の過去が自分と同じようだったと知ったことで関わるのが楽にはなった。それは間違いない。共感は、他人を好きになる術で最も簡単だ。


「自分で言うのもどうかと思うけど、幼い時から私は完璧だった。何もせずとも虫が寄ってくる、蜜の出る大樹みたいに周りには常に人が集まってきた」

「……」

「人気者だからといって、驕り高ぶれる人間だったらこんなに苦労しなかったのかもしれない。けど、私は皆の期待に応えないといけないと思った。常に皆の期待通りの、想像通りの私を演じ続けた。皆が思う、アイドルをね」

 そこまで話すと、雪島はこちらに頭を下げた。

「嘘をついたのはごめん」

「……どうして、俺だったんだ」

「今、何を言っても信じられないだろうし、言わないでおくよ」

 そう言うと、雪島はこの場を立ち去ろうとした。どこか小さく見えた背中に俺は咄嗟に声をかける。


「なあ、どうして、人の名前を呼ばないんだ?」

「……」

 ビクッとして、雪島は立ち止まる。

「ずっと、疑問だった。どうして、いつも他人の名前を呼ばないのかって。ずっと、君とか、あの子とか、そういう言い方ばかりするのかが不思議だった」

「……」

「もしかして、覚えられないのか? 人の名前が」

「そういうわけじゃ……」

 そこまで言いかけると、雪島はこちらを向いた。どこか迷いのある目をしていたが、彼女は決心したように深く息をついた。

「べつに誰かに話したことがないだけで、隠しているわけではないから。理由、話すよ」

 雪島はどこか他人事のような口調だった。

「端的に言うと、他人を区別できない。全員、同じに見えてしまう。まあ、性別くらいは分かるし、年齢も区別はできる。けど、子供は皆、同じ子供に見えるし、大人は皆、同じ大人にしか見えない」

「……」

 信じられない内容に俺は黙って聞くしかなかった。


「相手が誰なのか分からない。好きな人も、嫌いな人も皆、一緒に見えてしまう。家族すら、他人と同じように見える。自分の親友か、他人なのかも区別できない。……だから私は、アイドルになったのかもしれないね。皆に対して、平等に接するから」

 そこまで話すと、彼女はこちらに近づき、目を覗き込んできた。彼女の瞳は夜空のような紺の混じった黒色だったと知った。

「何故か、君は分かるんだ。唯一ね。違う人だと、君は君だと判別できる」

「……」

「でも、いつこの状況が変わるか分からない。君も、他の人と同じように見えてしまう時が来るかもしれない。だから、名前を呼ぶのが怖いんだよ。もし、否定された時のことを考えるとさ」

 確かにそうかもしれない。親しい友人に話しかけたつもりが、もし別人だったと気づいた時。困惑ははかりしれない。

「でも……何故だろうね。君は正直、特別カッコいいわけでも、不細工でもない。完璧な普通だ。それなのに、私は君のことがはっきりと分かるんだ」

「俺は君のファンじゃないから」

 そうはっきり言うと、雪島は目を丸くして驚いた後、吹き出した。

「なるほどね。だからかもしれない。じゃあ、ずっと、私のことを嫌いなままでいてね」

 どこか寂しそうな表情を浮かべた彼女はそう言った。俺は何とも悲しい約束だなと思いながらも、頷きを返すのだった。

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#学園1のアイドルを破壊したい シーズーの肉球 @ishiatama

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