第11話 大雅と過ごす休日

新しい環境で

あっという間に時間が過ぎてゆく中で、

久しぶりの休日がきた。


疲労が溜まっていたから、

昼過ぎまで寝る予定でいたが、

朝っぱらから大雅が押しかけてきた。


「兄貴〜!!」


「何だよ……」


見た目によらず、

規則正しい生活ができているのか、

寝起きではなさそうだ。


部署も違うし勤務時間もずれていたから、

久しぶりに会った気がする。


だが様子からして、

もう仕事にうんざりしているようだから、

とりあえず部屋に入れた。


「うっわ!兄貴の部屋、何もねー」


「そりゃそうだろ。買い物行く時間もなかったし」


「てかどげんして暮らしとん?」


「なんとかなるもんだよ。物がなくても」


カッコつけて

そんな強がりを言ってみたが、

実際はどうにもなっていない。


カップラーメンですら

コンビニでお湯をもらっているくらいだ。


案の定、大雅は職場の愚痴を言い始め、

キツいだとか嫌な奴がいるとか、

もう無理、などとぼやいている。


想定内の愚痴を聞きながら、

俺は昨日買ったパンの残りを

1つ大雅に渡し、朝飯をとり始めた。


「何これ!美味か〜!兄貴、洒落しゃれとっとね!やっぱ東京から来た人ったい!」


「東京は関係ないだろ。昨日パン屋で買ったんだよ」


「へぇ〜。ばってん俺レーズンは好かん!」


そう言ってレーズンを1つずつ外しながら、

パンが入っていた袋にぶち込んでいる。


「レーズン嫌いなら先に言えよ…」


「いやいやいや、人からもらっておいて、そげん失礼なことできんばい!」


礼儀正しいんだか無礼なのか

よくわからない奴だ。


パンと大雅を見てふいに思い出した。

バスであの子と遭遇したことを。


言葉は交わさなかったが、

あの表情からして

きっと覚えていたはずだ。

以前、大雅がからかったことを。


あの時はただ申し訳ないのと

恥ずかしい気分にしかならなかったが、

近くで見てみると

確かにけっこう可愛いかった。


だけどなぜかそのことを

大雅に言う気にはなれない。


大雅は真っ赤でド派手な

上下セットのジャージに

安っぽい金のネックレスという出立いでたちで、

自分の部屋のようにくつろいでいる。


「そういやお前、ここ地元なんだよな?」


「地元っす!生まれも育ちも久留米ばい!」


「だったら寮じゃなくて家から通ってもよかったんじゃないか?」


なんの考えもなくそう言うと、

大雅の顔が曇った。


「いや……悪い。言いたくねーこともあるよな?」


「よかよか!俺こんなやけん、親から嫌われとーよ」


笑いながら言っているが、

コイツは俺と同じなのだと思った。


「そっか」


「他になんか知りたかこつあっと?」


「あ〜、そうだなぁ……」


「買い物すっとこやら、きれか姉ちゃんおる店やら、なんでも教えるばい!」


「そりゃ助かるわ」


「おっ!兄貴も好きもんやね〜!」


「ちげーよ。お前と一緒にすんな!とりあえず、ホームセンターとかスーパーだけ教えろって」


「またまた〜!あとでも教えちゃるけん!」


「いいって(笑)」


溜まりに溜まった洗濯物を

寮にある共同の洗濯機で洗った。

大雅も俺と一緒になって洗濯し、

午後は一緒に買い物に出ることにした。


「そういえば岡部さんは?最近見た?」


「あ〜、岡部の兄貴は昨夜からおらん」


「昨夜から?」


「あっ、兄貴知らん?あん人バツイチで、なんちゃかっちゃ元嫁と子供んとこ行っとーんやなかと?」


「え?岡部さん、バツイチなんだ……」


知らなかった。

まぁ、あの初日しか

まともに顔を合わせていないし、

そんな家庭事情を話すほど

親しくなっていない。


感じがよく常識もあるあんな人でも、

結婚に失敗するのかと愕然とした。


「てか、なんでお前がそんなこと知ってんだよ」


「あ〜、俺あん人とたまに休憩一緒やったと。ばってん色々話しとったら、そげん言うとった」


「なるほどなぁ」


一見、悩みなど抱えてなさそうな人達が、

それを隠しながら生活している。


俺だってそうだ。


他の人からすれば大した悩みではなくても、

人からあれこれ言われたくないほど、

こじらせていると思う。


「そろそろ出るか」


「おう!んじゃまずホームセンターでよか?」


「うん。けどそこまでどうやって行く?」


「車に決まっとー!」


そう言うんだから

車を持っているのかと思いきや、

どうやらないらしく

レンタカー屋で車を借りた。


金はかかるが色々買ったら

それらを持って帰らねばならない。

だから他に方法もなかった。


「なんで俺が運転すんだよ」


「ばってん兄貴が借主かりぬしやけん、俺が運転したらだめやろ?やけん俺はナビったい!」


まぁいい。久しぶりの運転は

案外気晴らしになった。


電気ケトルやフライパン、

食器や生活用品を買い込み、

最後にスーパーに向かった。


「兄貴、酒飲みます?」


「いや、ダメだろ。運転してんだぞ」


「違う違う!普段飲むかってこと!」


「まあたまに。毎日ではないよ」


「へぇ。俺は毎日!仕事終わりに駅前のコンビニで買うて速攻飲んどる」


「お前まさか、コンビニの前で座り込んでじゃないだろうな?」


「あっ、それそれ!うんこ座りしとう!」


「はぁ?迷惑だからやめろ!」


「ハハハ!すんまっしぇ〜ん」


1番関わりたくなかったタイプの人間と

なぜか親しくなっている。

だけどなんだか、

コイツといると心地ここち良かった。


翌日、出勤すると

事務所で原さんに話しかけられた。


「ちっとよか?」


なんだろう……

また何か言われるのではと身構えると

『年に一度の合同懇親会』

と書かれたA4サイズの紙を渡してくる。


「これ、なんすか?」


「見てわかろうもん。もうすぐ懇親会あるけん。出席するかせんかんとこ、今日中に丸つけて提出して。忘れんでよ?」


いきなり渡してきて今日中って……

明らかに自分が渡し忘れてただけだろうに。


「わかりました」


朝から原さんの態度に腹が立ったが、

作業に入るとすっかり忘れていた。


その件を思い出させてくれたのは

生島さんだった。


「そういやぁ聞いたと?バーベキューんこつ」


「あぁ〜、懇親会がどうのってやつですか?」


「そうそう!まぁまだ入ったばっかで困るじゃろう。ばってん楽しかよ?」


「へぇ〜。どうすっかな」


「うちだけやなくて隣の夕日シューズと合同やし。ここだけの話……向こうは女の子も多いけん」


ふくみを持たせた言い方をし、

ニヤっと笑った生島さんは、

ちょっと引いている俺に気づき、

こう付け加えて誤魔化した。


「俺の妹も来るっちゃん。良かったら一緒にかたらん?(参加しない?)」


正直、面倒だとは思ったが、

岡部さんや大雅も参加することを知り、

参加に丸をつけ提出した。


そして懇親会当日、

会場となっている筑後川の河川敷にやって来た。

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