第8話

「確か、ユキの隣の子か」

 そう呟くと、日下は階段を上がってくる。ちょうど、見えない位置に雪島が立っていたので見つからないでいたが、これ以上こちらに来られると流石に見つかる。


 俺は慌てて日下の前に立ち塞がった。

「……なに?」

「い、いや、その……こっちに用事でもあるのか?」

「ユキがいないから捜してる。最近あの子、昼休みになるとすぐにいなくなるから心配でさ。理由聞いても教えてくれないし」

「ユキって雪島さんのこと?」

「当たり前でしょ。ってか、みんなそう呼んでるし、常識じゃん」

 彼らの周りでは確かにそうだったかもしれない。が、そんな常識は知ったことではない。

「そ、そうか。けど、俺以外、誰もいないよ」

「……それもそうか。ユキがこんな所にいたらビビるわ」

 簡単に納得し、回れ右して降りていく日下。が、ホッとしたのも束の間、彼女は立ち止まった。

「そういえば、これより上って屋上だよな?」

「そうだけど」

「ちょっと見てみたかったんだ、屋上」

 子供のように無邪気な目で、また近づいてくる日下を慌てて制止する。

「あ、開いているわけないだろ、ドアが。鍵かかってるよ」

「……言われなくても知ってるし」

 若干頬を赤らめた日下はようやく、去っていった。


「あー、危なかったね」

 ひょこっと階上から顔を出した雪島に対し、俺は小さく肩を竦めてみせた。

「もし見つかっていたら大変なことになってたぞ」

 主に俺がと内心で付け足す。どこか不良っぽい日下のことだから、処刑とか言い出しかねない。

 

「あの子はさー、昔から私に執着しすぎなんだよね。悪い子じゃないんだけど」

 そう言いながら、雪島はつまらなそうに本のページをめくった。以前は誰かに見つかることをもっと恐れていたように思えたが、開き直ったのだろうか。

「……昔から? じゃあ、あのハッシュタグが流行る前からの知り合いなのか」

「まあね。だから、私の昔もよく知ってるよ、あの子は」

「それなら、日下さんにも協力して貰えば良かったのでは?」

「うーん、あの子は今の私の状況をむしろ良い傾向だと思ってるから。孤独であるより、人気者こそが正義っていう根っからの陽キャラ気質。だから、無理だね」

「……」

 先ほどから日下のことをあの子としか言わない雪島に違和感があったが、口にはしなかった。昔から一緒なだけで、実際に仲良いと思っていたのは一方だけというのは別段、ありえない話じゃない。

 が、少しばかり日下のことが不憫に思えた。

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