第16話 八女茶とドーナツ棒

ちょうどやって来たバスに間に合った。

途中で雨足が強くなり、

お互い濡れてしまった。


でもラッシュの時間帯とは違い

車内は空いていて、

どこに座ってもいい状態だ。


別に一緒に座る必要はないが、

千織さんは前見た時と同じ

1番後ろのシート席に迷わず向かった。


なんとなくついて行き、

1つ前の席に腰掛ける。

すると背後からタオルを渡してくる。


「え、いいっすよ」


いてくんしゃい。風邪ひいたらいけんし。あっ、それ使うとらんやつだけん。遠慮せんでよかけん」


「ありがとうございます」


千織さんは膝に置いたリュックから

もう1枚タオルを取り出して、

自分の服も拭いている。


「なんか、色々準備がいいっすね」


「心配性なだけたい。今日も久しぶりの参加やけんっさい、何が必要か考えち昨夜は寝れんかったと」


「あ〜。旅行とか行く時、やたら荷物多い人いるけど、そんな感じ?」


「当たり(笑)まぁ旅行なんち、そげん行けんけど」


「それは俺もです。というか、しっかり者って意味ですよ」


「どうやろ?ばってん、けっこうポカしよるけんね」


「へ〜。ちょっと安心しました」


「どういう意味?」


「あんまり完璧すぎるとこっちも緊張するんで」


「門田さんもポカしよっと?」


「しょっちゅうですよ」


「絶対、嘘やね」


途中から他の乗客がいなくなり、

声の大きさも気にせずやり取りが続いた。


千織さんとの会話は楽しかった。

もっと話していたい、そう思った。


だが無情にも乗降客が少ないのと

道路もすいているせいで、

いつもより早く

降車するバス停が近づいてくる。


何かもう少し話さねばと思い、

さっき渡された菓子や飲み物が入った袋を

後ろに送る。


「何?」


「よかったら持って帰ってください。今日色々お世話になったんで」


「よかよ。世話になったとはうちらの方やけん」


「実は俺、こういう菓子とかお茶、苦手で」


会社が用意した菓子や飲み物は、

どう考えても鹿毛かげさんチョイスだった。


勤続20年くらいになると

そういうことにも口が出せる権限をもてるのか、

いつもこまごま渡してくるような

ちょっと懐かしい感じの菓子ばかりだった。


ホームパイ、カンロ飴、カントリーマウム、

ルマンド、雪の宿、歌舞伎揚などで、

唯一嬉しかったのはうまい棒だけ。


どちらかというとスナック菓子派だから、

もらっても食べないまま、

かと言って捨てることもできず、

万が一の非常食として寮にとっておいている。

だがこれ以上増えるのは勘弁だ。


千織さんは袋を覗き込み、

「うちが好きなもんばっかや」

と笑顔を向けてくれた。


「古風なもんが好きなんすね」


「古風って(笑)うちの方がわかかよ?」


「えっと……いくつ?」


「28。門田さんより4つも下ったい」


「ほぼ同世代でしょ」


「失礼やね!うちゃあまだ20代!」


「ですよね。すいません(笑)」


「ばってん、甘いもん苦手なん?」


「好きだけど、しょっぱいお菓子の方が好きかな」


「そうなんや。うちはこいがいっちゃん好き」


千織さんは菓子の中から

黒糖ドーナツ棒という菓子を取りだした。


「それ美味いの?」


「めっちゃ美味しい!食べたことなかと?」


「うん。でも大体想像つく。かりんとうみたいなやつでしょ?」


「かりんとうやのうてドーナツ!」


少しむくれながら

それだけ返してくる。


一度食ってみろということらしく、

俺はその強情さに笑いながら観念した。


「あれ?八女茶も、うちがもろてよかと?」


「うん。うち急須ないから」


すると千織さんは、

またもやゴソゴソとリュックをあさり、

コンビニ袋のような小さな袋を取り出して、

原さんからもらった八女茶の袋を開け

中身を移しだした。


「え?何やっての……」


「半分こしよう思うて」


「はぁ?俺いらないよ?」


「そうやろうけど、こんお茶、高級玉露ったい。やけんいっぺん飲んでみた方がよかばい」


「はぁ……」


さっとくくられた袋を渡され、

それを受け取った。


「急須ばのうても飲めっとよ。百均とかでティーパック売っとるし、パックのうてもちっとコップに入れて、ぬるめのお湯で蒸らすと、茶葉が沈んで飲めるばい。本当はもっと手間かけとーやけど、うちゃあそんでよかち思う」


