第3話 新天地

九州には子供の頃、

親に連れられて何度か来たことがある。


それは母親がこっちの出身だったからで、

夏休みに遊びに来る程度だったが、

両親共働きになってからはそれもなくなった。


爺ちゃん婆ちゃんはまだ存命だが、

もう10年以上、会っていない。


なぜ俺がさほど抵抗なく

こんな遠い所まで来られたかと考えた時に、

少なからず2人の存在があったからだろう。


「あっ、もしかして門田もんたさんですか?」


待ち合わせていた

こっちの派遣会社の担当と空港で合流した。


「門田晃です。よろしくお願いします」


「あ〜っ、よかったばい!スマホ忘れてしもて見つけられるか心配で!田中と申します。どうぞよろしくお願いします!とりあえず行きましょうか!」


大手の人材派遣会社だけあり、

エリアごとの担当者が現地まで同行してくれる。


東京でもそうだった。

だいたい初日は就業先の最寄駅で集合し、

ゾロゾロと現地まで歩いた。


いい歳をした大人達が

引率されている修学旅行生のようで

若干気恥ずかしい思いもあったが、

初日だけ我慢すればやり過ごせた。


だがさすがに今回は東京からやってきたイレギュラーな人間は俺だけで、迎えに来てもらったこの人に申し訳なくなった。


「なんかすいません。俺1人なのに来ていただいちゃって」


「なんもなんも!そげんこつ気にしぇんでください!」


車に乗せてもらい世間話をしているうちに

だんだん打ち解けていき、

田中さんもお国言葉で話し始めた。


「それにしても、門田しゃんはラッキーやったばい」


「何がです?」


「ブリロックン言うたら、ここらでもなかなか空きが出ん有良企業だけん。これまでも求人出すと途端に埋まるくらいったいね〜」


それを聞き、また申し訳ない気分になる。

地方は東京以上に働く場が少ないだろうし、

だからこそ企業は地元の人間を雇いたいはずだ。


「ばってん、僕は嬉しかです」


「え……?」


「それはそうったい。若い人は皆、こげん田舎は嫌や〜ち言うて、都会に出ていってしまうに、門田しゃんみたいに働き盛りん人が来てくんしゃった。ありがたかことばい!」


「はぁ……」


社交辞令だろうが、本当に嬉しそうにそう言って鼻をすするこの人に、東京ではあまり感じなかった温かいものが伝わってきた。


車に乗ること1時間足らずで

九州南部にある筑後地方に入った。


耳納みのう連山という緩やかな山並みを過ぎると、九州最長の河川、筑後川ちくごがわを渡る。


筑後川が生み出した広大な筑後平野。

そのほぼ中心に俺の新天地があった。


「この川の向こうが久留米。意外と都会でしょう?」


「まぁ、そうっすね……」


久留米は福岡県内でも3番目に大きな街だという。確かにど田舎ではなく、とはいえ大都会でもない。ベッドタウンといった印象だ。


これまでいた東京の郊外とそう変わらない。


なんならここが八王子や立川だと言われても、

なんの違和感ももたないと思う。


同時期に入る派遣は他にもいるらしく、

その人達と合流するため

待ち合わせ場所のJR久留米駅に寄った。


車内で待っていると田中さんが

その2人を連れてきた。


見るからに覇気がない男2人が

後部座席に乗り込んだ。


助手席にいる俺は

振り返って軽く会釈をし、

「どうも」とだけ挨拶した。


1人は普通に返してきたが、

もう1人は目も合わせず大きくため息を吐き、

どかっと足を開いて座り、

いきなりスマホをいじり出した。


なんだコイツ……


明らかに20代そこそこだが、

態度も体も大きそうだ。

短髪だが癖毛で金髪、

格好は一昔前のヤンキーだ。


だが派遣ではたまに見るタイプの人間だ。

気にしていないフリをし前を向いた。


「そんじゃあ皆さん、お揃いになりましたんで出発します!」


田中さんも色々な人を見てきたのだろう。

ちょっとクセのある奴であっても

気にも留めていないらしい。


それに比べて俺は、

この手の人間に出くわす度に毎度気分が悪くなる。


気を紛らわそうと外に目を向けると、

駅前のロータリーにある巨大なタイヤのモニュメントが視界に飛び込んできた。


「すげぇ……なんだあれ」


他の2人は無反応だったが、

俺は思わず声に出して反応してしまう。


「あぁ、そうね。門田しゃんは初めて見るっちゃんね!そりゃここはブリロックンの城下町やけん。ばってん、こげんもんやなかとよ?こん先は右見ても左見ても関連の建物ばっかしたい!」


