第18話 あなたに逢いたくて

失恋とまでは言わないけど、

ちくっと痛んだ心を癒しに、

さっちゃんと2人、夜桜を見に行った。


篠山ささやま神社という

昔は久留米城があった城跡の神社だ。


石垣の上で

ソメイヨシノの大木が咲き誇る。


ここからはすぐそばを流れる筑後川も望め、

川を渡る新幹線や在来線が行き交う様子も

境内から見える。


もうほぼ散っている夜桜と

街の様子を眺めながら、

さっちゃんと缶ビールで乾杯した。


「あ〜、春ったいね〜」


「もうすぐ4月ばい」


「あっちゅー間にうったち、20代最後の年になっとっと!」


「あいた〜。それ言わんでよ(笑)」


「千織。あんたうちが、な〜んも聞かんち、なかったことにしよとしとらん?」


「アハハ。うん。やっぱし覚えとったとね」


「で?うちに経過報告ばなかと?」


「そいが……あれから、じぇ〜んじぇん会えんったい!」


「なんで?ばってんあん日(あの日)一緒に帰りよったけん、さすがになんかあったち思うとったばい。やけん、あんまし首突っ込むんはいけん思うち、こいでも静観ばしちょったとよ」


「あん日は、ほんなこつ楽しかった。いっぱい話せたし、向こうもそれなりに話してくれて……」


「そっじゃー連絡先ば交換したじゃろ?」


「しとらん」


「はぁ!?何しよ〜ん!」


「ばってん、そん後、兄ちゃんがうちの連絡先ば教えたらしいと」


「で?連絡は?」


「こん」


「なんちー!こりゃうちの出番たい!」


「やめて!もうよかばい」


「何で?」


「たぶん、なんか合わんち思うたんやなかと?そすっと(それとも)うちを、そげん風に見れんかったとやなか?」


「何で〜」


「しょんなかたい(仕方ないよ)」


さっちゃんはそれ以上何も言わず、

なぜか私より落ち込んでいた。


この日見た散りゆく桜は、

悲しいくらいに美しかった。


幸い新年度を迎え、

夕日シューズもブリロックンも

繁忙期を迎えた。


靴もタイヤも

季節の変わり目はよく売れる。

正確にいうとその少し前が1番忙しい。


だから私は、傷心を引きずることなく、

今まで通りの生活に戻ることができた。


勤続10年賞は表彰状と金一封が出された。

中身は5万円。


さっちゃんは海外旅行に行こう

なんて言っていたけど、

結局は近場で美味しいものを食べて、

日帰りで温泉に行く計画に変わった。


大卒のにっし〜は

私達より遅れて入社したから、

うらやましがっている。


「よかね〜。俺も温泉行きたか〜!」


「にっし〜もんね。自腹で!」


「アハハハ!それよかばい!運転、よろしゅう頼んます〜!」


「はぁ?お断りったい!」


そこへ、やっさんも入ってくる。


「おっ!大金ばもろて、どこへ行くと?」


柳川やながわ御花おはなでフルコースばい!」


「近っ!!お前ら、もうちかっと遠出せれや。何でそがん近場で済ますったい!」


「よかよか。近かろうが遠かろうが楽しめばよかばい。うんと羽ば伸ばして、ようけ笑ろて、美味かもんば食べて来んしゃい!」


にっし〜は呆れていたけど、

さすがやっさん。

年の功で言う事が違う。


とは言え私も

さすがに柳川は近すぎると思ったんだけど、

さっちゃんは御花おはながいいと聞かなかった。


たぶんそれは、

長年1番近くで私を見てきた

さっちゃんの優しさなのだ。


そう。私は昔から

家のことがあるからと

学校帰りに友達とカラオケに行くことも

ほとんどなかった。


今でこそ用事がある時は、

事前に作り置きして、

時々夜も出かけられるようになったけど、

そう頻繁にはできない。


さっちゃんはそんな事情を

いつも素知らぬふりをしながら

理解してくれている。


「そっじゃ〜千織!明日、寝坊せんでよ?」


「わかっとー!」


明日がそのお出かけの日だ。

春休みも終わり4月に入ると

駅前には新社会人や新入生と思われる

人々の姿も多かった。


皆んな、新しい環境でも頑張れ!

と心の内で応援しながら、

今日も私はバスに乗り家路を急ぐ。


相変わらずバスに乗れば

あの人を探してしまう癖だけが残り、

そんな自分にほとほと困ってもいる。


でも大丈夫。

そこまで深い傷にはなっていないはずだし、

時間が経てば忘れられる。

こういうのは全部、時間が解決する。

現に今までもそうしてきたもんね。


向こうも私を避けているのだろう。

三交代制とはいえ、

ここまで帰宅時間が合わないなんて

偶然とは思えない。


何事もなく、

バスは定刻で発車した。


「このバスは西鉄バス八女営業所行きです。発車します。おつかまりください」


バスの扉が閉まり、

いつも通り動き出したその時。


ふと出たばかりの停車場に視線を落とすと、

乗り損ねた男性が、

息を切らした様子でこっちを見上げていた。


「あっ……」


ぜいぜいしながら、

何か叫んでいる。


追いつくわけもないのに、

追いかけて来て信号に引っかかった。


私はから目が離せず、

どんどん遠くなり

小さくなってゆくその姿に、

どくどくと鼓動が激しくなった。


その人は

紛れもなく門田さんだった。


あんなに慌てて

このバスに乗ろうと走ったの?

何で?どうして?


しかも私に向かって何か言っていた。

あんな風に追いかけてまで……


乗客は私以外、

彼に気づいていなかった。

いや、気づいていたとしても、

ただ乗り遅れてごねた人にしか見えなかったと思う。


だけど違う。

あの人はそうじゃない。


私に何か伝えたかったんだ。


そう思ったらいてもたってもいられず、

私は咄嗟に次のバス停で降りようと

降車ボタンを押していた。


「次、停まります。バスが停車するまでお掛けになってお待ちください」


そんなのわかってる。

毎日乗ってるから

もう何百回も何万回も聞いた。


でも私は

一刻も早くあの場所に戻りたい。


完全に停車する前に席を立ち、

バスを降りた。


駅からは2箇所目のバス停だったから、

まだ徒歩でも戻れる距離だ。


すると上着のポケットに入れたスマホが鳴った。

そこにはあの人から、

初めてのメッセージが届いていた。


『すいません。お兄さんからこの連絡先を聞いてしまいました』


はぁ?そげんこつ、とっくに知っとーよ!

そう思いながら心を落ち着かせ返信する。


『今、戻っているのでそこで待っていてください』


文字を打つ指が震える。

けれど悠長にしていられない。

すぐに送信し、そこからは全力で走った。


ただバスに乗り遅れたくらいで

あんなに取り乱して、

そうまでして私に何を言いたかったのだろう。


これで大した用じゃなかったら、

どついてしまいそうだ。


だけどそれでもいい。


もう一度、

私はあなたと話がしたい。

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