第31話 うちのクラスメイトが外野でうるさすぎる




「……妙だな」



 魔女の家がある丘に向かう途中、馬車の御者台に座るメリッサさんが呟いた。


 俺は首を傾げ、メリッサさんに声をかける。



「何かありました?」


「いや、先程も同じような場所を通ったと思ってな」


「どこまで行っても草原ですし、変わり映えしない景色だからじゃ?」


「……いえ、メリッサさんの言う通りみたいね」



 刀神さんが俺の意見を真剣な面持ちで否定する。


 何やら警戒しているのか、刀神さんは剣に手を添えていた。


 そして、すんすんと鼻を鳴らす。



「同じ風、同じ匂い……。同じ場所をぐるぐる回っているというより、同じ時間を繰り返してるみたい」


「え? 気のせいとかじゃなくて? もしかして、魔女の罠とか?」


「……有り得るな。幻惑魔法かも知れない」



 幻惑魔法? 幻を見せる魔法かな?



「後ろめたいことがある魔法使いが身を隠すために使う魔法だ。自分の研究所へ辿り着かせないようにな。警戒しておけ。もしかすると噂は本当かも知れないな」


「「「「「お、おお……」」」」」


「……なんだ?」


「「「「「なんかこう、騎士っぽい!!」」」」」


「私は!! 騎士だ!! 忘れるな!!」



 そうだった。メリッサさんは騎士だった。


 クラスメイトとの定期連絡で、拠点強化班から元騎士たちが中層で楽しそうに働いている写真が届いたから忘れていた。



「コホン、話を戻すが。幻惑魔法となると厄介だぞ。草原を越えるどころか、出ることもできなくなったかも知れん」


「でも魔法なら真央がどうにかできるんじゃ?」


「んー。ごめん、お兄ちゃん。無理。たしかに幻惑魔法っぽいけど、私には破れないや」



 真央から詳しい話を聞くと、どうやら草原全体にかけられている幻惑魔法はかなり強力なものらしい。



「私、元々細かい操作が必要な魔法は苦手なの。こう、大量の魔力でドーンって全部壊すのは得意なんだけど」


「なるほど」


「ただの障壁なら高火力魔法のゴリ押しで破壊できるけど、なんていうか、これは複雑すぎる。作った人のこだわりなのかな? すっごい癖があるの」


「癖?」


「あれじゃない? プログラミングに出る癖とか」



 池照がそれっぽい例えで教えてくれるが、プログラミングがさっぱりな俺には分からない。


 というか池照、お前まさかプログラミングに精通してるとか言ったりしないよな?

