第28話 久留米つつじ

ようやく深夜帯勤務が終わる。

夕方からの2直もあったが、

さすがに疲れた。


その間にもちろん休日もあって、

千織さんが夕飯を持って

バス停まで来てくれたりもした。


美味うまかったな。


こっちでは『かしわめし』ともいう

鶏肉や牛蒡が入った

炊き込みご飯のような味ご飯と、

甘い卵焼き、筍と油揚げを炒めた料理も

クセになる味だった。


そのうえ苺までつけてくれて、

八女茶の新茶ももらった。


さすがに寮には連れて来れなかったけど、

そこで10分ほど立ち話をし、

久しぶりに顔を見て

エネルギーがチャージされた。


彼女は気遣ってくれたのだろう。

洗って返さなくていいように

使い捨てできる容器に詰めてくれていた。


その気遣いも有り難かったが、

詰め方にも感心した。


そうか、隙間なく入れているから

崩れたり片寄らないのか。


インゲンの胡麻和えや

ミニトマトなども隙間に入っていて、

卵焼きは斜めに差し込んであった。



「何か、苦手なもんあったら言うて?」


「ないよ。だいたいなんでも食える」


「そっじゃーまた持ってきてもよか?」


「うん。でも大変でしょ?無理しなくていいよ」


「無理ばしとらんばい」


「あのさ、柳川に行く件だけど、千織さんは土日休みでしょ?いつなら行ける?俺、合わせて休み取るから」


「うちが合わせるけん。いつでもよかよ?」


「それは悪いって」


「ばってん、うちん方が休み取りやすいし、有給まだ残っとーし」


「そう?じゃあ申し訳ないけど……」


彼女に合わせてもらう形で

平日に行くことになった。


考えてみたら

2人で出かけるわけだから、

初めてのデートみたいなもんだ。


そう思うと急にソワソワしだし、

ネットで服を買ったり、

レンタカーの予約までして準備にかかる。


曲がりなりにも俺の方が歳上なわけだし、

ちょっとは頼りになると思わせたかった。


そしてその約束が目前になった今日、

社員になるための適性検査を受ける。


思ってた以上に緊張している。


もしこれがダメだったらと思うと、

指先が痺れ、頭が真っ白になった。


「次の方、どうぞ」


面接が始まり、

普段は見かけないお偉いさん方から

色々な質問をされ答えていく。


なぜここを選んだか。

働いてみてどうだったか。

今の勤務形態には慣れたか。

今後はどうしていきたいか。


など、就活時代を思い出し、

たった数分がやたら長く感じた。


面接が終わり、

次の筆記試験までの間、一度休憩が入った。


同日に試験を受ける人達は、

俺達以外にもけっこういる。

採用されたら全員同期だ。


「ここだけやないけん。他の工場の人らも試験ばここで受けるち聞いたばい」


「なるほど。そういうことか」


全国に工場があるが、

九州エリアの面接はここなのだろう。


俺達のように工員だけでなく、

事務職や営業職らしき人の姿もあった。


岡部さんはいつも通り落ち着いた様子だけど、

大雅はやたら緊張しているのか、

さっきから落ち着きがなく貧乏ゆすりがひどい。


見かねた岡部さんが声をかけた。


「大丈夫だけん!ここで落とすくらいならとっくに切られとーよ」


「ばってん俺、バカだけん……」


驚いたのは

大雅が金髪を黒髪に染めてきたことだ。

少しでも印象を良くしようと

こいつも必死なのだろう。


俺も余裕などないが

コイツも落ちてほしくないと思い、

岡部さんに続いて声をかけた。


「落ちたって死ぬわけじゃないし、万が一お前が落とされたら俺も辞めるよ」


「またまた〜!そげんこつ言うて、絶対辞めんくせに〜」


「うん。辞めるっつーのは大袈裟だけど、お前がいないとつまらないからさ?」


そう答えると

大雅はちょっと照れくさそうに笑った。


「兄貴、なんか変わったばい」


「は?どこがだよ」


「う〜ん。なんちゅーかこう……始めん頃はもちっと尖っとたいうか」


すると岡部さんまで

大雅に賛同する。


「あ〜、わかる!目ぇが鋭かったばいね?俺も初めて会うた時、な〜んかこん人、冷たそうやち思うたばい。あんま関わらんでくれっちゅう感じ?」


「え……そうっすか?まぁ俺、あんまいい印象持たれることないんで」


「ばってん兄貴、あん時と今、じぇ〜んじぇん違うとよ?まるで別人ったい!」


「うんうん、わかる!何かよかことあったと?」


「いや、別に……」


「あっ!わかった!女やろ?絶対そう!」


「はぁ?違うって!てか詮索すんな!」


大雅に勘づかれてしまうほど、

俺は浮かれているのか。


隠すことでもないけど、

まだ言いたくはない。


それにこの2人は、

彼女との出会いに立ち会っているわけだし、

まさかあそこから俺だけ出し抜いたなんて、

ちょっと言いずらかった。


筆記はだいたい予想どおりで、

なんとか埋めることができた。

岡部さんも大雅も同じらしい。


結果は即日出るのだが、

全員待合室でしばらく待たされ、

2人だけ個別に呼ばれて出ていった。


残った全員は合格だったらしく、

そのまま帰らされた。


「あん呼ばれた人達、落ちたとね?」


「どうだろな?まぁ、格好からして工員じゃなさそうだから、競争率が高い部署なんだろ?」


「とにかく俺らは合格たい!あ〜疲れた〜。飲みにでもいかん?」


珍しく岡部さんが飲みに誘ってくれた。

あまりに珍しいことだから、

俺も大雅も二つ返事で引き受けた。


居酒屋に向かう途中、

千織さんにLINEで報告すると


『おめでとうございます!お祝い、何がよか?』


『ありがとう。何もいらないよ』


『何かお祝いしたか』


『じゃあ、今度飲みにでも行く?』


『うん。よかよ!』


千織さんはその後、

美しい花の写真を送ってきた。


その花は『久留米つつじ』という

この時期この街で一斉に咲く市の花で、

赤やピンク、白といった花々が

小さな花びらを密集させて画面いっぱいに写り、

まるで大きな花束のように見えた。


飲みながら2人にそれを見せると

昔、花を扱う商売をしていたと言う岡部さんが

こんなことを言って笑った。


「久留米つつじの花言葉、知っとう?」


「いえ、知りませんよ。知るわけないじゃないですか」


「ほんなら教えちゃる!情熱、燃える想い、恋の喜び!」


「うっわ〜!!なんそれっ!兄貴!そん写真、誰から送られたと?」


「まぁ……ちょっと、いい感じになった人から?」


酔いに任せてそう答えると、

散々冷やかされたり、

相手を詮索され困った。


この日俺はタガが外れたように

調子に乗って飲みすぎてしまい、

その後どうやって帰ったか記憶がない。

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