第30話 ドライブ

寝不足なのに

朝からやたらと

エネルギーがみなぎっている。


仏頂面の小野寺さんにも


「おはようございます!」


「お、おはよう……」


声が小さすぎて

いつも何言ってんだかわからない楢原さんにも


「おはようございます!!」


「……おはようございます」


会う人全員に自分から挨拶をしてしまうほど、

今日の私は絶好調だ。


さっちゃんは

そんな私をじーっと見て


「千織、あんた宝くじでも当たった?」


「ううん。うてもなか」


「そっじゃー、頭でも打った?」


「ううん!うちゃあ、いつも通りたい!」


「そ〜お?」


明日は門田さんと出かけるし、

昨夜は電話で……


さっちゃんに色々話したかったけど、

いけない。今は仕事に集中しなきゃ。


このところ介護シューズばかりで、

たまにはもう少し

流行のオシャレシューズに触れたいな。

なんて思ったりもする。


そうだ、明日のために帰りに

新しい靴でも買おうかな。

ついでに服も。

それと手土産とかも必要だよね。


恋ってお金かかるなぁ。

でもそのためにも頑張って稼がないと。


「ねぇ、さっちゃん?」


「何?」


「今日、帰りにちーっと買い物ば付き合うてくれん?」


「よかよ?うちもちょうど欲しいもんあるけん!」


仕事終わりにさっちゃんと

岩田屋に寄った。

この辺では唯一のデパートで老舗だ。


普段の買い物は

イオンかゆめタウンという

大型商業施設に行くけど、

ちょっといい手土産や化粧品はここで調達する。


「ねぇ千織〜、やっぱここは古かね〜」


「ばってん岩田屋でうたいうだけで価値あっと思わん?」


「なんね〜。年寄りしかそげんこつ思わんたい」


「ばってんやっぱし初対面やけん、大事やろう?こげん気遣い」


「アハハ!もう嫁ぐ気満々ばい!てか変わらんて!イオンで買うても岩田屋で買うても」


「そうかもしれんけど……」


デパ地下に行ってお高い羊羹を調達し、

手が出ないブランド品を眺めながら

あ〜だこ〜だ言って練り歩き、

結局プチプラの似たような物で妥協し、


さっちゃんが選んでくれた

春らしいジャンパースカートと

普段使いもできる厚底スニーカーも買った。


「けっこう買うたね」


「ほんと、ちっと買い過ぎたばい」


「たまにはよか!千織はいつも頑張っとうけん、うちが許す!」


「フフフ!そっじゃ〜罪悪感は捨てちゃら〜」


自分のための買い物で、

楽しいと思ったことは1度もない。


衝動で何かを買いこむと

いつも謎の罪悪感にさいなまれ、

それが嫌で

必要最低限の物しか買わないようにしていた。


だからこうして

あてもなくぶらぶらしながら

友達とショッピングなんていつ以来だろう。


「千織、今日はもう帰っと?」


「うん。明日も出かけるし……ごめん」


「なんで謝るん?そういうとこたい!千織の悪いクセ!」


普通ならこの後、飲みに行ったり

ご飯を食べて帰るだろう。

だけど私にはそれができない。

さっちゃんにはいつも悪いと思っている。


「そっじゃー明日、楽しんで!」


「うん、ありがとう」


さっちゃんは本当のところ

どう思ってるのかな。


ずっと私に合わせてばかりだし、

最近は私の恋を応援してばかり。


さっちゃんにもいい人現れないかな。

うちの兄ちゃんじゃなく、

もっといい人に出会ってほしい。


あれ?私こんな風に

誰かの幸せを願えるような人間だったっけ。


そういえば最近、

父ちゃんや兄ちゃんらに対しても

あんまりイラつかなくなったかも。


これも全部、

恋愛マジックなのかな。


そして柳川に行く当日。

朝、門田さんがレンタカーで

近くまで迎えにきてくれる。


一通り家事を済ませてから身支度を整え、

テレビの前で寝っ転がっている父ちゃんに声をかけた。


「そっじゃー行ってくるけん」


「あ〜……」


父ちゃんは今日は休み。

だから昨夜はいつもより深酒し、

二日酔いで潰れ、朝ご飯も食べていない。


せっかく作ったのに

ラップをかけてテーブルに置いてきた。


「大丈夫?なんか脂汗あぶらあせかいとらん?」


「しゃーしい!(うるさい)はよ行け」


「もうっ……調子戻ったらご飯食べり?うち、今日は遅うなるけん」


デートなんて言えないし、

遅くまで一緒にいるとは限らないけど、

念のためそうなってもいいように

先手を打って家を出た。


大樹兄ちゃんは推しのライブのため

昨日から東京に行っている。

生活費もろくに入れないでいい気なもんだ。


でも、今はそんなことはどうでもいい。

これから門田さんとドライブだ。


「お待たせしました!」


「おはよ。俺も今着いたとこ。乗って?」


「はい。そっじゃーお願いします」


門田さんは

ついこの間まで東京の人だったのに、

運転に慣れているみたい。


土地勘がないからと

ナビは入れているけど

全く不安にならないほど安全運転だ。


「あのっ、これよかったら」


用意してきた缶コーヒーと

ペットボトルのウーロン茶を掲げると

缶コーヒーがいいと言われ、

キャップを開けて渡した。


すると門田さんは「ありがと」と言い、

優しい眼差しを向けてくれる。


私は「いいえ」と返して前を向いた。

なんだかぎこちない会話が続く。


「うちも父ちゃんが休みん日は車だせるけん」


「あぁ、うん。じゃあその時はお願いします」


「はい。お任せください」


なんでだろう。

前みたいに普通に話せない。


あの電話で

ぐっと距離が縮まったはずなのに。


すると門田さんも

同じように思っているのか、

気まずそうに笑って

頭をくしゃっとかいてから


「なんかさ、ごめん!この前」


「え、何が?」


「俺、相当酔ってたよね?だから……」


「だから、何?」


「えっと、ちゃんとさ、言いたかったんだよね。ほんとは」


「ばってんうち、嬉しかったと」


「そう?でも嫌じゃない?あんな告白のされ方」


「嫌じゃなか!だけん、謝らんで?」


「うん。じゃあ、そういうことでいい?」


「そういうことて?」


「だから、付き合うってことで」


「アハハ!そこはちゃんと言うてほしかった!」


「あ〜、だよね?またやちゃったよ、俺」


「冗談!門田さんもばり真面目やね〜」


「ちょっとさ、考えたんだけど。俺今日どっかでリベンジするわ!ね?そうさせて?」


「なんねそれ。そっじゃーうち、そん時は初めて聞くみたいにせんといけんちいうこと?」


「うん(笑)それでお願いします!」


よかった。

謝られたらあれは酔った勢いで起きた

あやまちになってしまうから。

そうじゃないとわかってほっとしている。


「もうすぐかな」


柳川に入り、

門田さんのお爺さんお婆さんのおうち

近づいてきた。

その家の前で車を停めると、

門田さんはこんなことを言ってくる。


「爺ちゃん達に、俺の彼女って紹介していい?」

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