 もしそうだとしたら、純粋にお前のことを尊敬しちまうぞ。


 などと考えていた、その時だった。


 不意に知らない女の子の声が、直接頭の中に響いてきたのである。



『ふふんっ、よくぞ言ってくれたのう!! この幻惑魔法は儂が二百年かけて組み上げた術式を使っておるのじゃ!!』


「「「「「こ、こいつ、直接脳内に!?」」」」」


『お、おう? なんじゃ、随分と息の合った連中じゃな?』



 どうやらメリッサさんを除いた全員で同じようなリアクションをしたことに声の主は驚いたらしい。


 俺は声の主に問いかける。



「もしかして、貴女が魔女さんですか?」


『ふっ、いかにも。儂は永劫の時を生きる、草原の魔女なのじゃ』


「おお、やっぱり!! ……あれ? でも丘の上に住んでるのに草原の魔女なのか?」


『うっさいのじゃ!!』



 怒られた。



『コホン。ま、まあよい。それよりもお主ら、何が目的かは知らんが、儂の領域に無断で立ち入ったことを後悔させてやろう』


「あ、すみません。実はちょっと聞きたいことがあってお邪魔したんです。少しお時間をいただけたら、すぐに立ち去りますから」



 俺は虚空に向かって話しかける。


 俺たちの会話に割り込んできたんだし、こちらの会話は筒抜けなのだろう。


 さて、魔女さんから何か返事はあるだろうか。



『ず、随分と礼儀正しい小僧じゃな。しかーし!! 儂はもう騙されんぞ!! そう言って儂の隠れ家に来て、儂を捕まえようという魂胆じゃろう!!』


「……何か捕まるようなことでもやったんですか?」


『ふん。シラを切るつもりか? 儂の魔法が目当てなのじゃろう? 儂が不死の魔法を生み出したなどと変な噂を聞いて、不死にしろと言いに来たのじゃろう?』


「あ、いえ、不死とかは興味ないです。将来の夢は大往生なので」


『お主、それは将来の夢と言って良いのかの?』



 病気や事故、その他の理不尽に遭わなければ、人間は意外と長く生きられる。


 俺は長生きしたい。


 真央が通り魔に刺されてからは、俺のせいで死んだ真央のためにも死ぬ気で生きていこうと決めていた。


 ……まあ、真央はこうして生きているが……。


 真央が異世界で生きていることを知っても、その考えは変わらない。

 できるだけ長く生きたいのだ。特に理由は無いけどね。


 でも生きるというのは、死ぬからこそ成立する。



「死を克服したら、それは死んだも同然だよ」



 不老不死に夢やロマンはあると思うけどね。


 歴史や物語に名を連ねる有名人たちが雁首揃えて追い求めるくらいだし。



「只野くんってたまに凄い達観してるわよね」


「達観してるっていうか、死生観だけ死に際の老人なんだよね、良介って」


「お兄ちゃんの言うことは深いなあ」


「はっはっはっ!! 分かるぞ、只野!! 筋肉は満足した途端に輝きを失ってしまうからな!!」


「ふーむ。不老不死を求めて多大な罪を犯す邪悪な魔法使い共に聞かせてやりたい台詞だな」



 外野がうるさい。



『ふ、ふん!! 口ではなんとでも言えるわ!! お主らはその草原から出られずに飢え死ね!!』


「それは嫌ですね」


『ではな!!』



 その言葉を最後に、魔女さんの声は聞こえなくなってしまった。


 怒らせちゃったかな。



「まずいな」


「やっぱり草原は抜けられない? メリッサさん」


「いや。そなたらが魔女と話してる間に試してみたが、草原を抜けるどころか来た道も戻れなくなっている」


「え!?」



 ということは、草原に閉じ込められたのか?



「魔女が言ったように、このまま草原から出られなければ我々は飢え死にしてしまうだろう」


「食料よりも水よ。食べ物は一週間くらい口にしなくても平気だけど、水は三日飲まないと死ぬわ。真央ちゃん、魔法で水を出せない?」


「出せるけど、洪水か津波が起こって皆死んじゃうと思う」



 あ、そっか。真央は大規模な魔法しか使えないから……。


 皆で唸りながら色々と考えるものの、一向に解決策が浮かばない。



「よし、困った時は皆に相談しよう」



 俺はスマホの電源を入れ、クラスメイトにグループ通話で連絡を取る。


 すると、早速解決策が見つかった。



『クックックッ。ならちょうど試したいことがある』



 うちのクラスの頼れる料理人、味見くんだ。


 電話越しでも相変わらず邪悪な笑い方をする味見くんである。


 その解決策とは――



『クックックッ。フードデリバリーだ。ウーバーアジミ開設記念にドリンクも付けておく』


「「「「「め、目の前に美味しそうな料理が急に現れた!?」」」」」



 俺たちの目の前には、味見くんが作ったであろう料理が並んでいた。



『最近、俺の【料理人】の使い方を考えていた。そしたらこれを思いついた。俺の作った料理を指定した場所に転送することができる。皆を目印にしているから、幻惑魔法とやらは無視できる』


「うわー、着実に人間やめてらあ」


「でも助かったわ。これなら飢え死にしなくて済むもの」



 と、わいわいがやがや。


 どこでも味見くんの美味しいご飯が食べられるようになったことを喜んでいると。



『それは反則じゃろうがあああああああああああああああああああああああああッ!!!』



 と、魔女さんの絶叫が頭の中にめちゃくちゃ響いてきた。


 どうやら会話を断った後もこちらの様子は確認してたらしい。


 反則? ですよね。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント味見くん

最近は調理器具や食器だけでなく、コンロや冷蔵庫なども出せるようになった。



「のじゃロリか?」「只野達観してんなあ」「味見くんがチートで草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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