第26話 話すことの大切さ

「もう少し、一緒にいていい?」


「うん……ばってん、何で?」


「いや、その……しばらく話せなくなるし……」


私は何が気に食わなかったのだろう。

この人はきっと

さっちゃんに言われなくても

今日もバス停で私を待っていただろう。


門田さんは今まで

偶然を装っていたけど、

時間的にも距離的にも

もっと早いバスに乗れるのだから。


せっかく待っていてくれたのに

私は色々決めつけて、

その気持ちを無視しようとした。


こんがらがった心を解くのは、

この人と話をして

たった一つの真実を確かめるしかないのに。


「すんまっせん。うち、ちっと悪かこつば考えちょって……ほんで門田さんに、こげん態度ば……」


何をどう伝えればいいかわからないけど、

ヤキモチを妬いたなどとは

口が裂けても言えそうにない。


だけど、こんな何を言っているかわからない

文脈もない謝罪を

門田さんは「うんうん」と聞いてくれている。


「もしかしてだけどさ、紗智子さんと俺の関係、疑った?」


「……!」


ずばり当てられてしまい、

ついに言葉に詰まった。


それでも門田さんは

穏やかにこう続けた。


「あっ、これ俺の勘違いだったらマジで恥ずいんだけど。全然違うからね?」


「違うって、何が?」


「俺さ、紗智子さんのことあんま知らないし。さっき千織さんをバス停で待ってる時、むりやり引っ張られてあの店に入ったんだけど、その時さ、昔会った厄介な女を思い出して、そしたらそいつと紗智子さんが重なっちゃって。俺、すげー失礼なこと言っちゃったんだ」


「え……何て?」


「いや……それは言えないんだけど(笑)あっ、もちろんすぐ謝ったよ?謝ったけど。一応、明日会ったら千織さんの方からも、もう一回伝えてくれる?俺が詫びてたって」


「うん。よかよ?」


「そしたらさ……」


どうやらさっちゃんは、

門田さんにうちの兄(大三)について

色々探りを入れてほしいと頼んだらしい。


門田さんは

そこまで詳しく言わなかったけど、

たぶん、自分も協力するからと言って、

門田さんと手を結ぼうとしたのだろう。


「もぅっ。さっちゃん、何ばしょっとよ……」


「あ〜、大丈夫!ほら、千織さんの方がよく知ってると思うけど、あの人そんな図々しいタイプじゃないでしょ?俺も今日話してみてわかったんだけど。あれはたぶん、半分ネタみたいな雰囲気で言ってきたんだと思うし。俺は特に何とも思ってないから」


「ばってん、さっちゃんが兄ちゃんを好いとんはほんとばい」


「そ、そうなんだ……」


「好きいうか、アイドルの推し活みたいな感じ?」


「なるほど(笑)」


「やけん、あんまし気にせんでよかよ?」


「あ、うん。わかった」


ようやくいつもの雰囲気に戻れた。

胸の中にどーんと落ちてきた

重石おもしが外れたように

心が軽くなっていく。


降りるバス停まであと少しとなった時、

門田さんはこんなことを言ってきた。


「あのさ、今度一緒に柳川行ってくれない?」


「柳川?」


「この前、千織さん達行ったでしょ?その後、爺ちゃん婆ちゃんに電話して、来月遊びに行くって言ったんだ」


「そりゃよかったばい!」


「ちゃんと伝言も伝わってた。だからいつ来るかって待ってたみたいで、ちょっと怒られたよ」


「しょんなか!いっちょん連絡せんやったけん、どげんしとっとっかち心配されとったとよ」


「だね。やたら早口で捲し立てられてさ、10年分くらい怒られた気分」


「ばってん、うちも行ってよかと?会うん久しぶりじゃろ?」


「だからだよ。なんか合わせる顔ないっつーか。それにガチで方言聞き取れないってのもあるし」


「あ〜、うちゃあ通訳?」


「まぁ、そうしてくれると助かる」


「ばってん、うちもちゃんと聞き取れっかは怪しかよ〜?」


「いいよ。適当で!」


バス停で降りると

門田さんも一緒に降りた。

このまま次のバスで引き返すと言う。


私はそのバスが来るまで

一緒に残ることにした。


「電話は難しいかもだけど、LINEはしていい?」


「うん。うちもするけん」


「ありがとう」


「あの……」


「ん?」


「こげんこつん聞くんは、おかしいかもしれんとやけど……」


「何でもどうぞ。俺が答えられることならだけど」


「門田さん……付き合うとる人、おっと?」


「いないよ。いたらこっち来てないよ」


「ふ〜ん。そっじゃ〜結婚は?しとうと?」


「してるわけないでしょ!してたら千織さんともこんなに親しくなってないよ」


「うん……」


「他に聞きたいことは?」


「もうよかたい。ちっと気になっとっただけ」


「じゃあ、俺も聞いていい?」


「うん」


「千織さんは好きな人とか彼氏とか、いる?」


「おるわけなかろう?」


「結婚は?」


「もうっ!うちげんこつ知っとーくせに!」


「ごめんごめん(笑)でも最初ここ来た時にさ、夕飯作るってことは、もしかして既婚者なのかバツイチかな〜って、ちょっと気になった」


「なんね!うち、そげん風に見えたと?ひどか〜!」


「いや、見えないけどさ!可能性はゼロじゃないかなって」


「うちゃあ旦那さんも子供もおらん!」


「うん。これでスッキリした」


「どげん意味〜?」


「う〜ん。秘密!」


さびれた街にあるさびれたバス停が、門田さんがいるだけでぱぁっと明るく映えた。


好きだなんて

お互い一言も言っていないのに、

何だか通じ合えた気がして、

彼を見送った後も

心がほんのり暖かかった。


翌日、さっちゃんに平謝りした。

するとさっちゃんは腕を組み、

ちょっと怒ったフリをしながら、


「千織!あんたうちを疑ったと?」


「ほんとごめん!ばってん昨日はどうかしとったとね。反省しとうよ?だけんなんかご馳走ばさせて!?」


「ほぉ〜!そげん言うなら許してやらあ!」


「ありがと!うちゃあもう二度とさっちゃんば疑わんばい!」


さっちゃんは満足したのか

昨日、門田さんと何を話していたのか

一部始終教えてくれた。


それは門田さんが勘違いして

さっちゃんに「俺は千織さんにしか用はない」と啖呵たんかをきったことや、

さっちゃんが大三兄ちゃんの女性関係を

探って欲しいと門田さんに頼んだこと。

門田さんはそれを引き受け、

私に彼氏がいないかなどと聞いてきたらしい。


「ほんでうちが、おらんち言うたら、ばり嬉しそうにしとったばい!」


さっちゃんの話を聞き、

昨日、店の外から見た彼の笑顔は、

そういうことだったのかとに落ちた。


忘れていたというか

この歳になって初めてわかったこと。


恋愛って

自分だけが目一杯なんじゃない。

相手も同じように

四苦八苦しながらもがいている。


それはとても繊細で

もろくてはかない感情だけど、


勇気を出して歩み寄ることができたら、

強い絆になってゆくのかもしれない。

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