第17話 切ない気持ち

門田さんとはそれっきり

全く会わなくなった。


兄が同じ職場にいるから

勤務形態のことはわかっていた。


だけど1週間、2週間と過ぎ、

あっという間に桜も散り始めている。


あの日から

いつ会ってもいいようにと、

急須を持っていないと言っていた

門田さんのために、

茶葉を自分で詰めるタイプの

お茶パックを買って持ち歩いている。


余計なお世話かもしれない。

ありがた迷惑かもしれない。


でも次に会った時に

話せるきっかけが欲しかった。


「千織〜、花見ばせん?仕事終わりに夜桜見たか〜」


「もう散りだしとーよ?」


「そんがかえってよかばい!ねぇ、行こうや〜」


「うん。そうやね」


「よしっ!そっじゃー門田さんらも呼ぶ?」


「連絡先、知らんもん」


「大三さんに聞いたらよかね」


「絶対イヤ。にいちゃん頼るくらいなら、もう会わんでよかばい」


「なんね〜。この頑固もんが!」


大三兄ちゃんが住んでいる寮は

ここからそう遠くない所にあって、

門田さんが暮らしている寮とは

たぶん違う。


兄ちゃんは

八女の実家にはほとんど帰ってこず、

私とも連絡を取り合うことはほぼない。

それは博多にいる長兄もそうだ。


家のことは全部、私任せにしている割に、

外面そとづらはいいらしく、

あの時、バーベキューが終わってから、

ゴミ捨てをした門田さん達にも、

正義感あふれる言葉をかけていた。


私は昔から、

兄のそういうな部分が大嫌いで、

だけど今さらそれについて

どうこう言うつもりもないから、

あんな場面に出くわすたびに

心の中で嘲笑あざわらっている。


だけどさっちゃんは、

そんな兄に対して

以前から特別な感情を抱いているらしい。


「ねぇ、千織?」


「ん?」


「うち、見返りば求めとーわけやないんやけどぉ、門田さんと千織んためにけっこう頑張ったばい?」


「うん」


「だけん、ちーっとでよかばってん、協力してくれん?」


「何を?」


さっちゃんは大三兄ちゃんを花見に誘えと言う。

絶対に嫌だと断ったが、

それに成功すれば門田さんも来るかもとか

あの手この手で交渉してくるから、

その必死さに根負けした。


「もうわかったばい。言うてみる。だけん来るか来んかは知らん」


「う〜っ!千織!ありがとう!」


「さっちゃん、あんた今からセールスレディば目指さん?」


「は?何言いよん」


「さっちゃんはさー、もっとポテンシャル活かせる職ばある気ぃすっとちゃ」


「いんにゃ、うちゃあずーっとあんたと一緒ったい!」


気が進まないけど

門田さんの顔が浮かび、

兄ちゃんにLINEを送った。


『さっちゃんらと今週末、夜桜見に行くとやけど、にいちゃんらもんかて誘われとー。どげんする?』


するとこんな返信がきた。


『今忙しいけん無理ばい』


やっぱしなと思いながら

『わかった』とだけ返信すると


『門田さんから連絡きたと?』


は?……

門田さんから連絡て

来るわけなかろうもん!

何言うとっとやバカ兄貴が。


まさかの門田さんの名前を出されて動揺するも、

勘づかれんよう、こう返した。


『こんよ』


すると時間をあけて

さらに衝撃の一言が返ってくる。


『なんや渡したいもんがあるち言うとったけん。お前のIDば教えたばい。連絡きたらよろしゅ頼む』


はぁ!?……

そげん話、聞いちょらんばい!

しかもいつ教えたと?


でもこれ以上騒ぎ立てると、

変に思われると思い、

またしても『わかった』とだけ答え、

やり取りは途切れた。


渡したいもんって何?

この前、茶葉を半分こしたり、

タオル貸したから悪いと思ったのかな。


理由はなんにせよ、

私の連絡先を向こうが知っている。

というだけで胸が高鳴った。


大三兄ちゃんに断られたことを

さっちゃんに伝えると、

さっちゃんはわかりやすく崩れ落ちた。


「そもそも、うちの兄ちゃんのどこがよかとよ」


「どこがて。カッコよかじゃん!背も高か、顔もよか。ばってん頭もようてスポーツ万能。優しいし。こげんよか男、なかなかおらんばい!」


確かに大三兄ちゃんは

私にないものばかり備わっていて、

昔から女性にモテた。友人も多かった。


私はその妹として、

兄ちゃんを慕う女子達や

男友達から可愛がられ、

多少の恩恵は受けてきた。


「ばってん昔、ちっと悪かった時期もあったとよ」


兄ちゃんの友人達は、

不良とまではいかないが、

ちょっとやんちゃな雰囲気で、

その影響でバイクや車を乗り回し、

タバコや酒も早くから覚えて、

高校の時、停学になったこともある。


さすがにそれからは真面目になり、

今ではすっかりその面影もなく、

要領と器量の良さで善人と化している。


「ばってん、そげん過去も含めて、たまらなか〜!」


恋をすると盲目になる。

親友の姿を見て我が身を案じた。


さっちゃんには、

門田さんが私の連絡先を知っている

ということは話さなかった。


だって向こうは

知ってて連絡してこないわけだから、

そういうことだと諦めてしまった。


こうなって初めてわかった。


私は門田さんに期待していたのだと。

また会えることを楽しみにしていたのだと。


ちょっとだけ

彼に恋をしていたのだと。





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