第6話 最古の寮

寮母さんに部屋を案内され、

ようやく1人になれた。


まだこっちに来ただけだというのに

どっと疲れてしまった。


1Kのこの部屋にあるのは

エアコン1台とベッド。

コンパクトなキッチンとちょっとした収納棚。

ありがたいのが各部屋に

ユニットバスがあることだった。


光熱費は給料から引かれるらしいが、

Wi-Fiも使えて通信費は会社がもってくれる。

もちろん家賃は取られない。


1人暮らし初心者にとっては

助かることばかりだ。


先に送っていた布団と衣類、

多少の生活用品は部屋の中に置かれていた。

持ち物はそれらと持ってきた鞄だけだ。


寮母さんいわく

ここはブリロックンが所有する寮の中で

最古の寮だという。

だろうな、と思った。


そんな三階建てのボロアパートの

1階の角部屋で新生活が始まる。


ずっと実家暮らしだった俺からすれば、

狭かろうが古かろうが初めて持つ城だ。


そう思うと清々しい気分で

妙に嬉しくなったが、

体は重かった。


荷解きをする気力も起きず

鞄を枕に寝っ転がる。


考えてみれば、

九州に来たといっても、

これまで住んでいた東京都下と

大して変わらないはずなのに、

空気や人種まで違うように思えて、

まるで外国に来た気分だ。


目を瞑ると一気に眠気が襲ってくる。


あぁ、明日の準備もしなくちゃな。

初日から遅刻はできんぞ。


そう自分に言い聞かせるも

どうにも目が開かない。


職場が変わるたびに、

最初はこんな風に疲れたが、

家に帰れば切り替えができていた。


結局、あんな家でも落ち着いていたのか。

そうか。俺にも里心というものがあったのか。


あんな親でも一応、

飯も作ってくれたし、

洗濯や掃除もしてくれていた。

風呂だって沸いていた。


これからは全部

自分でなんとかせねばならない。


それでも両親の顔を思い浮かべると、

途端に脳内から追い払ってしまう。


あの見下した目と

俺を見るたびに吐いていた溜息ためいき


心細さに負けるわけにはいかない。

今に見てろと体を起こした。


「腹へったな……」


とりあえず何か食うかと

途中で買ってきたカップラーメンを出し、

キッチンに立って気づく。


「あっ、ヤカンもポットもねーじゃん」


タイミングを見計らっていたかのように

玄関をドンドン叩いてくる奴がいる。


「兄貴〜!メシ食いに行かん?」


さっさと腹を満たして眠りたかったが、

なすすべもなく

同期となった2人と飯を食いに行くことになった。


ドアを乱暴に叩き、

俺に「兄貴」などと言ってきたのは

不届者ふとどきものの池田大雅だ。


初対面から印象は悪かったが、

それでもどこか愛嬌があるように思えたが、

ここにくるまでのバスの中で、

見ず知らずの若い女性をからかい、

一緒にいた俺と岡部さんまで頭を下げる羽目になった。


そのことをキツめに注意したからか、

「兄貴」などと呼びだした。


「こん近くに美味うまかラーメン屋があるとです!」


「あっ!知っとー!翔龍軒しょうりゅうけんやろ?前に来たことあるばい!」


「美味いっちゃんね〜?俺、ここのラーメンがいっちゃん好きばい!」


「へぇ〜」


地元民がそう言うのなら

間違いないのだろう。


決して小綺麗な店ではなかったが、

無口な親父が1人で切り盛りしている

小さな店だった。


店に入ると豚骨スープの独特な匂いに

しばらく鼻をやられたが、

年季の入った壁やメニューの色で、

やはり間違いない店だと確信した。


久留米はとんこつラーメン発祥の地と聞いたことがある。

だからか来る途中も

やたらラーメン屋を見かけた。


「俺、バリカタ!」


「俺は、カタで!」


「俺は……普通で」


カウンターに座り、

生ビールで乾杯し餃子をつまみながら

ラーメンを待った。


俺は東京でも

注文の仕方に流儀があるようなラーメン屋に

そうそう入ることがなかったから、

本場の作法がわからない。


だが2人が言っていたのは

麺の硬さだということはわかった。


すでにテーブルには

刻んだ青ネギや紅生姜、

高菜などが置かれている。


すると真ん中の席に座った池田が

ニヤニヤしながら上機嫌に言う。


「いや〜、今日はよか日ばい!」


すかさず岡部さんがそのわけを聞いた。


「ハハハ!そげんよかことあったと?」


「そりゃあそうったい!兄貴達と知り合うて、可愛い子とも出会うたやろ?こげんよか日はそうそうなかとよ!」


「は?可愛い子って、まさかさっきバスでちょっかい出した人のこと?」


「他におらんやろ!あ〜っ!あの子バリタイプや〜。また会えんかな〜」


「お前!ようそげんこと言えんな〜(笑)」


「ほんとだよ。明らかに嫌がられてただろ!」


「ばってん、ばっちし印象に残ったはずやけんね!」


「どんだけポジティブなんや(笑)」


「すごいメンタルだな…」


岡部さんはずっと穏やかで

この人がいて良かったと思った。

池田大雅と2人だったら

先が思いやられただろう。


「大将!替え玉たのんます!」


だが、コイツの天真爛漫さに

どこか救われた気がした。


「よっしゃ!こんで明日も頑張れるとね!」


「寝坊すんなよ?」


「兄貴もな!」


「じゃあ、また明日!」


そして翌日から

新天地での勤務が始まった。

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