第34話 頼られたい

千織さんを病院まで送り、

結局何もできぬまま1人病院を出た。


確かに俺は部外者だ。

千織さんの家のことに口は出せない。

だから後ろ髪を引かれる思いで

退散するしかなかった。


千織さんは

お兄さんである生島さんから責められ、

ひどく落ち込んでいた。


あの様子だと

きっと自分自身を責めているのだろう。


だけどそれは違うと思った。


いつも家のことを優先し、

家計まで助けてきた彼女の

ほんの一部しか知らない俺でさえ、

彼女が何もかも

責任を感じるのは間違っていると思った。


普段は温厚な生島さんが、

なぜあんな風に一方的に妹を責め立てたのかも

理解できず、頭の中が混乱している。


スマホを握りしめ、

何度も彼女にメッセージを打とうとした。

だがどんな言葉をかければいいかわからず、

何もできない。


今、彼女がどんなに苦しいか、

どうすればそこから救い出せるのか、

考えても考えても答えが出ない。


そんな時、

紗智子さんの顔が思い浮かんだ。


このまえ話した時、

連絡先を交換していた。


紗智子さんなら

千織さんを救う手立てを思いつくかもしれない。


帰宅後、紗智子さんに電話をかけ、

事情を説明すると


「わかった。うち、今から千織に連絡するけん」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「そげんこつよか、うちが聞きたかは今日どやったかなんやけど?」


