第37話 紗智子の初恋

あれは高校に入学して

1年ほど経った頃、

仲良くなった千織の家に

遊びに行った時のことだった。


「ん……?誰?もしかして千織の知り合い?」


「あっ、うち……千織ちゃんと同じ高校ば通っとります、緒方紗智子おがたさちこいいます。今、千織買い物行っとって。えっと……お兄さん?」


「おぉ。千織から聞いとう?うちは4人兄妹で、俺は3番目」


「聞いとります!ブリロックンば入られたお兄さんじゃろ?」


「そう。引っ越したばっかしやけん、残りの荷物ば取りん来たと」


「へぇ……。あっ、お邪魔してます!!」


「やっぱり。見たことある制服ち思うたばい」


「はい……」


「しかしアイツ、友達おったとね?へぇ〜。そっじゃ〜仲良うしてやって?」


「こ、こちらこそ……」


この時の大三さんは、

優しくて爽やかで、

今まで見た男性の中で、

ダントツにイケメンだった。


背も高くて明るくて、

シンプルだけどおしゃれ。

学校なら確実にのトップに立つような人だ。


うちらの高校は、

偏差値で言えば

県内でも下から数えた方が早いような

ただ高卒の資格を取りに通う感じの

そういう高校だった。


真面目に勉強や部活動をしている人はまれ

それよりもファッションや恋愛に夢中な人だらけの

自由奔放な世界。


共学だから

早速カップルもできていって、

派手な人と地味な人に

はっきり分かれた。


私はというと

めちゃくちゃ中途半端で、

髪や爪を派手にする勇気もなく、

流行りの物をちょっと身につける程度の

冴えないタイプだ。


そんな私は

いわゆる集団には入れず、

かといってオタク系の子達や

おとなしめな子達ともいまいち合わず、

思い描いていたような

薔薇色の高校生活を送ることは絶望的となった。


中学の頃もパッとしなかったから、

高校に入ったらと

人生改造計画を色々と立てていたのに。


現実は寄り道もせず

真っ直ぐ帰宅するという

残念な女子高生だ。


家はJR久留米駅からも近いマンション。

開業したばかりの九州新幹線のおかげで

近所は開発され綺麗な住宅地となった。


両親や妹、弟とも仲が良く

恵まれた環境で生活しているし、

学校でも当たり障りなく振る舞い、

周囲と打ち解けてきた。


それなのに私は、

本当の意味での友達1人できない

という孤独にさいなまれていた。


そんな時、

同じ高校に通う千織と出会った。


彼女は隣のクラスで、

見た目はちょっと地味めだけど

よく見ると可愛いし、

わりと感じもいいのに、

皆んなとワイワイするわけでもなく、

いつも教室の片隅で読書をしているような

そんな子だった。


ある日、

家族と一緒に業務用スーパーに行った時、

彼女を見かけた。


私は家族から離れ、

思わず駆け寄って声をかけた。


「千織ちゃん!おつかい?」


彼女はカゴいっぱいに食材を入れていた。

話しかけると気まずそうな顔をして


「あっ、うん……」


とだけ言い、

逃げるように去ってしまった。


それからなんとなく気になって、

時々話しかけたり

途中まで一緒に帰るようになった。


話してみるとけっこう面白くて、

案外毒舌だし、

周りをよく見ている子だとわかった。


最初は見た目とのギャップに驚かされたけど、

ちょっと大人びているところや、

それでいて時々抜けているところもあって、

千織といると

無理せず楽しく過ごせて居心地が良かった。


「今日、帰りにカラオケ行かん?」


「あ〜、ごめん。今日も帰らんと」


「なんで?何か習い事ばしとう?」


「ううん。うち、お母さんおらんとよ。だけん夕飯作らんばいかんの」


知らなかった。

同い年の子でも

お母さんと同じ役割をしないと

生活できない子がいるということ。


この頃の私は、

自分のことで目一杯だったから、

家事をこなしながら