「やってみます」


「そっじゃあ、うちも遠慮のういただきます」


「はい」


連絡先を聞きたかったが、

話しているうちにバス停に着き、

「じゃあ、また」と言って先に降りた。


彼女はバスの後方から

ずっとこちらを見て

最後に小さく手を振った。


俺もそれに応えるようと片手をあげたが、

その頃にはバスはカーブを曲がっていた。


酒を飲んだし、

気遣いで疲れているはずなのに、

体が軽かった。


部屋に入ってからは

窓を開け夜風を通した。


生島千織いくしまちおり


その名を口にし、

顔が火照ほてった。


彼女は小柄で愛らしい一面、

大雅のような奴にも

物怖じせず言い返すような

たくましさもあった。


俺より若いのに

まるで親切なおばさんのようなところや、

やらなくても済む仕事を率先してやってしまう

損な性格も垣間かいま見えた。


もっと知りたい。

というより、また会えたらと思う。


ゴロンと仰向けになった時、

尻に違和感を感じ起き上がる。

どうやらまだポケットに何か入っている。


おかしいな。

茶葉の袋は彼女に渡したはずだ。


そう思いながら

逆の方のポケットに手を突っ込むと、

彼女から借りた軍手が出てきた。


「あっ!」


返しそびれていた。

コンロを片付ける時に借りたものだ。


というか素手を突っ込み、

汚したものを洗濯せずに返すのも悪いし、

何よりSサイズの軍手に

無理矢理手を入れたせいで伸び切っていた。


「やっべ。買い直して返すか。でもどうやって……」


連絡先も知らないし、

どうしたものかと悩み、

ひとまずその軍手を洗って干した。


ピンチにかけたそれに

手のひらを重ねてみると、

伸びてしまったとはいえ小さくて可愛い。


この殺風景な男部屋に、

ピンク色のそれがぶら下がっているだけで、

なんだか華やいだ。


それから教わった通り、

マグカップに茶葉を少し入れて、

ぬる湯を注ぎ皿で蓋をして蒸し、

適当に時間をおいてから飲んだ。


正直、お茶の味はよくわからなかったが、

彼女が好きだと言っていた

ドーナツ棒を口に入れると

やけに甘く、幸せな気分に満ちた。


「あ〜っ、美味うまっ!」


翌日、職場で生島さん(千織の兄)に会い、

理由を説明して

借りた軍手と新しく買い直した軍手を一緒に渡し、

千織さんに返していただけないか頼んだ。

すると生島さんは


「なるほどですね!」


と言ってそれを突き返してくる。

え……なんかまずかったのか?と

自分の下心を読まれた気がして焦り、

生島さんの笑顔がかえって怖かった。


「えっと俺、連絡先とか知らないんで。返しようがないんです」


「そっじゃー妹の連絡先、教えちゃるけん。門田さん、自分で連絡せんね」


「はい?……」


生島さんはスマホを取り出し、

LINEの交換を迫ってくる。

そして有無を言わさず千織さんのIDを送ってきた。


「さすがにまずいですよ。千織さん怒りますって!」


「大丈夫!そいにうちの妹、友達少ないけん。門田さんみたいな人と仲ようばしてもろうたら俺も安心ばい!」


本人の了承もなく、

勝手に連絡先を手に入れてしまい、

結局俺は連絡できないまま、

また偶然バスで会える機会を待った。







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