第2話 覚悟を決める

てっきり都心か東京近郊だと思っていた。


それもそのはず通常求人は、

登録住所から割り出されたエリアしか

募集はかからない。


どうして東京住みの俺が

福岡の求人にエントリーしてしまったんだ……


呆然としていると

尾崎さんが申し訳なさそうに


「すいません。やっぱり誤解されてましたよね?」


「はぁ……いや、俺もすいません。ちゃんと確認しないで」


「実は九州エリアにのみ発信するはずのこちらの案件を、うちのミスで東京エリアの皆様にも誤送信してしまったようで……」


「なるほど」


「送信後、数分で担当部署の者が気づいて取り消したんですが、その数分の間に門田もんたさんがエントリーされていたようでして……」


俺の確認ミスでもあるのに

尾崎さんは額に汗を流しながら

ひたすら謝罪し説明している。


「わかりました。取り消してください」


事情には納得したが

少しだけ残念な気分になった。

すると尾崎さんがこう続ける。


「ただ、もしも門田さんさえよろしければ、このままご紹介もできます」


「はい?ご紹介って……てことはこのまま採用されて福岡に行く選択肢があるってこと?」


「もちろん、ご希望であれば、という話なんですが」


「はぁ……」


「こちらの不手際なので当然ですけど、実は今、向こうでの求人を停めていまして。門田さんのご意志を確認してから、改めて地元の皆さんに募集をかけようという判断でおります」


「じゃあ俺がこのままエントリーしたら、地元で募集かけないってことっすか?」


「いえ、もともと複数名募集予定でしたので、門田さんが決まっても求人はあげますが、なにぶん地元で出しちゃうと秒で枠が埋まる可能性もなきにしもあらずで……なのでいったんストップかけてます!」


「あ〜、そういうこと」


「あちらが本拠地の企業様ですし、お膝元の地域で募集かけたらすぐ反響はありますよね。ですが正直、工場でのライン作業って3K(きつい、汚い、危険)のイメージが拭えないみたいで、あれだけの企業でも最近は人手確保に苦戦されてるようです」


「でしょうね。ていうか、ブリロックンって東京にも工場ありますよね?北多摩だっけ。そっちは求人出してないんすか?」


「あ〜……あるはあるんですけど、経験者かもしくはフォークリフト免許をお持ちの方に絞られてるんです。お持ちでしたっけ?免許」


「経験ないし、普通免許しか持ってないっすわ……」


「ですよね〜。すいません無理言って。では申し訳ないのですが、この件はキャンセルということで」


尾崎さんは代わりにと

様々な職を紹介してきた。


だが俺は

そのどれも気乗りしなかった。


いくら似たような待遇とあっても、

どこか釈然とせず、

あの時即決したような

ワクワクした気持ちにはなれなかった。


煮え切らない俺に痺れを切らしたのか、

尾崎さんは今すぐ決めなくてもいいと、

話を終わらそうとしている。


そこで俺は

自分でも信じられない衝動に走った。


「やっぱり、久留米行きます」


「はい?」


「俺、福岡行きます。行かせてください」


その後のことは

よく覚えていない。


だが必要書類を渡され、

福岡行きの航空券を用意してくださると

帰り際に言われたことだけ頭に入れた。


詳しい日程などは後日連絡が来た。

その時も「本当に大丈夫か」と聞かれたが、

もう迷いはなかった。


とりあえず3ヶ月は派遣雇用。

その後は向こうで面接を受け、

直雇用か否かが決まる。


尾崎さんは

どうしても合わなければ

そこで帰ってくればいいと言ってくれた。


それは優しいようにも聞こえるが、

俺の働き方次第で

派遣先がそこで切る場合もあるからだろう。


両親に福岡行きを伝えると

またうだうだ言われたが、

もうここには戻らないつもりで荷造りを始めた。


2週間後、

誰の見送りもないまま鞄1つで飛び出した。


大丈夫だ。


こっちではうまくいかなかったが、

俺は向こうで生まれ変わる。


なんの根拠もない自信だけが、

今の俺を突き動かしている。


どうせどこに行ってもポンコツだろうが、

このまま一生

あの人達に見下されながら

自分を卑下して生きていたくはない。


飛行機の窓から見えた下界の景色は、

そんなよどみまくった俺の心とは真逆に

澄んだ世界が広がっていた。


「この飛行機は、まもなく福岡空港に着陸いたします」

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