第29話 深夜の電話

門田さんが試験に合格したと

メッセージで知らせてくれた。


それが自分のことのように、

いやそれ以上に嬉しかった。


少し前にさっちゃんと見に行った

百年公園のつつじの写真を

お祝いの花束がわりに送った。


その日の夕飯は

急遽、赤飯にしたのだけど、

父ちゃんと大樹兄ちゃんは

「何で赤飯?」と首を傾げていた。


もうすぐ門田さんに会える。

やっと会える。

次の休みは門田さんに合わせて休みを取った。


そう、柳川に一緒に行く約束。

初めて2人で出かけるから、

勝手にデート気分になっている。


それがあるから頑張れた。


ここ2週間は

どんなに会いたくても我慢した。


門田さんは

直雇用がかかった試験前だったし、

夜勤も続いていたから、

こっちからの連絡はなるべく控えていた。


でも毎日のように

メッセージのやり取りがあり、

お弁当の写真を送り合ったり、

日々の愚痴を言い合ったりもした。


その間にどんどん気持ちが膨らんで、

約束の日が待ち遠しかった。


そして今日。

たぶん仕事終わりにすぐ

私に知らせてくれたのだと思う。


それがなんだか

特別な存在になれた気がして

余計に嬉しかった。


この夜いい気分で眠りについたのだけど、

深夜、スマホの振動に起こされた。


「ん……?誰たい……こげん夜中に」


深夜2時。

電気もつけず暗い中で光る画面を見ると、

門田さんからの着信だった。


寝ぼけていたけど

すぐに目が覚め電話をとると

彼はひどく酔っている様子。


「もしもし……?」


「あ〜千織さん?俺!」


「どげんしたと?こげん時間に」


「え?あっ、ごめん!時間気にしてなかったわ。寝てた?」


「当たり前じゃろ?もう夜中の2時過ぎとーよ?」


「すんまっしぇ〜ん!あっ、これあってる?大雅の真似なんだけど」


「何しよん!今どこ?どこで飲んどったと?」


「どこだっけ?わからん。大雅と岡部しゃんと飲んどったばい!」


普段はクールな門田さんが

えらい陽気な口調で、

うろ覚えの筑後弁を話している。


とにかく相当酔っている

ということだけはわかった。


私は下で寝ている父ちゃんを起こさぬよう

布団に潜り込み

ヒソヒソ声で会話を続ける。


「まだ外におっと?」


「う〜……いや?ここ、寮だ!俺の部屋!」


それを聞き安心した。

外だったらこの様子だと

どこで寝てしまうかわからない。


酔っ払いの行動は

父ちゃんから散々学んだ。


「よかった……。もうっ!心配させんで?」


「心配してくれるの?俺のこと」


「そりゃそうったい!ばってん、そうとう飲みよったね?早う寝らんと!」


「嫌だ」


「嫌て……今日も仕事じゃろ?」


「ううん、休み。あっ、千織さんは仕事か。ごめん」


「うちゃあ、よかよ」


正直、電話をくれた事が嬉しい。

だからもう少し話していたかった。


門田さんは

だんだん落ち着いてきた。

徐々に口数が減り、

吐息まじりで何か喋ろうとするけど、

眠たくなってきたのか

少し甘えた感じで可愛い。


「眠か?そっじゃー、そろそろ……」


もう切って寝かせなきゃと

会話を終わらせようとしたその時


「会いたい」


「な、何?どげんしたと、急に」


「千織さんに会いたい。今、すっごく」


「そげん言われても……出れんばい」


「うん。わかってるけど」


「門田さん酔うとるけん、ちっとおかしか〜!」


笑って誤魔化したけど

内心ドキッとしている。


会いたいなんて

恋人同士でしか言わないものだと

そう思っていたから。


「酔ってるかもしんないけど、会いたいのは本当だよ」


「な、何で?何でうちに?」


確かめたかった。

彼の本心を。


この状況で言わせるのは卑怯だと

そう思うけど、

どうしても聞きたくなった。


「好きだからだよ」


この瞬間、私は布団の中で体を丸め、

声に出せない感情を胸の中で暴れさせた。


「千織さん?聞いてる?」


「う、うん。聞いとう……」


「じゃあ、感想は?」


「感想?そ、そげんこつ言わるっと、こそばか!(くすぐったいよ)」


「ん?それはつまり、千織さんも同じ気持ちってことでいい?」


「フフフ!めちゃ都合よか解釈すっとね?」


「え、違うの?俺はそうなのかなって、そうだといいなって、勝手に思い込んでたんだけど」


「違くはなか。だけん嬉しい」


「じゃあ、今度は千織さんの番」


「え?何の?(笑)」


「俺は言ったよ?好きだって。だから聞きたい。千織さんからも」


さっきまで泥酔していたくせに、

急に色っぽい声でそんなことを囁かれ、

私は思わず息をのんだ。


「うちも……好いとうよ?門田さんのこと」


思いきってそう伝えると

門田さんは急に黙ってしまった。


その数秒間、

胸の高まりが抑えきれない。


「聞いとっと?」


「うん。ちゃんと聞いた。ありがとう……めちゃくちゃ嬉しい」


「うちも。ありがとう」


「うん」


「ばってん門田さん、明日には忘れとーね?」


「忘れないよ!千織さんこそ、俺が酔ってると思って、なかったことにしないでよ?」


「せんよ(笑)」


「あのさ、今会えないのはわかったから、1つお願いがあるんだけど」


「何?」


「おやすみのチューして切ろ?」


「何言うとっと!?もうからかうんやめて?」


「真面目に言ってんだけど」


「できんでしょ?どげんすっとよ」


「それは……あれだ。じゃあ、3・2・1でスマホにチューしよ?」


「えぇ!?ち、ちっと待って!?」


「やだ。待たない」


さすがに冗談だと思い

軽く受け流そうとしたら、

どうやら本気らしく

早速「3・2・1…」と言い出すから、

どうせ見えないし

フリだけでいいかとそれに乗った。


「も、もっぺん最初から!」


「わかった。じゃあ、いくよ?」


「うん……」


「3・2・1……」


「……」


かすかにチュっと聞こえた。

だから私もその音に合わせて

目を瞑り、唇を寄せた。


間接キス?

いや、違うよね……


スマホ越しキス?

エアキス?


どうであれ私達は

初めてキスをした。


深夜に誰にも知られず

姿も見えぬまま

互いを想って


「ほんとにしてくれた?」


「うん、した」


「嘘だね」


「嘘じゃなか!ほんとよ」


「ふ〜ん。じゃあ信じる」


「うん。うちも」


「じゃあ寝ますか?明日また連絡する。あっ、もう今日か」


「ちゃんと布団ばかけて寝っとよ?」


「わかった。遅くにごめんね」


「よかよ。そっじゃーおやすみなさい」


「おやすみ」


それから私は、

ほとんど眠れぬまま朝を迎えた。

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