第1話 とんだ勘違い

「じゃあ、1年間お疲れ様でした」


「お世話になりました」


どんなに頑張って働こうと

雇用期間が終わればあっさり切られる。


何度こうして職場が変わったことだろう。


初めの頃は

わかっていても意気消沈していたが、

慣れとは恐ろしいもので、

その日のうちに

もう次の就業先を調べている。


門田晃もんたあきら 32歳。


新宿に本社を置く日本最大級の人材派遣会社に登録し、早7年が経った。


コールセンターやデータ入力など、

主に事務仕事をいくつも繋ぎ、

時には唐揚げ専門店や高級食パン店など

流行に乗った一時的な商売にも飛び込んだ。


正直、どれも面白くなかった。


ただ決められたことを

決められた時間内にこなす。


嫌なことがあっても

終わりが見えているからなんとか耐えられた。

それが派遣のいいところでもある。


スマホを見ながら

家路に急ぐ群れの中に混じり、

流されるようにして駅に吸い込まれてゆく。


ここは京王線と小田急線が停まる

多摩センター駅だ。


少し離れた場所には、

東京都西部の多摩地域を南北に繋ぐ

多摩都市モノレールの駅もある。


多摩丘陵を開発して生まれた

多摩ニュータウンの中心的なこの街は、

住んでいる人、働きに来ている人が大勢行き交い、立ち止まる者などいない。


駅前から続くパルテノン大通りは

不自然なまでに小綺麗で、

街路樹の緑も、その向こうに続く山並みも

全部嘘くさく見えた。


派遣社員も契約社員も

アルバイトもパートも正社員も

皆、会社を出れば同じ。

満員電車に揺られ帰るべき場所に移動する。


何食わぬ顔でここに紛れているが、

俺はいったい、どこへ帰ればいいのだろう。


いや、帰る家はある。

30を過ぎても実家暮らしで、

1度も1人暮らしをしたことがない


そんな独身無職の俺は、

高学歴で就職にも困らなかった両親からすれば、恥でしかないのだろう。


三流大学に入るのが精一杯で、

そのうえ最後の1年は留年までした。


その頃から期待もされず、

一家団欒という空気はなくなった。


顔を合わせれば小言を言ってくるから、

ここ数年は顔を合わさないようにして暮らしている。


案の定、派遣期間が終わったこの夜、

待ち構えていたあの人達は


「俺達の時代は死ぬもの狂いで働いた」

「もっと真剣に自分の人生について考えろ」


と責め立ててきた。

そう言いたくなる気持ちもわからなくはないし、俺自身、そんなことはずっと思っている。


だが反論すれば

倍以上になって返ってくるから、

こういう時は嵐が過ぎるのをひたすら耐えるだけだ。


ようやく終わると

2階の自室に籠り、

電気もつけぬままスマホを持って

ベッドに潜り込んだ。


そして、

下から聞こえてくるボヤきをかき消すように

イヤホンをつけて音楽を聴き、

派遣元から届いていた求人情報を開き、

スクロールしながら品定めをする。


倉庫管理、データ入力、

工場内のライン作業……etc

いつ見ても同じような求人が並んでいる。


だがその中で

今まで目にしたことのないワードが飛び込んできた。


【タイヤの製造スタッフ募集】

寮完備 資格不問 未経験歓迎

5勤2休の3交代制

派遣期間3ヶ月後に直接雇用切り替え予定

社員登用率95% 福利厚生充実 

夏季・年末年始長期連休あり

転勤なし 月残業20h程度 月給28万〜35万


うたい文句はよく見るものだったが、

魅力的なのは、社員登用率95%と寮完備。

そして派遣期間3ヶ月後に直接雇用切り替え予定

という部分だ。


もうこの家とはおさらばしたい。


さすがにこの歳で実家暮らしなのも

どうかとも思っていたし、

いい機会だ。ここを出よう。


しかも社員にさえなれば、

もう口うるさいことを言われずにすむ。


やりたい仕事かどうかなんて

どうでも良かった。


