第26話 うちのクラスメイトと妹が油断ならなさすぎる
「ほぇー。じゃあガイアスさんはSランク目前で冒険者を引退しちゃったんですか?」
冒険者協会の受付カウンターで、俺は試験官を務めたガイアスさんと駄弁っていた。
ガイアスさんは見た目こそ威圧感があって怖いが、話してみると気さくで温厚な人物だった。
やっぱり人を見た目で判断しちゃいけないな。
「あ、ああ。ワイバーンの群れを討伐した時に仲間が怪我をしちまってな。後遺症が残ったから、俺も一緒に引退したんだよ」
「お仲間の人は?」
「今は長年の夢だった道具屋をやってる。後で紹介してやるよ。俺の紹介なら、多少は融通を利かせてくれるはずだぜ」
「ええ!? あ、ありがとうございます!!」
「……ところでよ。アレ、止めなくて良いのか?」
ガイアスさんが指差した方を見る。
「も、もう、許し――へぶっ!?」
「んー? ごめんごめん。よく聞こえなかったや。もっと大きい声で言ってくれないかな?」
「た、たひゅけへぶぁ!?」
池照が美少女相手にマウントポジションを取り、顔面を殴打しまくっていた。
絵面が酷い。更にもう一方では。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああッ!!!! 死ぬうううううううううッ!!!!」
「うるさいなあ。たしかに魔法で全身の感覚を強化してから死ぬまで消えない炎で燃やしてるけど、死ぬ直前になったら回復させてるじゃん」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ!!!! 助けてええええええええええええええええええええええッ!!!!」
「はあ、うるさ。あ、そっちのお前ら。逃げたらコイツと交代ね。まあ、コイツが叫ばなくなったら嫌でも交代させるけど」
真央はカイトとかいうSランク冒険者を魔法で拷問していた。
可愛い妹は怒ると怖い。
刀神さんも必死に二人を宥めようとしているが、聞く耳を持たないし。
「……ガイアスさんが止めてくださいよ。元Aランク冒険者なんですから」
「無茶を言うな。引退して十年も経ってんだぞ」
「じゃあほら、協会職員の権限的なもので」
「協会職員は基本的に冒険者間のトラブルにはノータッチだ。昔、協会が仲裁しようとしたら怪我人が出たからな。まあ、そのうち誰かが衛兵に通報するだろ」
「……それにしても、他の冒険者さんは誰も止めようとしないんですねー」
他の冒険者たちは遠目に見守るばかりで、それ以上の干渉はしなかった。
中にはカイトの凄惨な状態を酒の肴にしている強者までいる。
ガイアスさんが頷いた。
「まあ、当然だな。Sランク冒険者とは言え、カイトは色々と問題のある人間だ。自分以外の男を見下していて、あいつに女を奪われた奴も多い。Sランクになるには各ギルド支部長の一定数の推薦が必要でな。奴は女支部長を篭絡して推薦を受けたとかなんとか、色々不正の疑いがあるんだ」
「ああ、だから他の人、特に男の人に恨み買っちゃってんですね」
「そうだ。冒険者にとって、横の繋がりは意外と大事だからな。困った時に助けてもらうには、日頃から謙虚に生きることだ」
「なるほど。俺も気を付けないとですね」
「……いや、お前さんは心配ないだろう。話していて思ったが、お前さんは人から好かれやすいタイプだろうからな」
「え、ええ? そうですか? 照れるなあ」
ガイアスさんの指摘にどう反応して良いか分からず、あたふたしてしまう。
「まあ、何でも良い。話を戻すが、せめてああいうことは他所でやってくれ」
「うっ、わ、分かりましたよお。頑張って止めます」
俺は手をパンパンと叩いて、池照と真央の注意を引いた。
「二人とも、そろそろそこまでにしない? 俺のために怒ってくれたのは嬉しいけど、やっぱりバイオレンスは良くないよ」
「やだ。コイツ、お兄ちゃんを攻撃した。殺してくれって懇願しても生きたまま燃やす」
「僕も断る。まだこの女の前歯が二本残ってるんだ。フルコンボ、いや、フルボッコまで後少しなんだドン」
池照、お前はド◯ちゃんか。
それにしても、俺が何を言っても二人は止まる気配が無い。
うーむ、もうカイトとその取り巻きは完全に戦意喪失してるしなあ。
刀神さんでも止められないし。
無理矢理二人を押さえられそうな筋山くんに至っては……。
「そこの君!! 良い筋肉をしているな!! どのようなトレーニングをしているのか、教えてくれないか!?」
「お、おう? いや、あんまそういうのはしてないが……」
「なんだって!? す、素晴らしい!! 冒険者とはこんなにも筋肉を輝かせている者が多いのか!!」
他の冒険者と筋肉について語り合っている。いや、あれは一方的に語ってるか。
