第10話 赤いスイートピー


翌日さっちゃんに

それとなく不調を伝えると、

「うんうん」とひとしきり聞いてくれた後、

なんの脈略もなく

こんな事を聞いてくる。


「千織、あんた最後に恋愛したん、いつ?」


「恋愛?え……いつやろう……」


唐突な質問に答えられない。

そういえば最後はいつだったか……

思い出せないほど脳内で記憶を遡る。


「ばってん、何でそげんこつ聞くと?」


するとさっちゃんは、

大袈裟に「はぁ」とため息を吐き、

立ち上がってビシッと指をさしてくる。


「そりゃ恋たい!」


「はぁ!?そげんわけなかろうもん!そうやなくて、うちは精神的な何かち思うて相談しとっと!」


ムキになって言い返してしまった。

けれどそれがかえって

さっちゃんのスイッチを押した。


「そん人、うちも見てみたか!」


「や、やめて!好きとかそげんことやないし。2回見ただけやし…」


「ふ〜ん。ばってん気になっとーやろ?」


「それは……何でか知らんけど……うん」


「よし!そっじゃーもう少し探ってみよう!」


「探るって何を?」


「やけん名前とか〜年齢とか〜職場とか?」


「そんなん無理やって」


「ぱっと見の年齢は?年下?同世代?年上?」


「年上やち思う」


思わぬ方向に話が進み、

慌ててブレーキを踏むも効かない。

さっちゃんは

そんな私を無視して暴走してゆく。


「あと彼女おるかおらんかとか〜。既婚か独身かとか〜。今独身でもバツついとるか、そすっと前の奥さんとの間に子供がおるとかおらんとか。大事やろ?そこ!」


「そげんこつ言うても、どげんして知るとよ?いきなり話しかけて聞いたら、ヤバい奴ち思われるし…」


「大丈夫!うちゃあ、そげん凡ミスせん!」


「どういうこと?何しよっと?」


さっちゃんは探偵のような身振り手振りで、

本格的に推理し始めた。


「バスでしか会わんとやろ〜?やけん毎日は会わん」


「うん…今んとこ1週間に1回のペース。それも帰りのバスだけ」


「ふむふむ。てことは駅から電車通勤しとるか、この辺で働いとるかやね?」


「うん……」


「毎日同じ時間に乗ってこん。つまり勤務時間がまちまちてことやけん…」


「うん……」


「そん人、格好は?スーツ?それとも普段着?」


「うちが見た時は普段着やったばい。昨日は髪もボサボサで、服もなんやこう…くたびれとった」


詳しく説明しようと

昨日見た姿を思い浮かべた。


初めて見た時は

遠目だったけど

割と短髪でこざっぱりした印象だった。


だけど昨日近くで見た時は、

直毛っぽい髪質のせいか

髪があっちこっちにに向いていた。


あのボサボサ頭は、

隣のブリロックンで働いている

大三たいぞう兄ちゃんのように、

きっと仕事中はヘルメットか帽子を被っているのだろう。


あのシワシワのシャツからしても、

家事が得意でないことだけはわかる。


その割にグランパパの紙袋を

大事そうに抱えていた。

今になってそのギャップが可愛く思える。


「フフフ!」


「え……何?思い出し笑いやめ〜や!」


「ごめんごめん!なんやおかしゅうて」


思い出し笑いの理由も報告すると、

さっちゃんは「やっぱり」と言い、

こう断言した。


「千織、そん人、うちがジャッチしちゃる!」


「ジャッチ?どげんして?」


「今聞いた話を総合した結果、そん人は十中八九、ブリロックンの人ったい!」


「何で言い切れんの」


「だけんよう考え?そげん格好で電車ば乗らん!」


「うん……確かに」


「しかもボサボサ頭で勤務時間がバラバラ。こんでブリロックンやないはずはなかろうもん!」


「やけん、まだわからんて」


「バーベキューやな」


「バーベキュー?」


「ちょっとぉ!忘れとったと?会社主催のバーベキュー!」


「あぁ。覚えとーよ」


「あんた久しぶりの参加で忘れとうやろうけど、あれ、お隣(ブリロックン)と合同やけんね?」


「あっ、そうやった」


そう。毎年春になると開催される

会社主催のバーベキューは、

お隣と合同で行う年1の懇親会も兼ねている。


今や世界中で事業展開している

タイヤメーカーのブリロックンは、

実は我らが夕日シューズの原点である

地下足袋の製造からその歴史が始まった。


タイヤ工場は隣に移ったけど、

今私達が働いている工場で、

1番最初のタイヤが作られたらしい。


会社は分かれたけど、

原点が一緒だから

今だに交流が続いている。


もし、あの人が本当にお隣で働いているなら、

そこで会う可能性もある。


さっちゃんは勝手に張り切っているけど、

私はこの気持ちに戸惑っているから、

なんとなく気が進まない。


2人で話し込んでいると、

ベテラン裁断師のが、

赤いスイートピーを口ずさみながら通りかかった。


やっさんはこの街が生んだ永遠のアイドル

松田聖子さんの大ファンで、

よくこの歌を口ずさんでいる。


「春色の汽車に乗って〜海に〜連れて行ってよ〜」


「なんや今日はやっさんの歌がしみる〜!」


さっちゃんがそう言って

私をからかった。


「やめてよ〜」


「何?あーた方もようやく聖子ちゃんの良さに気づいたと?」


「いや、そういうわけや…」


「というか、そん歌が今のうったち(私達)にめっちゃうとるとよ!ね〜千織ちゃん♡」


「なんば言うとっとね……」


「そりゃよかね〜。人生の春ったい!ばってん俺も聖子ちゃんがおる限り、一生人生の春ば謳歌しとっとね!」


やっさんはそう言って

歌の続きを口ずさみながら去っていった。


往年の名曲と知りつつも、

これまでどこか古臭いと感じていた

赤いスイートピーが、

それからずっと

無限に脳内再生され続け、

さらに心の中がこんがらがってしまった。

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