この街が日本が世界に誇るタイヤメーカー発祥地だということを、いきなりまざまざと見せつけられた。


実働は明日からで、

今日はこれから諸手続きと事務所に挨拶をしに行く。


そして作業着などを受け取り、

住まいとなる寮に向かうだけだ。


就業先の本社工場に着くと、

独特な匂いと機械や金属音が五感を刺激した。


ここで働くのか……


工場内が少しだけ見えたが、

薄暗く、けたたましい音だけが鳴り響いている。


本社工場というだけあり、

敷地は想像以上に広そうだ。


まだ外観の一部しか見えていないが、

とんでもなく規模が大きいことが、

永遠と続く外壁からもわかった。


事務所に通され、

原さんという中年の女性社員から

就業規則や労働時間などの説明をされ、

書類にサインをした。


原さんは慣れた様子で資料にだけ目を向け、

淡々と話し、話し終わるとようやくこちらを向き、恨みでもあるかのような、おっかない顔でこう言った。


「突然おらんこつなるんだけは勘弁してね?」


突然いなくなるな、か……

恐らくそういう事が何度かあったのだろう。


責任のない非正規ならありえるし、

そうでなければそうせざるを得ないほど

ここがキツい職場という事なのか…


不安がよぎったが、

思い返せばこれまでも連絡もなしに突然現れなくなった人間を山ほど見てきた。


作業着のサイズ合わせをし、

ロッカーの鍵を渡され、

「職場案内はまた明日」と告げられ外に出た。


俺達が外に出てからも、田中さんはまだ事務所で何かしているらしく暫く待たされた。


そこで初めて同僚となる2人と口をきいた。


「自分、岡部卓也おかべたくやちいいます。歳は39。宜しゅうたのんます!」


感じのいい方の人が

笑顔で自己紹介をしてきた。


「門田晃です。こちらこそよろしくお願いします。あっ、歳は32です」


先に言われたから

年齢まで明かしてしまった。

すると感じの悪い方がクククと笑い

「なんやそれ(笑)」と言った。


バカにした笑い方にカチンときたが、

どう考えても歳下であろうこの男に、

いきなり怒鳴りつけるのもどうかと思い、

ぐっと堪えた。


だが年長者の岡部さんは

彫りの深い顔をくしゃっとさせて笑い


「ハハハ!よっしゃ!つかみはオーケーばい!」


「はぁ?なに勘違いしとー。ウケたんやなか!おっちゃんらの話ばバカにしただけったい!」


「おっちゃんって誰のことだよ」


思わず口に出していた。

せっかく岡部さんが場を和まそうとしているというのに、失礼極まりないこの男の態度に我慢の限界がきた。


「おっ!のってきよった。スカした兄ちゃん!ていうか自分、どっから来たと?その喋りやと……まさか東京?」


「おい、その前にあんたも自己紹介しろよ。失礼だろ」


大人気おとなげないとは思ったが、

偉そうに言ってしまった。


だが意外にもこのヤンキー崩れは、

素直に自己紹介をしてきた。


「俺、池田大雅いけだたいが!歳は22。生まれも育ちも久留米ったい!やけんそげんえずか顔(怖い顔)せんで、お手柔らかに頼むばい!」


「お、おぉ。俺、今日東京から来たばっかで、色々世話になります」


「え!?すげぇ!やっぱ東京から来たと?」


「まぁ、うん。東京っつってもはしの方だけど……」


「え?なんでこげん田舎に来たと?東京の方が山ほど職あるやろ?何?なんか悪かこつでもしたと?真面目そうな顔して、実は前科もんとか?うっわ〜!やっぱ東京こえ〜!!」


「はぁ?……」


「まあまあ!(笑)ほれ、田中さん来んしゃったばい」


いきなり喧嘩越しになってしまった手前、

逆にバツが悪くなったが、

このやり取りをきっかけに、

なんとなく打ち解けた気がする。


田中さんとはここでお別れだ。


地図と部屋番号が書かれたメモを

それぞれ渡され、

寮への行き方の説明を受け、

久留米駅で降ろされた。


「すいましぇんね〜。私の役目はここまでったい。そんじゃあ、また近いうち顔出しますけんね!」


寮は隣接した八女やめ市との境にあった。


30分ほどバスに揺られ、

メモに書かれたバス停で降りた。


バス停からは近かった。

団地というか古いアパートのような

同じ外観の建物がいくつか並んでいる。


社員になれば

工場に近い寮に入れるらしいが、

今のところそこは満室らしい。

だからしばらくはここから通うことになる。


寮母さんという

寮を管理しているお婆さんに挨拶に行くと

深くシワが刻まれた手から鍵を受け取った。


ほとんど聞き取れない九州言葉だったが、

ニコニコ言われたその一言は、

通訳なしでも意味がわかった。


「気張りんしゃい」

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