第22話 伝言

豪華なランチの後は

2人で街をブラブラした。


近場とはいえ

来るのは久しぶりだから、

写真を撮ったり

お土産を買ったりして、

まるで修学旅行みたいに

あーでもないこーでもないと話は尽きない。


途中で何度も川下りの船とすれ違い、

その度に私は立ち止まって確認している。


「さっきから何しょっと?」


「船頭さんば見とっと」


「ん?何で?」


「門田さんのお爺さん、ここで船頭しとるらしゅうて」


「え?どゆこと!?」


「あん人のお母さん、柳川出身やけん」


「は?初耳たい!」


「うちも昨日聞いて、たまがった〜(驚いた)」


昨夜、門田さんはこう言っていた。


「母親の旧姓は椛島かばしまで、

爺ちゃんは治郎じろう、婆ちゃんはふみ。もうだいぶ歳いってるから、そろそろ引退だろうけど……」


電話で2人の名前を聞き、

思わずメモを取った。


子供の頃は遊びに来て、

その後は電話のやり取りだけ。

かれこれ10年以上来ていないと言っていた。

その間に何があったのだろう。


いけない。

余計なこと詮索したら嫌がられる。

とにかく私は、

昨日約束した任務を全うしなきゃ。

でもどうやって?


するとさっちゃんが

「船に乗ろう」と言いだした。


でも船会社はいくつもあるし、

どれに乗ればお爺さんお婆さんに辿り着けるか

全く見当がつかない。


一か八かで乗った船は、

若い船頭さんで、

とても聞ける雰囲気ではない。


だけどまさに乗りかかった船。

降りることはできない。


船頭さんは皆、

気前よく歌を唄ってくれたり、

柳川の歴史や風景の案内をしてくれる。


その話術とパフォーマンス力に、

すっかり観光気分で楽しんで、

とうとう終点まできてしまった。


楽しかったけど

このままじゃ彼との約束を果たせない。

どうしよう……


なんて約束をしてしまったんだ。

昨夜は嬉しくて

ついテンションが上がり、

気が大きくなっていた。


だけど普段の私はコミュ障で、

知らない人に話しかけるなど、

到底できない臆病な性格。


残念な気持ちになりながら

船を降りると、

さっちゃんという強力な助っ人が、

存分にその能力を発揮しだした。


「お兄さん!ばり楽しかったばい!」


「ハハハ!ありがとう!ばってんお嬢さんらは地元こっちの人?」


「はい。久留米から来たばい。あっ、こっちは八女!」


「ほぉ。近所にこげん別嬪べっぴんしゃんがおったとね!」


「お兄さんもめちゃイケメンよ?」


「嬉しか〜!」


ノリの良い人達ってすぐ仲良くなれるんだよね。羨ましい…

と思っていると

さっちゃんは本題に入った。


「あのっさい、ちーと聞きたかことばあっと」


「何?あんまし難しかことば聞かんでにゃ?」


「船頭さんの中に椛島治郎かばしばじろうさんち人、知っとお?」


「治郎しゃん?知っとー。何?あんた方、治郎しゃんの知り合い?」


そう言われて

思わずさっちゃんと手を取り合った。


ここで聞いた話によると、

門田さんのお爺さんは

船頭さん達の中で古株らしく、

今でも現役だけど

最近は乗務の回数を減らし、

後進の育成にも携わっているらしい。


「ちなみに今日は……?」


「さっき帰ったばい」


遅かった。

もう少し早く来ていれば

会えたかもしれない。


だけどその人が

伝言を預かってくれると言うので、

門田さんからのメッセージを伝えた。


「近いうち会いにいく」


直接お会いすることは

叶わなかったけど、

ひとまず肩の荷がおりて、

その後は予定通り

夜までさっちゃんと一緒に過ごした。


帰りの車の中で

さっちゃんはしんみり呟いた。


「うったち、いつまでこうしてられっかね?」


「いつまでち、ずっとじゃろ?」


「うん。そうやったらよかね」


「何?変なこと言わんで〜」


「ごめんごめん。ばってん、うちゃあ思っとったばい」


「何を?」


「うったちこんままずっと彼氏もできんと独身つらぬくんかのうち。そいも悪かないなて」


「ひどぉ(笑)」


「ばってんもし千織と門田さんがこんまま付き合うて結婚とかなったらな?」


「やけんまだそんなんと違う!」


「だけんもしもの話たい」


「うん……」


「そうなったら、千織がいつか遠くに行ってしまうんかな〜ち思うて。なんちゅーかな、胸がぎゅーっちなったと(笑)」


さっちゃんは笑っている。

そんなこと、考えた事もなかった。


一生ここにいるものだと思っていたし、

だからさっちゃんとも

いつまでもこうして一緒にいられると、

疑うことなくそれが当然だと、

今も思っているくらいだから。


だけどどうして

そうじゃなくなる日がくるかもなんて

さっちゃんは思ったのだろう。


そもそも私は

どうしたかったんだっけ。


ずっとあの家から飛び出したかった。

あの街からも。


どこか遠くへ

何もかも捨てて自由になりたかった。

だけど……


「うちゃあどっこも行かんばい!」


「どうだか〜?」


「うちがさっちゃん置いてくわけなかろう?」


「いんにゃ!うちがあんたを置いてく事もありうる!」


「えぇ!?そげん裏切りせんでよ〜!」


「だけん、そん時はお互い様っちゅーことで!」


「ひどか〜」


楽しい時間は終わり、

家に帰ってから男どもがシンクに置きっぱなしにした皿やコップを洗い、早めにお風呂を済ませて門田さんにメッセージを送った。


『まだ起きとっと?』


『うん。起きてる』


『電話してよか?』


『俺からかけます』






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