第4話 変わらない毎日

私は一度も

九州から出たことがない。


そりゃあ親戚や友達の結婚式、

修学旅行なんかで東京や大阪に行ったことはある。


だけど周りの子達みたいに

県外で進学したり就職することは叶わなかった。


このまま一生

ここで暮らし

ここに骨をうずめるのだろうか


そんなことを時々考えるけど、

変わらない毎日をただ繰り返し、

月日だけが過ぎてゆく。


それも幸せなのかもしれないと

半ば人生を諦めている。


ばってん、一度でいい。

こっから飛び出してみたか。


好きなことをやって、

自由に、思うままに生きてみたい。


できれば素敵な人と出会うて、

そん人と新しい人生をば歩んでみたい。


そげん思うんはいけんことなんかな。

贅沢な夢なんやろうか。


同級生達のSNSには、

うちからは想像もできん

華やかで楽しそうな暮らしが映っている。


千織ちおりもインスタやらんねー」


「うちはよかよー。人に見せれる写真ば撮れんけん」


休憩中、同僚のさっちゃんが

しきりにそんなことを言ってくる。


さっちゃんとは高校から一緒で、

卒業とともにこの会社に入った。


私達は今年

入社から丸10年となり

中堅社員になってしまった。


社員と言っても実質パートだ。

高卒だから、

どんなに頑張ろうとそう給料は上がらない。


勤続3年、5年、そして10年で

ほどこし程度の昇給はある。


特に入社から10年ごとには

永年勤続を労った

報奨金という名のボーナスと

表彰状がもらえるらしい。


つまり私達は今年、

それらをいただけるのだ。


「どっか旅行でも行く?海外とか行っちゃう?」


早食いのさっちゃんは

10分少々でお弁当を完食し、

1時間の昼休憩を持て余している。


「そげん大金もらえるち、ほんとに思っとー?」


「え!?貰えるじゃろ。10年も勤めたんやけん!」


「はぁ……。よかね〜、さっちゃんは。お気楽で」


「なんねー。夢は大きか方がよかばい!」


会社に不満はない。

昇給がほぼない代わりに

こうして多少のボーナスは出るし、

有給や希望休の融通もきく。


仕事は完全分業制のライン作業。

社員数は多いけれど、

基本、コミュニケーション能力は問われないし、

追い詰められるほどのノルマもない。


時々検品のうるさい人が

小言を言ってくるくらいで、

持ち場の数名とだけ意思疎通が取れればいい。


安全第一。

そして品質さえ保たれていれば文句は言われない。そこがこの職場のいいところだと私は思っている。


今日も製品の皮を

決められたサイズごとにミシンで縫い合わせる。


明治時代から続く老舗の靴メーカー

ここ『夕日シューズ』は今日も平和です。


終業のベルが鳴ると、

500名以上いる従業員が一斉に帰宅を始める。


朝8時から始まって

夕方5時にきっちり終わる。


時々残業もあるけれど

基本定時に上がれるから助かっている。


隣接しているタイヤ工場は

三交代制だから帰宅時間が被ることはない。


だから最寄りのJR久留米駅までの道のりは

ほぼうちの従業員達が占領している。


私はこの帰宅ラッシュの波を

いつも早足で追い抜いてゆく。


一刻も早くバス停に着いた者が、

限られた座席を勝ち取れるからだ。


なんたって自宅がある隣町となりまち八女やめまでは、

片道1時間はかかるバス移動だ。


いつもぎゅうぎゅうの鮨詰すしづめ状態になるほど混むから、朝も夕方も早めに出て、できるだけバス停に並ぶ列の前方にいたいのだ。


「ちょっと千織ちおり〜!そげん急がんでよ〜」


「何?早う行かな座れんやろ?今日は1分も出遅れたけん、もう走らな!」


小走りでさっちゃんを置きざりにすると、

後ろから大声で何か叫んでいる。


「もうっ!来月のバーベキュー、どげんすっと〜?うちは出るけん、千織も出席でよかね?みどりさんからかされとうよ〜!?」


さっちゃんが言っているのは、

毎年恒例の懇親会を兼ねた

会社主催のバーベキューのことだろう。


私達が所属するミシンチームの

リーダー的存在である

代表して参加人数を上に報告するから、

数日前から参加の可否を聞かれていた。


正直、休日までこっちに来るのが面倒で、

即断そくことわろうと思っていたけど、

もうここ数年、色々理由をつけては断っているし、

今年は勤続賞ももらえるからと、

すぐに欠席と伝えるのも気が引けて、

回答を先延ばしにしていた。


さっちゃんは私が出るなら出ると言い、

同じく回答していなかった。


しびれを切らしたみどりさんが、

いよいよかしてきたのだろう。


この時、いつもより急いでいた私は、

半分ヤケクソになってこう答えた。


「うん!よかよか!」


この適当にした返事が、

自分の人生を大きく揺るがすことになるとは、

この時は思いもしなかった。





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