とにかく今の俺には

これ以上ない求人としか思えず

迷わず応募ボタンを押した。


後日、派遣会社から連絡が来る。


馴染みの担当者から

念のため確認したいことがあると

最寄駅の喫茶店に呼び出された。


承知したものの何か引っかかる。


いつもならメールでのやり取りで

採用か不採用かの知らせがくるだけだ。


比較的長い期間、派遣先に就業した場合、

定期的に面談することはあったが、

まだ就業も決まっていない段階で

担当者に呼ばれることなどこれまでなかった。


俺とそう歳も変わらない

担当者の尾崎さんは、

待ち合わせした喫茶店にすでに着いていた。


「お待たせしてすみません」


「いえ、こちらこそお呼びだてしてしまい、申し訳ございません!」


この人はよくここで仕事をしているのだろう。

ソファー席の角を陣取り、

俺が席に着くと開いていたパソコンを閉じ、

資料で散らかっていたテーブルを片付けた。


「すいませんね。仕事が溜まっちゃってて。あっ、何飲まれます?ここはもちろん僕が出しますんで」


「いいすっよ、そんな」


この人も正社員といえど薄給だろう。

いつもヨレヨレのスーツを着ているし、

左手には結婚指輪がはまっている。

家族もちで人材派遣会社の営業職。

懐具合ふところぐあいなんて知れている。


まぁ、俺よりマシか。


アイスコーヒーを注文し、

少し世間話をすると本題に入った。


「で、今回エントリーされたところですけど、本当に大丈夫ですか?」


「はい。一通り募集内容は確認しましたので。もしかしてもう定員に達したとか?」


「いえいえ、そうじゃなくて。門田もんたさん、今までエントリーされていた雇用形態が派遣雇用だったので、今回は直雇用になり得る就業先ですし……」


「別にそこにこだわりないですよ。たまたま今までは派遣でしたけど。第一、大して変わんないでしょ。派遣も正社員も」


「ですよね!はい。むしろ直雇用の方が安定してご就業いただけますし、今回エントリーされた会社は日本が世界に誇るタイヤメーカーです。こちらとしては胸を張っておすすめしたいところですが……」


「何?なんかあるんすか?他に問題が。あっ、俺……なんかやっちゃってます?」


派遣先から派遣元には、

業務評価が伝わると聞いたことがある。


勤務態度が悪いとか遅刻欠席が多いと

契約期間内であっても切られることがあるし、

逆に評価が高いと延長されたり

そのまま直雇用されるケースもあった。


いいのか悪いのか、

俺はどちらにも選ばれたことがない。


「いやいや、門田もんたさんはどこに行かれても評価高かったですよ!勤務態度も勤怠も問題なしのエリートです!」


エリートって……

派遣は派遣だ。

優秀だろうとなかろうと

雇用期間が終われば放り出されるのに、

かえって嫌味にも聞こえる。


だがこの人はあまり深く考えずに発言することがある。

それを知っているから特段腹も立たない。


「じゃあ、なんなんすか?こんなとこまで呼び出して」


「すいません。あの……勤務地なんですけど。まっ、門田もんたさんのことですから、よく確認された上でエントリーいただいているとは思ったんですが、万が一誤解されてたら大変だと思いまして……」


「は?勤務地?」


そう言われて初めてハッとした。

そうだ。そんな大事なことをよく見ないまま

飛びついていた。


確か久留米くるめって文字があった気がするから、

勝手に東京の東久留米と思い込んでいたが、

目の前の男が額に脂汗をかきながら固唾かたずをのんでいる姿に背筋がスーッとなった。


もしかしたら俺は

大きな勘違いをしているのかもしれない。


慌ててスマホを取り出し、

もう一度その画面を開くと


【勤務地】

福岡県久留米市

ブリロックン本社工場


「わっ!え!?」

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