第9話
日下が去ると、雪島はいつものように本の世界に入り込んでしまった。どこでだろうと平然と読書をする彼女は、仮に戦場だろうとお構いなしだろう。
こうなると集中しているのか、はたまた単純に無視か、こちらから話しかけても反応は返ってこない。
仕方なく、俺は一人時間を潰そうとスマホを取り出す。
#学園1のアイドルは依然としてSNSの海を漂っている。荒海の中でも、絶対に沈没しないのは不思議だった。
普通、流行りというのは時間と共に変わりゆくものだ。だというのに残り続けているのはやはり、狂信的な投稿者がいるからか。
確かに雪島は魅力的だが、ずっと絶えず彼女についての投稿を途絶えさせないのは素直に凄いと思う。しかも、どれも好意的なものだ。
そんな投稿の中で、一つ気になるものを見つけた。
#学園1のアイドルを破壊したい
どういう意味だろうか。物騒な意味なのは間違いない。特に文章も、写真も投稿していない、全く新規のユーザーが投稿していた。
一番破壊したいと思っているのは間違いなく、本人だろうよと思いながら、スマホを仕舞う。
ふと視線を感じて顔を上げると、いつの間にか、本を閉じた雪島がこちらを見ていた。
「どうかしたか?」
「私さ、他人は皆同じように見えるんだけど、君だけは何故か違うように見えるんだよね。不思議なことに」
「何だ、いきなり」
「ただの褒め言葉だよ」
そう言って、雪島はこちらに微笑みかける。
「だから、皆に等しく笑いかけられる。優しくできる。まあ、だから#学園1のアイドルなんて言われるのかもしれないね」
「だとしても、やっかむ奴がいないとは限らないと思うけどな。アンチというか」
「私自身が一番のアンチだよ」
そう言って、彼女は小さく肩を竦めた。
「……今日はもう戻るよ。またね」
そう言って、雪島は去っていった。彼女の背中を目で追っていたが、ふと我に返って時間を確認する。今日はまだ時間が残っている。
とりあえず、昼休みが終わるまでここで時間を潰そうかと思ったが、周囲がにわかに騒がしい。あまり居心地が良くはなく、移動することにした。
あてもなく歩いていると、図書室に辿り着いた。静かで落ち着けそうに思えるが、意外と騒がしい連中が集まることが多く、あまり得意ではない。が、今日は他の場所よりはマシだろうと中に入る。
適当に本を何冊か抜き取り、近場の椅子に座る。気づかず、向かいに少女が座っている席を選んでいて、慌てて移動しようとした。
「……」
違和感に身体が制止する。少女に見覚えがある気がしたのだ。一体、どこでだろうかと確認しようと、こっそりと見やる。
すぐに思いだした。
前に、雪島が見せてくれた写真で見たのだ。雪島が学園に入る前、垢抜けない頃の自分として見せられた写真の姿にそっくりだった。
だが、他人の瓜二つだろう。そうでないと、雪島が嘘をついていたことになる。そんなことをしても、何の意味もないだろうに。ただ、俺の共感を得やすくなっただけで……。
雪島に対する疑念が、ちくりと小さな棘のように刺さった。それはまだ浅くはあったが徐々に中枢へと潜り込んでいく気がして、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
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