第31話 爺ちゃん婆ちゃんとの再会

千織さんとの待ち合わせは、

彼女の家から少し離れた

大型スーパーの駐車場だった。


夕方には帰さなければと思い、

お互い休日だが

朝9時の集合で約束していた。


それより30分も早く到着し、

ミラーで髪型をチェックしたり、

窓を開けて換気したり、

ちょっと落ち着かなかった。


そうしていると

千織さんが俺を見つけて走ってくる。


あのバーベキューの時と

仕事帰りにしか会ったことがないから、

いつもと違うスタイルに

つい見惚れてしまう。


おろしたセミロングの黒髪をなびかせ、

スカートと厚底スニーカーも可愛い


さて、ニヤけている場合じゃない。

この前の失態をどう詫びようかと、

気まずい気分で車を走らせたが、

彼女はいたっていつも通りだ。


いや、違うな。

少し距離を取られているような、

他人行儀に感じる話し方であったが、

素直に詫びると

取り越し苦労だったことがわかり、

心底ほっとした。


だがなぜ酔った勢いで

あんな深夜に電話をかけてしまったのかと

翌日死ぬほど後悔したが、

あんなことでもしなければ、

俺はこのまま一生、

気持ちを伝えられなかったかもしれない。


爺ちゃん婆ちゃんの家は、

城下町柳川の中心に入った

掘割(水路)沿いにある。


京町通りという商店街から

1本中に入った住宅地だ。


「あ〜思い出した。こんな感じだった。全然変わってねー」


「アハハ!うちこの前こん近く通ったばい」


「そっか。そうだよね」


車から降りる前に、

千織さんに確認する。


「爺ちゃん達に、俺の彼女って紹介していい?」


すると千織さんは顔を真っ赤にして、

こくんと頷いてくれた。


不思議なもので

俺はずいぶんと変わってしまったのに、

この家は何も変わっていないように見える。


チャイムを鳴らすと爺ちゃんが出てきて、

にっこり笑ってくれた。


「おぉ、あきら!待っとったばい!さぁ、あがんね!」


「ご無沙汰してます」


千織さんを紹介する間もなく、

爺ちゃんはでかい声でベラベラ喋りながら

どんどん中に入って行く。


仕方なく俺は千織さんに目配せし、

一緒に中に入った。


リビングは当時と何一つ変わっておらず、

レースのカーテンも

デカい液晶テレビもソファーも

電話機に至るまでたぶん変わっていない。


だが2人とも歳はとった。

体も小さくなった気がするし、

耳も遠いらしく、

補聴器のようなものをつけ、

テレビの音は大音量だ。


棚に飾ってある陶器でできたピエロの置き物や、水槽にはでかい金魚がいたり、

じいちゃんの趣味の釣り道具があったりで、

やや雑然としている部屋の状態も

あの頃のままだ。


魚拓が貼られた壁には、

俺が子供の頃に描いた2人の似顔絵が

色褪せた状態で貼りっぱなしになっている。


キッチンはカウンター越しにあり、

婆ちゃんはそこで何やら作っている。


「婆ちゃん、ご無沙汰しています」


婆ちゃんは声をかけるとようやく気づき、

俺を見るなり駆け寄ってきて、

いきなり抱きついてきた。


「晃〜!こげん大人んばなって!何ばしょったと!?いっちょん連絡こんし、もうおっどん(私達)こつ忘れとっとかち、じゅつなか〜!(悲しい)ち思うとったばい!」


「あぁ、ごめん。ちょっとバタバタしてて」


すると爺ちゃんが

俺の背後に佇む千織さんに気づき


「晃!こん人、誰?」


「あ〜。えっと。俺の……彼女」


「は、初めまして!生島千織と申します!」


すると爺ちゃん婆ちゃんは

「たまがった〜!!」と大袈裟に驚き、

それから千織さんに早口で詰め寄り、

俺はよく聞き取れなかったが、

千織さんはスムーズに

でも少し照れながら答えていた。


