第28話[魅惑の温泉回]

 「この温泉ものっすごくいいわ〜! ほら見て! 肌がスベスベよ、そままちも触ってみなさいよ」

「確かに、完全にツルツル」

「どこ触ってんのよ!」


 ……というのは、システムの果てしなく高度限界まで隔たりが作られている壁の向こうから聞こえてくる声だ。

 正確には声ではなくチャットが見えているだけだが……。


 今俺はトイノニアの大きな宿を贅沢にも貸し切り、温泉に浸かっているというわけだ。同じくしてパーティーを組んでいるスウとそままちは隣の女子風呂にいる。

 ゲームのくせに温泉は男女別にしてあるとはツワモノ設定だ。女性アバターで作ればよかったとこの時ばかりは思うね。待てよ、そういう奴も混ざってるんじゃないのか!?


 一人風呂の寂しさを紛らわせるのを言い訳に、普段オフにしてある頭上チャットテキスト表示をオンにして、女子風呂の会話を覗き見しているというわけだ。我ながら物凄く野蛮な事をしている自覚があるものの、男の子(おじさん)の好奇心は止められないのだ。


 とて、トイノニアにこんなに良い温泉宿が連なっているとは知らなかった。金銭さえあれば数週間単位で宿を借りることができる。ダンジョンなどで儲けたテレアは大量にあるので、とりあえずしばらくの拠点をプライベートの拠点にしようと思う。


 しかし絵面が寂しい。これが絵画として描写されるならば、甲冑を脱いだ赤い短髪の微妙マッチョが風呂に浸かっているだけの図だ。

 しかも隣の黄色い声をチャットで盗み見ているとまできた。ヘンタイじゃねえか。


「それにしてもササガワがギルドに入るって言い始めたのは意外ねー、作るって言い出すかと思ってたわ」

「ギルドを作るのは難しい。人を束ねるのはもっと難しいよ」


 そうか、もしかしてスウがどこにも所属しなかったのは、俺がギルドを立ち上げるのを待っていたのかもしれない。それだったらはっきり言えばよかったな。俺はギルドマスターに向いているタイプじゃあないんだ。

 どちらかと言えば、賢いリーダーの元で特殊な立ち回りをする役目が向いているだろう。人生のほとんどは、現実でもゲームでも不思議と同じくそのような立場だった。MMOPRGの面白いところは、組織の中で何となく現実と同じ様な立場にいることが多いところだったりするね。


「でもいいわ、[お寿司]もかなりオンラインゲームの手練れが揃っているようだから、[御伽集落]をひぃひぃ言わせられそうね!」

「むちょは強い、完全な最強のアーチャー装備。潜在的な動く能力も化け物」


 確かにむちょはプレイヤーとしては最強クラスだろう。ただ指揮者としてはどうなのだろうか。現状のギルドマスターはむちょではないみたいだし。攻城戦の指揮は一体誰がやるのか、今度聞いてみようと思う。


 それにしてもまずはレベリングだ。

 すでにレベルランキングの表示される100位までは70レベルで埋まっている。つまり最低100人以上はカンストの70レベルがいるということだ。

 俺もあと6レベルでカンストするが、ステータスを体力ばかりに振っている故に火力が無く、死ぬことは無いが狩り効率はどうしても上がらない。あと数日はかかるだろう。

 隣の風呂から「きゃっ」とか「おおきい!」とか楽しそうな声(チャット)を感じつつ、俺は攻城戦とギルドのことを考えていた。


 [お寿司]ギルドの拠点はトイノニアの中央の物凄ぉくデカい長屋を貸し切っている。権限設定でギルドと、連合の人は誰でも立ち入れるようになっているので何かと顔を出しているところだ。

 [お寿司]連合は、[放送完全版]、[かりょく]、[神話農民]の4ギルドで構成された連合だ。どれもギルド名としては不安定になる名前が揃っている……。


 対して[御伽集落]は連合を持たない単体のギルドだ。おそらく結束の硬さや連携は一つのギルドであるほうが高いだろうが、連合のほうが人を集めやすいし情報が広く多い。

 

 [お寿司]ギルドの宿に入ると、すぐにむちょさんと出会った。

「おぅ、ササガワさん。もうカンストした?」


 早速の圧がすごい。


「あと6レベですね。装備とステを特殊にしたのが仇となってレベリングはちょっと時間かかる感じです」

「確かに面白い装備をしてるもんね。また今度現状の装備を見せてくれないかな? 攻城戦前に調整してもらいたいんだよね」


「あまり変わってないですけどね、お願いします」


 [お寿司]のギルドの人はインターフェースからの情報では30人程度のようだ。宿には数人しか見当たらないので、ほとんどが出ていっているのだろう。


「むちょさん、[御伽集落]の人たちはどこに拠点を構えてるんですか?」

「ササガワさんまさか乗り込むつもりじゃないですよね? あとむちょでいいよ」


 俺に対しては『さん』づけで自分は呼び捨てを求めるとは。ちょっとやりづらい。


「彼らは初期の街ルーレンサの、酒場の裏あたりの小屋みたいな宿を借りっぱなしにして拠点にしてるみたいだね。最近は前線の攻略用にトイノニアの決闘広場を溜まり場にしているみたいだけど」

「それでルーレンサでよく[御伽集落]とすれ違ったのか……」


「あと[お寿司]のマスターって誰なんです?」


「今は仮置きで私のパーティーのナイトにやってもらってる。で誰をマスターにするか決めるよ」


 ……攻城戦の仕様次第? 指揮をする人がマスターをするのが定石じゃあないのだろうか。どちらにせよむちょはマスターをやりたがっていないのだろうな。良い候補の人物が他にいるのだろう。


「それと拠点だけど、いずれは自分たちで建てることができるようになるみたいだね。攻城戦の後くらいに実装されるみたい。それはそれで醍醐味だよねぇ」

 

 緑に光る弓を手入れしながらむちょは気さくに話してくれる。

「ハウジングですか、生活コンテンツ系も沢山入ってくるみたいで、そっちもワクワクですね」


「もっともですよねー。私は庭園を作ってそこでお昼寝をしたいです」

 意外だ。意外ではあるが、MMOPRGの最前線の人は生活コンテンツも物凄く深く楽しむ人が案外多いものだ。

 ちなみに俺は、家具を配置したりするハウジングはセンスが無いので小屋とベッドがあればいいや派。


「さ、はやくレベリングしてきてよ。攻城戦の練習戦もしないといけないんだからさ。全員が70にならないと始められないって言われてるんだ」


 それで皆にレベリングを急がせてたわけか。

 この人は本気で攻城戦に勝つつもりなんだと再度確信してから、俺は宿を後にし日々の狩りへ向かった。

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