「はい?どうだったか、と言いますと?」


「千織どやった?可愛いかった?」


「え……えぇ。まぁ、はい。そうっすね」


「ふぉ〜ん?」


「ふぉ〜んって……」


「チューばしよったと?」


「はい!?し、してませんよ!なんすか、こんな時に……」


「なんや、つまらなか〜!」


「もししてたとしても言いませんよ!普通!」


「冗談ばい!こん前も言うたけど、うちゃあ応援しとーよ?ばってん経過報告くらい聞く権利あっとばい?」


「そ、そういうのは、女性同士でやってくださいよ!俺は言いません!」


「ほんにこつ冗談ば通じん人っちゃね〜。ばってんあんた、うちの協力ば、いっちょんしとらんみたいやけど、そげん態度でおっと、うちも考えばあっとよ?」


「それは……あの、慎重に進めてるんで、もう少し待ってください」


「わかった。そっじゃー頼むばい!」


「はい……あっ、それと!」


「何?うち、早う千織に連絡したいとやけど!」


「すいません。俺、千織さんにもっと頼られたいんすよね。だから、どうしたらいいか、ご教授いただきたいんですけど……」


「そげんこつ簡単ばい!」


「え…何かありますか?頼られる方法」


「今まで通りに接しとりゃよか!」


「今まで通りって。それじゃあ何も……」


「千織はね、かわいそうち思われっとがいっちゃん嫌なんよ。だけん普通にしてあげて?門田さんの前では普通の女の子でいしゃせちゃって?」


「はい。わかりました」


深夜、千織さんからメッセージが届き、

お父さんはしばらく入院すること。

紗智子さんから連絡がきたこと。

迷惑をかけて悪かったと言ってきた。


俺はそれに対してこう返信した。

迷惑なんかじゃない。

もっと頼ってほしい、と。


翌日から1直が始まり

朝から仕事に出た。


帰りに生島さんに会い、

何となく気まずい空気が流れたが、

あの後のことをさりげなく聞き、

しばらくは千織さんが早上がりをし、

病院に通うのだと言う。


「ばってん、昨日はすんまっせんでした!お恥ずかしいとこお見せして」


「いや、俺の方こそ。あんな形で妹さんとのこと知られてしまって……」


「それはもうよかたい!ばってん、いつから?てか、うちの妹のどこがよかと?」


「あ〜、えっと……あの懇親会の後、お借りしてた軍手を返して、それからちょくちょく連絡とって、それで親しくなって……なんかすいません」


「いんにゃ、謝るこつなかでしょ!俺もちーっとこげんなる気ぃばしとったばい!」


話しながら

何となく一緒に歩いた。

生島さんはこの近くの寮に入っているが、

用事があるからと駅に向かっている。


「生島さん、俺……」


いい加減な気持ちで

お付き合いしていませんと、

そう言いかけたその時、

後ろから誰かがすごい足音を立てながら近づいてきた。


振り返るとそれは

紗智子さんだった。


「あっ、昨日はどうも」


そう声をかけるも、

紗智子さんは俺には目もくれず、

生島さんの腕を掴んで


「大三さん!ちっと話あっとやけど!」


「……?」


その勢いにぽかんとしたが、

生島さんはこう返した。


「さっちゃん!どげんしたと?そげん怖か顔して(笑)」


「よかけん、ちっと来て!」


流れで俺もついて行くことになり、

この前の喫茶店に入った。


紗智子さんはどうやら

ものすごく怒っているようで、

好意を寄せているはずの生島さんを

ずっと睨んでいる。


「さっちゃん、久しぶりっちゃね?いつぶり?」


「バーベキューで会うたばい」


「そやったな!アハハハ…。で?なんね?俺に話て」


「うち、大三さんを好いとう!」


「……!?」


紗智子さんの突然の告白に、

俺は飲んでいたアイスコーヒーを吹き出した。


「ちっと門田さん!だ、大丈夫?ほれ、さっちゃん!何ば言いよっとか〜。門田さんがたまがってしもたばい!」


生島さんも動揺しつつ、

俺を気遣うフリをしながら

話を誤魔化そうとしている。

でも紗智子さんは微動だにしない。


「ばってん、うちゃあどげん好いとう男でも、許せんこつははっきり言うけんね?」


「お、おぉ。一応、聞こうか?」


「大三さんには前から言おうち思うとったばい!」


「うん……」


「いっつも千織に家んこつ全部押し付けとーくせに、こげん時だけあんしゃんづらして千織ばっかし責めっとはおかしか!!」


「そ、そうっちゃね。さっちゃんの言う通りたい。ね?門田さん?」


「は、はい……」


「はぁ?今、門田さんは関係なかばい。うちゃあ大三さんに言うとっと!」


「わかっとー。やけん昨夜千織に謝ったけん!」


「ふ〜ん。ばってんまだ話、終わっとらんばい。あんた千織のあんしゃんじゃろ?しかもあんた含めてあんしゃんば3人もおって、妹1人に、なんでんかんでん(何でもかんでも)背負わせんでよ!」


紗智子さんはそう言って、

勢いよくメロンソーダを啜った。

よく見るとその手が震えている。


生島さんは1つも反論せず、

バツが悪そうに頭を掻きむしり


「さっちゃん、ありがとう」


「はい!?うちの話、聞いとう?」


「うん。よくわかったばい。何も間違っとらん。言われて当然っちゃね?」


「そっじゃー、これを機にもちっと関わってもらえん?今んままじゃ千織、嫁にも行けんばい!」


紗智子さんがそう言って

俺に目配せしてくるから、

俺は急な方向転換で

どうリアクションしていいのかわからず焦った。


「へ?もう千織とそげん話になっとっと?」


「いや、まだそこまでは……」


「なんね!意気地んなか男ばっかしで、うちゃあガッカリたい!」


「いや、俺は決していい加減な気持ちじゃ……」


流れだまが飛んできて、

まさかの結婚の意思を追求され、

にっちもさっちもいかなくなる。


でも生島さんの一言で、

紗智子さんは急に態度を変えた。


「さっちゃんの言いたかこつはようわかる。ぐうの音も出んばい。確かに千織にばっか、うちげんこつ(家の事)させてきたとは俺含めた兄貴らと親父の不徳の致すとこち思う。やけん、そろそろ俺が身ぃば固めて、あん家に戻るんがいっちゃんよかち考えとーよ」


「え……そっじゃー大三さん、結婚ばすっと?」


「まぁ、そろそろち思っとー」


「誰かおっと?そげん相手……」


俺は2人を交互に見ながら、

雲行き怪しい展開に固唾をのんだ。

でも生島さんはあっさりとこう答えた。


「おらん!今から探さんと!マッチングアプリでも登録しようか(笑)」


紗智子さんは

わかりやすくほっとし、

キラキラと目を輝かせた。

そして生島さんから俺に視線を移し


「うち、大三さんとじっくり話ばしたいとやけど?」


「あっ!あ〜……ですよね〜?すいません、気づかなくて」


「え、待って?門田さん、どこ行くと?」


「俺、ちょっと用事あるんで、お先に失礼します!」


伝票を持って立ち去ろうとしたが、

紗智子さんから頑なに拒まれ、

とりあえず礼を言ってそこから離れた。


思いがけず紗智子さんに恩返しができて、

少し肩の荷がおりた。


その件も含めて、

この夜、千織さんに電話をかけると


「会いたい」


そう言われて、

俺は迷わず彼女の元へ飛んで行った。

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