第24話 紗智子さんからの頼まれごと

仕事は相変わらずきつい。

だけどそれは体力的な面だけで、

精神面は安定してきた。


そりゃ人数がいれば、

数人は嫌な奴はいる。


事務の原さんは相変わらずだし、

他にも挨拶さえまともに返せないクズや

いちいちキツい言い方でしか対話ができないバカ、

名前も覚えず「派遣さん」などと呼び、

マウントをとってくる低脳もいる。


今までのように派遣なら

期間の定めがあって、

よほどのことでもない限りは、

そのうち会わなくなると耐え忍んだ。


だけどこのままいけば俺は、

ここで正社員になり、

どんな連中とも長く付き合わなければならない。


そう考えるとうんざりもするが、

生島さんや岡部さん、大雅だっている。


分かり合える人間が

少数でもいるってだけで、

気の持ちようが違う。


それにここを辞めたら、

千織さんと会えなくなってしまうかもしれない。


それは嫌だ。

だから頑張るしかないし、

ここでなら頑張れるという

根拠のない自信があった。


「すごいっすね」


「え、何が?」


「弁当、いつも持ってこられてすごいなって」


今週は岡部さんや大雅と

同じ勤務帯だから、

休憩も一緒になる機会があった。


岡部さんはいつも

手作り弁当を持参している。

彩りもよく、栄養バランスも良さそうだ。


「大したこつなか!冷食もあるし、残りもんも入っとーし」


「へぇ。でもすごいっす。俺も作ってみようかな」


するとスマホをいじりながら

菓子パンを頬張っていた大雅が会話に入ってくる。


「兄貴、料理できっと?」


「いや、まったく。インスタントラーメン作るくらいかな」


「プッ!(笑)そりゃ料理やなか!そんなんうちの弟でも作れっとね!」


「お前、弟いんの?」


「おう!まだ中坊やけん、ガキったい!」


すると岡部さんが笑いを堪えながら


「大雅があんしゃんち、むぞか〜(笑)」

(大雅が兄ちゃんじゃ可哀想)


「なんち!そげんこつなか!おいは良かあんしゃんばい!」


「自分で言うな!(笑)」


「そっか。俺も兄弟いたらな〜。もっと生きやすかっただろうな」


何も考えずにそんなことを口にしてしまった。

でも兄弟がいれば、

もっと親の関心や期待も分散されて、

親子関係が拗れずに済んだかもしれないと、

実際何度か思ったことがあった。


「いんにゃ、兄弟おったらおったで、けっこう面倒事もあっとよ?親に比べられたり、いらんこつ言い合うて喧嘩したり、しまいにゃ誰が親の面倒見っか、財産分与で揉めたりもしとう」


