第3話

 昼休みも終わりに近づき、教室へと戻る。先に戻っていた雪島は皆に弁解していた。


「……ちょっと体調が悪くて、保健室に。うん、もう大丈夫だから」

「本当に? 薬飲む?」

 雪島の周りにいる中で最も過保護な少女が言った。

 名前は確か、日下。彼女も雪島に劣らず、綺麗な顔立ちをしている。いわば、#学園2のアイドルか。どこか気が強そうで近寄りがたいが。

 俺は雪島の左隣の席だったが、日下がこちらの机にもたれかかっていて座りにくい状況だった。彼らのいわば学園青春ドラマみたいなキラキラした光を直視するのも目に毒だ。一旦、この場を離れようと思い、教室を出ようとした時、雪島の声がした。

「ねえ、もう授業はじまるから席に戻った方がいいよ」

 雪島にしては珍しい発言だった。周りも少し驚いた様子だったが、彼女の言うことには素直に従うらしい。日下も机から離れて、自席に戻った。

 それならばと、俺も席に戻る。チラッと雪島がこちらを向き、申し訳なさそうな顔で小さく頷いた。

 俺が教室を出ていこうとしたのに気づき、状況を察したのだろう。特に気にしていない風をよそおい、席に座る。ふと視線を感じ、そちらを見ると冷たい目をした日下がこちらを見ていた。恐怖を感じて、急いで眼を逸らす。


 学園に入学してから今まで注目されないよう、ひっそりと生きてきたつもりだったが、雪島と関わると今まで通りに生きるのは難しいかもしれない。小さくため息をつくと同時、授業の再開と、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 * * *


 今日の授業が終わり、放課後。

 この時間、大体がスマホを取り出して何か連絡が来ていないかとか、最新の情報を調べたりする。俺も多分に漏れず、スマホを取り出してSNSを確認した。無限のように正偽の入り乱れる情報の中、雪島の姿が出てきた。


 それは、授業中の姿を撮った写真だった。#学園1のアイドルというハッシュタグがいつものように付いている。いつ撮られたものか分からないが、明らかにこれは盗撮だ。当事者ではないというのに得体の知れない気持ち悪さを感じて、思わずスマホを仕舞った。

「……」

 チラッと雪島を見ると、日下と何か楽しそうに話している。写真の件はどうやらまだ知らないのだろう。だがわざわざ伝えてショックを与えるよりは黙っている方がいい。


 それに思いだしてみれば、このような雪島の写真は今まで何回も見てきた。#学園1のアイドルなんてふざけたハッシュタグが出来てからずっとだ。本人にとってはもう日常なのかもしれない。俺にとっての日常が、何もないのと同じように。

 俺が席を立って教室を出ようとすると、雪島の慌てた声が聞こえてきた。

「教室で待ってて。保健室に忘れ物をしただけだから」

「じゃあ、私も付いていこっか」

「いや、本当に、本当に大丈夫だから! 取りに行って戻るだけだから」

 どこか鬼気迫る様子の雪島の様子に流石に日下も折れたらしい。渋々頷く姿が見えた。


 俺が教室を出て人気のない廊下を歩いていると、後ろから走ってくる足音が聞こえてきた。

「……待って。待ってってば」

 肩で息をしている雪島に立ち塞がられる。どうやら、あまり体力がある方ではないらしい。

「話がある。付いてきて」

 こちらが何かを言う間もなく、雪島はさっさと歩きだした。俺は怖い飼い主に従うように渋々、彼女の後を追った。

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