そして千織さんが手土産を差し出した。


「あの……これ、つまらんもんですけど」


「わっ!こげん高かもんば持ってこんでよかとよ?こい、岩田屋の包みやろう?」


「あぁ、はい。ばってんそげん珍しかもんでは……」


「いんにゃ!ありがたく頂戴しますばい!」


俺が持ってきた煎餅せんべいより

だいぶ高級そうなその箱菓子は、

さっそく仏壇に供えられた。


それから俺の就職祝いだと

鰻や天ぷら、刺身、煮物に茶碗蒸しなどを出され、4人で話しながら食事をとった。


「ほんじゃあ晃、ブリロックンの社員ばなったと!?」


「うん、まあ一応」


「すごかね〜!一流企業ったい!ばってん、ずーっと心配ばしとったとよ?」


「ごめん……でもこっちでは頑張るから」


「晃んこつ心配しとったわけじゃなか」


「え……」


「昔っから、あっこ(門田の母・敦子あつこ)がうるさかこつばーっか言いよったけん、修作くん(門田の父)も修作くんで、ちーっと(偏屈者)やったばい?やけん晃が苦労ばせんかて、心配で心配で!」


「だけん、うちで引き取ろうかち本気で考えて、あん2人にそう言ったこつもあったとよ?」


爺ちゃんと婆ちゃんは、

昔よく東京に来てくれていた。


今思うとそれは

俺のことを心配してくれて、

こんなところから高い飛行機代を払って

何度も足を運び、

様子を見にきてくれていたのだろう。


当時の俺はそれに全く気づかなかったが、

この2人から見れば、

きっと虐待に近いものがあったのだろう。


例えば箸の持ち方や鉛筆の持ち方が上手くできず、テープや紐でぐるぐるに巻かれて固定されたこともあった。


手は出されなかったが、

人前で怒鳴られたり、

なじられることもしょっちゅうだった。


ことに中学にあがり

親戚の集まりでこっちに来た時、

同じくらいの年頃の子供達と成績を比較され、

「うちは恥ずかしい」と

自虐のネタにされた。


とどめは3流大学しか受けられず、

そこもギリギリ合格し、

その時からこっちに行くことを許されなくなった。


親戚の子達は皆、

国立か私立でも名門に入ったから、

両親からすれば、

俺は本当の意味で汚点おてんになったのだろう。


この2人はそれを見て

どんなに悲しんでいたのか。


あの時は自分だけが耐えればいいと、

周りのことなど見えていなかった。


「出来が悪くて、心配かけたね」


笑いながらそう誤魔化すと、

2人は「そげんこつなか!」と怒った。


千織さんは隣でずっと

ただ俺達の話を聞きながら、

微笑んだり頷いたりして、

とにかく気を遣ってくれた。


3時間くらい経ち、

そろそろ帰ると伝え席を立った。


千織さんは婆ちゃんのことを思ってか、

片付けを手伝おうとしたが、婆ちゃんは


「よかよか!それよりデートばしてこんね!」


「え……ばってんうち、そげんつもりじゃ……」


「いんにゃ!そうせんね?晃んこつ、よろしゅうたのんます!」


爺ちゃん婆ちゃんは、

千織さんを先に外に出して、

俺に小声でこう言ってきた。


「いいしと(いい人)見つけたばい!」

「はよ、なんとかせんね!」


俺は苦笑いしながら頷き、

「また来るから」と言って別れた。


千織さんと歩く柳川の街は、

昔より美しく見えた。


行き交うドンコ船からは

昔、爺ちゃんもよく歌っていた

おだん節が聞こえてくる。



(柳川おだん節)

おだんの産まれは柳川たんも

子供んとっからまんのよか

ごんしゃんたんねて堀割ほりわりきたら

やなぎとわくどがじゃれまくる

こげんよかとこ

どげでんなかたい

だってんかってん人んよか

柳川 柳川 おだん節

それ おだん節

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