岡部さんは穏やかな口調で、

そんなおどろおどろしい現実を突きつけてきた。


「そうなんすね……」


「いんにゃ!うちげ(うちは)問題なか!」


「へぇ。大雅、弟と仲いいんだ?」


「仲?よかわけなかろう?」


「はぁ?ばってん、うちげは問題なかち、今言うたろう?」


「やけんよう考え?こげん兄貴に弟が懐くわけなかろ?」


「あぁ、うん。そうだな」


「そうちのぅ……」


「はぁ!?そこは否定すっとこやろが!!なんね!2人揃うて!」


「アハハ!すまんすまん!」


「お前が仕向けたこつじゃろ!」


こんな風に

同僚と親しく話すことなんて

派遣の時はなかった。


そういう人達もいたが、

俺はできるだけ人と関わることなく、

休憩時間はスマホをいじるか、

昼寝をして過ごしていた。


「そっじゃー午後もがまだす!」


「おい大雅!がまだすの前にかかと踏むなち!ちゃんと履け!」


「わかっとー!今、履き直そうとしとったとこばい!」


「だったら、はじめからちゃんと履け!」


「ほ〜い。やけん兄貴たちゃあ、しゃあしかね〜」


大雅はそれから

弟の話をよくするようになった。


歳の離れた弟がよほど可愛いのか、

自分と違って成績もいいとか、

顔も整ってるとか、

レーズンパンが好きだとも言っていたから、

あの時買ったパンは、

恐らくその弟に渡しに行ったのだろう。


そして俺は岡部さんや千織さんの影響で、

今まで避けてきた料理を

挑戦するようになった。


と言ってもカット野菜を炒めたり、

料理のもとを使って火を通すだけのもので、

片付けの面倒さや、残った食材をダメにしたり、

結局、出来合いを買った方が経済的だとも思ったりしている。


だからそれを口実に

千織さんに連絡をとり、

メッセージや電話、

時には帰りのバスで待ち合わせて、

関係が途切れぬようにしていた。


そうして日勤が続いていたが、

いよいよ来週からまた深夜帯に戻る。


そうなるとまたしばらく、

彼女と生活リズムがずれ、

それはすなわち、

やり取りが途切れることを意味している。


なんとかしようと日勤最終日、

バス停で彼女を待っていたら、

思わぬ人が現れた。


「お久しぶりです!」


それは彼女の親友・紗智子さんだった。


「あっ、どうも」


「もしかして、千織を待っとっと?」


明らかにバスの乗客の列からずれたところにいる俺を見て、紗智子さんは意味深に微笑んでいる。マズい。この人、何か勘づいている。


「や、えっと……混んでそうだから1本ずらそっかな〜と……」


「ふ〜ん?」


1直の就業は16時35分。

千織さんの定時は17時ちょうど。


このバス停まではブリロックンの方が近い。

どうしたって俺の方が早く着いてしまうから、

時々こうして待ち伏せていた。


それがバレていたのか、

実はいい加減うざいと思われ、

友達を使って拒否られるのか。

俺はこの時、そんな思い込みで真っ青になった。


だが紗智子さんは

あっけらかんとこう言ってきた。


「千織、今日はもうちっとかかるけん。それ伝えにきただけたい!」


「あぁ……そうなんすね。よかった……」


「ん?よかった?何が?」


「あっ、いや、その……」


「うちじゃ不満やろうけど、ちっとよか?」


「……?」


紗智子さんは話があると言い、

無理矢理、駅まで引っ張られた。


千織さんの親友だし、

あまり悪い印象はつけたくないと、

言われるがままついていくと、

近くのカフェに入った。


「門田さん、コーヒーでよか?」


「は、はい。あっ、俺が払います!」


「よかよか!友達にもろたドリンクチケットばあるけん。門田さんは席ば取って待っとて?」


「はぁ……じゃあ、お願いします」


予定外の事態に

紗智子さんのことを不審に思い始めている。


この人、何が目的なんだ?

そういえば昔、似たようなことがあったな。


ちょっと仲良くなった女の子がいて、

その親友だという女の子が、

相談に乗ると近づいてきて、

なんか距離感おかしいと思っていたら、

自分を選んでほしいなどと言いだし、

もちろん断ったが、

それが原因でその子から誤解され、

一方的に切られた、という黒歴史だ。


当時は、女ってやつは親友の恋路を邪魔してまで自分本位な行動をとる魔物だと思ったし、安易に親友の嘘を信じてこっちの意見も聞かずに縁を切ったその子のことも愚かな人間だと失望した。


慣れた様子で注文し、

ニッコリしながらこちらに向かって来る紗智子さんが、

なんだかあの時の魔物に見えてしまい、

俺は自然と臨戦態勢に入った。


「はいこれ!アイスでよかったと?」


「はい……」


「なんねー!そげん怖か顔して!」


「こういう顔なんで」


「なに誤解しとーか知らんけど、千織もここに来るけん、安心してください」


「はぁ!?余計困りますよ!俺もう出ます」


金を置いて立ち上がると、

紗智子さんに腕を掴まれた。


「何してんの!言っときますけど、俺は千織さんにしか用ないんで!」


あんな風になるのは御免だ。

それに今はあの時とは違う。

誰にでも優しくするような人間は、

こざかしい連中からつけ込まれて

損をするだけだ。


だから起こりえる災難は

事前に防がねば……


思ったよりデカい声を出したからか、

紗智子さんはキョトンとし


「あのぉ、何か勘違いしとらん?うちゃあ2人んこと応援しようち思うとりますけど?」


「……?」


あれ……俺、何か先走ったか。

いったん座り直し、

ひとまずアイスコーヒーをがぶ飲みしながら話を聞くことにした。


「じゃあ、何すか?」


「千織、最近めちゃめちゃ可愛くなって。あっ、前から可愛らしい顔しとったとやけど。ばってん、門田さんと知り合うた頃からかな?化粧とか服とか。そげんこつもそうやけど、前向きになったちいうか」


「俺は別に、関係ないんじゃ……」


「何言うとっと〜?関係あるに決まっとー!」


そうだ。

千織さんは前にこう言ってた。


紗智子さんは昔から、

彼女の家庭の事情も経済的事情も、

全部知ったうえで、

ずっと変わらぬ態度で接してくれる人だと。


そんな人が、

彼女を裏切るような真似をするはずがない。

そう思ったらいたたまれず


「さっきはすいませんでした!俺、前に厄介なことに巻き込まれて。それでつい……」


「よかよか!うちが無理矢理、連れだしたけんね!もしかしてうちも、門田さんに気ぃばあるように見えたと?(笑)」


「いや……えっと……すいません」


「アハハ!正直者やね!だけん心配せんでよかたい!うちゃあもう、こん人ち決めとる人がおっとです!」


「へぇ」


「安心した?」


「はい。あっ、違っ……」


「ほんで、ここまで言うてしもたけん。ものは相談やけど」


「相談?俺に?」


「はい。うちゃあ千織と門田さんを応援するじゃろ?」


「はぁ……それは助かります、けど……」


「そっじゃーうちの恋もちーっとでよかばい、応援してほしか〜」


「応援?ど、どんな風に……」


「うちが好いとう人、門田さんと近か人なんよ」


「俺と近い人!?え……誰だろう」


「大三さんたい!」


「い、生島さん!?」


紗智子さんの好きな人は、

俺の好きな人のお兄さんだった。


とはいえ紗智子さんは、

厚かましい事を言うタイプではなく、

今、生島さんに彼女や

それらしい女の影があるかどうかだけ、

探りを入れてほしいという

なんとも可愛らしい頼みだったから、

そういうことならと引き受けた。


そうしているうちに千織さんが来て、

店を出て彼女と一緒にバスに乗り込んだ。


「さっちゃんと何話しとったと?」


「いや、特には。適当に……世間話?」


「ふ〜ん」









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る