学校に通っている子がいることに、

同情というよりもショックが大きかった。


だから、気軽に「遊びに行こう」などと

誘えなくなってしまった。


自分があまりに子供に思えたし、

彼女が計り知れない苦労をしてきたのだろうと、

持ち物や手荒れなどで

わかってしまったから。


それなのに千織は明るかった。


「スマホ、うちもようやく持ったとよ!」


「おっ!見せて?」


「ばってん兄ちゃんのおさがりばい。さっちゃん連絡先ば交換して?」


「うん!よかよ!」


お兄さんのお下がりという千織のスマホ。

まっさらな連絡帳に私の名前が入った。


「使い方わからんけん、教えてくれん?」


「うん!うちもそげんわからんけど(笑)」


「なんね〜。もうとっくに使いこなしとうやなかと?」


「じぇ〜んじぇん!」


「アハハハ!何で〜?」


誘うことを遠慮していた私に、

千織は関係ないと言わんばかり

歩み寄ってくれた。


「さっちゃん、今度うちに泊まりんね?」


「え……いいの?」


「うん。3番目のあんしゃんば就職して出ていきよったけん。父ちゃんは酒ば飲んですぐ寝るし、だけん来る?」


「行く行く!!」


初めてのお泊まり会。

ものすごく楽しかった。


外ではなかなか遊べないけど、

家に来るならいつでもいいと言われ、

それからちょくちょく

千織の家にお邪魔した。


その頃、世間ではスマホが普及し、

Ameba、LINEやTwitter、YouTube、

Instagramなどのアプリが人気で、

スマホを持ったばかりのうちらは、

そういったものも使い、

インドアでも充分楽しめた。


「こげんもんもよかね〜」


「そうっちゃね!芸能人のオフショがリアルタイムで見れるしな?」


「そげんこつより掃除とか片付けとか料理とか。得意ん人の技ば見れっとがよかばい」


「もうっ!それ完全に主婦目線ばい!うちらはJKよ?もっとメイクとかファッションに興味もたんば!」


「さっちゃん。こげんキラキラしとう人らも、しょせん同じ人間ったい。見えんとこでは大して変わらんじゃろ」


「そげんこつなか〜!!あっ、スカイツリー完成やって!行ってみたか〜」


「ごめんさっちゃん、うち買い忘れたもんあったばい。ちっと行ってくら〜」


「いってら〜」


千織がスーパーに行ってしまい、

1人で留守番していると、

玄関が開く音がした。


「え、早かね〜?おかえり〜!」


てっきり千織だとばかり思っていたから、

呑気に菓子を頬張りスマホを見ていると

ほのかに香水の香りが漂い、

はっと頭を上げた。


「ん……?誰?」


「……!」



あの日から私は、

ずっと恋をしている。


時々しか会えなかったけど、

私にも向こうにも時々恋人がいたけど、

それでもずっと

憧れ続けている人。


そんな人についこの前、

雑な告白と

積年の恨みをぶつけてしまった。


恋とは別に

あの人には複雑な思いを抱いていた。


千織1人が背負ってきた苦労を、

あの家の男達は

誰も分け合おうとはしていなかった。


それがずっと納得いかなくて、

ついに爆発してしまったのだけど。


同時に私の長い長い片思いが

終わってしまったように思う。


あの後、2人きりになった喫茶店で

大三さんは優しい声で

こう言っていた。


「さっちゃんの気持ちは嬉しか。ばってんさっちゃんは千織の友達たい。妹の友達とそげん付き合いばできん」


ねぇ、大三さん。

うちゃああんたんこつ

12年も想っとったばい。


やっさんは

片思いのままでいいち言っとったけど、

そげん往生際おうじょうぎわわるかこつはせん。


きっぱり諦めて

もう前に進むち決めたとよ。


だけん大三さんも

幸せにならんと許さんばい。

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