「仕方ない。こうなったら、アレをやるか」
「アレ? あの二人を止める方法があるのか?」
俺はガイアスさんの問いに静かに頷いた。
自慢じゃないが、二人との付き合いはそれなりに長い。
暴走する二人を同時に止める方法は、あるっちゃあるのだ。
少し後に響くからやらないだけで。
「すぅー、はぁー」
大きく息を吸って、吐く。
お腹の下に力を入れて、肺の空気を全て押し出すように叫ぶ。
「二人とも、やめなさいッ!!!!」
これぞ母さん直伝の説教法。
池照は俺と一緒に馬鹿なことをして母さんに叱られることがあったため、この声に咄嗟に反応してしまう。
真央に至っては俺や池照よりも母さんに叱られることが何度もあったからな。
ピンッ!! と二人の背筋が伸びた。
カイトを燃やしていた炎も消え、美少女の顔面を殴っていた池照の手も止まる。
「けほっ、こほっ。うぅ、喉が痛い……。これがあるから嫌なんだよなあ」
喉を軽く撫でながら、俺は正座したまま硬直している二人の前に腰を下ろした。
あとは宥めるだけだ。
「さっきも言ったけど、二人が俺のために怒ってくれたことは、正直嬉しいよ。でもやり過ぎはダメだ。二人が周りから怖がられて、孤立しちゃうから」
「……私はお兄ちゃんだけいれば良いもん」
「僕も親友がいれば良いもん」
「池て――コホン。和也、お前は『もん』とか言うな気持ち悪い」
俺は説教を続ける。
「真央。俺の目を見なさい」
「……うん」
「お兄ちゃんとの約束だ。誰かのために怒ったり、戦うことはたしかに良いことだ。でもやりすぎは良くない」
「じゃあ、どのくらいまでならセーフなの?」
「え? あー、そうだな。他の人に迷惑をかけない程度? ならセーフだ。ここは冒険者協会の建物だから、他の冒険者さんや職員の人に迷惑でしょ?」
「うん、分かった」
やっぱり真央は言えば分かる子だな。
反省した様子の真央の頭を優しく撫でてやると、真央はにへっと笑った。
「池て――コホン。和也もだぞ」
「分かったよ。次からは気を付けるって」
「なら良かった」
二人は正座をやめ、立ち上がった。
「「と、見せかけて――」」
「ドーンって行くと思った!! 絶対に行くと思ったよ!!」
再びカイトやその取り巻きをぶっ潰しに行こうとした二人の腕を掴み、慌てて止める。
本当に油断ならないな。
もう少し止めるのが遅れていたら大変なことになってたぞ。
「ったく。暴力はダメ、絶対」
「「はーい」」
これでようやく一件落着。
と思ったら、仲間に治癒魔法をかけてもらって復活したらしいカイトが鬼の形相でこちらを睨みたけてきた。
うわあ、あの目はまだ何かあるぞー。
「くそっ、卑怯な手を使いやがって!! 聖剣さえあればお前らみたいな雑魚なんて!!」
「聖剣?」
ファンタジーっぽい単語を聞いて首を傾げていると、ガイアスさんが横から補足してくれた。
「なんだ、知らないのか? タリスの町の名物でな。伝説の聖女が命と引き換えに生み出し、勇者が災いを退けた剣として有名なんだ。町の中央にある祠の台座に刺さってるぜ。未だに抜いた奴がいないからな」
「お、おお!! 台座に刺さった聖剣!!」
「後で抜けるか試してみると良い。一回、銅貨五枚だがな」
「え、お金を取るんですか!?」
「一応、タリスの町の観光資源だからな。そういう細かいところで金を集めないと、中立都市は成り立たないんだよ」
世知辛い世の中……。いや、異世界だなあ。
「「今だ!! ドーン!!」」
「あっ、やべ!! 油断した!!」
俺が聖剣というワードに気を取られていると、真央と池照がカイトとその取り巻きに襲いかかった。
カイトが真央に生きたまま燃やされ、取り巻きたちは池照に顔面を太鼓の◯人の如くぶっ叩かれまくる。
あー、駄目だこりゃ。
「やっぱり生き物の焼ける匂いは良い匂いだね!!」
「よーし!! 前歯全部折った!! フルボッコだドン!!」
その後、近隣住民の通報を受けてやってきた衛兵たちに俺たちは連行された。
直接バイオレンスを振るっていた池照や真央だけでなく、何故か俺まで。
解せぬ。とても解せぬ。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント池照&真央
池照は男女平等主義の名の下に男でも女でも容赦なく殴る。
真央はお兄ちゃん主義の名の下にお兄ちゃんの敵を排除する。
「まじで容赦ないの草」「でもまあ、先に仕掛けてきたのは向こうだしな!!」「お兄ちゃん主義ってなんだ……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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