第2話

 次の日、本当に雪島はやって来た。何故か息を切らしていたが、それは取り巻きを巻く為に走ったのだろう。


「……」

 弁当を食べながら、片隅に映る雪島の様子を伺う。彼女はずっと、ブックカバーの付いた文庫本を読んでいた。どこか殺風景な風景で読書しているだけで絵になる。

 食べ終えた弁当を仕舞い、ご馳走様でしたと呟くと同時、彼女は文庫本を閉じて話しかけてきた。

「ねえ、聞いてもいい?」

「いいけど」

「どうして、ここで弁当を食べているの?」

「一人が好きだから。けど、独りだと他人から哀れみの目で見られたり、馬鹿にされるから誰にも見つからない場所で食べてる」

「なるほどね。じゃあ、私と一緒だ」

「一緒じゃないだろ。あんなに周りに人がいるのに。友達も沢山いるし」

「友達かぁ。どうなんだろ〜ね」

 普段の落ち着いた雪島を知る俺は彼女の気怠げな話し方に少しばかり戸惑った。


「#学園1のアイドルなんて、誰が言い出したんだろ」

 ポツリと雪島は呟いた。彼女は、学園に入学して早々、有名人になった。発端は確か、あるSNSに投稿された写真だった。

 全く関係のない写真に雪島が写っており、この子可愛いねみたいな情報が一気に伝播した。ネットニュースにも掲載され、噂ではテレビの取材まであったらしい。俺もその写真を見たが、確かにどこか浮世離れした美しさのある雪島は有名になって当然だろうと思えた。

「私はさ、有名になんかなりたくなかったよ。昔から、誰かと遊ぶより読書する方が好きだったし」

「意外だな。普通に楽しそうに見えたけど」

「皆の望む姿を見せているだけ。少しでも、皆の思う私から離れてしまうと、一気に叩かれるんだから。上がるのが一瞬なら、落ちるのも一瞬だよ」

「……」

「#学園1のアイドルなんて、言い得て妙だと思ったな」

 華やかに見える彼女にも悩みはあったらしい。周りと同じく雪島をアイドルとして見ていなかった俺はどこか申し訳なく思えた。

 そこまで話し終えると、どこかスッキリした顔の雪島が言った。

「ごめんね、長々と。こんな愚痴、誰にもできなくてさ。ようやく話せてスッキリした」

「いや、こちらこそ……?」

「こちらこそって何だよ」

 おかしそうに笑う雪島はアイドルに見えず、ただの同年代の少女に見えた。容姿があまりにも整ってはいるが。


 そんな時、複数の足音がした。肩をビクッと震わせて、雪島は即座に立ち上がり、柱の影に隠れる。

 遠くから、クラスメイトの連中の姿が見えた。雪島の取り巻きだった。彼らはこちらに気づくと、顔を見合わせた後、コソコソと何かを言い合ってから立ち去った。

 ここはあまり穴場じゃないのかもしれないとがっかりした気分でいると、青い顔をした雪島に伝える。

「もう行ったよ」

「……ありがとう。あと、ごめん」

「いや、べつに俺は何も」

「今日はもう行くね」

 雪島はまた明日と言わなかった。もう、彼女はここに来ないかもしれない。そう気づいた俺は少しばかり残念な気持ちになっていた。

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