第21話 うちのクラスメイトに緊張感がなさすぎる





 翌朝。


 再び義屋さんの【蘇生】で生き返った俺は、泣きじゃくる妹を宥めていた。



「うぅ、ぐすっ、お兄ちゃん、ごめんなさい。二回も殺しちゃってごめんなさい!!」


「だ、大丈夫大丈夫。お兄ちゃんは気にしてないからな。でも、他の人にはやっちゃ駄目だぞ?」


「私、他の人に抱き着いたりしないもん!!」


「そ、そっか」



 兄としては嬉しいような、少し怖いような。


 いやいや、可愛い妹に怯える兄がどこにいるというのか。


 ここはドーンと構えておかねば。



「よし、真央。食堂に行くぞ。味見くんの料理は絶品だからな。朝から美味しいもの食べ放題だ」


「うん!!」



 こうして俺たちはアトラレムダンジョンの上層にある食堂へ移動。

 先に来ていたクラスメイトが食器運び等を手伝っており、俺たちは座るだけとなっていた。



「只野くん、今日は起きるの遅かったわね」


「ごめん、刀神さん。ちょっと寝坊? って表現が正しいのか分かんないけど、色々あってさ」


「ふふ。大切な妹さんとの再会だもの。昨晩は積もる話もあったのでしょう?」



 いや、永遠の眠りに就いただけである。


 俺が昨晩のことを思い出していると、刀神さんは真央に笑顔で話しかけた。



「こうやってしっかり話すのは初めてね。私は刀神霧流。貴方のお兄さんにはお世話になっているわ。よろしく」


「ど、どうも」


「真央。ちゃんと挨拶しなさい」


「……深淵ふかぶち真央、です。お兄ちゃんの妹です。よろしくお願いします」



 真央は割と人見知りをする性格だ。


 刀神さんには申し訳ないが、打ち解けるまではそれなりの時間を要する。



「深淵? 名字が違うのね」


「母さんの旧姓なんだ。真央はこっちの名字の方が気に入ってるらしい」


「あら、そうなの」


「……ところで刀神さん。なんか今朝はちらほら人がいないような気がするんだけど……」


「あー、それはね?」



 どうやら昨日、真央が始末したカテア率いるヴェスター王国の騎士のうち、欠損らしい欠損が無く、蘇生可能な者を義屋さんが蘇生させたらしい。


 しかし、仲間を殺されたことに怒ってまともな話ができる状態ではなかったとか。


 あんな大砲まで持ち出してきて、こちらを殺す気満々だったのに自分たちがやられたら怒るってどうかと思うけど。


 それでも仲間を殺されたら許せない気持ちは分かる。

 と、そこで彼らを宥める役割に立候補したのが佐渡さんだった。


 嫌な予感がするぜ。



「今、佐渡さんが騎士の人たちを、その、説得しているのよ。色々と」


「なるほど」



 少し気の毒な気はするが、鑑石と佐渡さんのやり取りを見ている限りでは大丈夫だろう。


 佐渡さんは従順な者に優しい質だ。


 まあ、いくら反抗的な者でも従順になるまで躾けられるまで調教するのだろうが。



「お? 久しぶり、真央ちゃん!!」


「うわ、池照だ……。お前もこっちの世界に来てたの?」



 真央は池照と面識があり、仲はそこまで悪くないと思う。



「そうだよ。ちなみに僕が【勇者】だった」


「……ぞわぞわすると思ったらそういうことか。それ以上近づかないで。気持ち悪くなるから」


「あはは、酷いなー」



 真央が本気で嫌そうな顔をすると、池照は気を遣って距離を取った。

 無理に近づこうとしない辺り、こいつのイケメンなところが滲み出てると思う。



「真央ちゃん、少し訊きたいことがあるの」


「な、なんですか?」



 真央が刀神さんを警戒し、俺の後ろにサッと隠れてしまう。


 今や真央は俺より強いだろうが、こういうところが可愛いのだ。


 それより、刀神さんが真央に聞きたいこととは何だろうか。



「元の世界に帰る方法を、知らないかしら?」


「……」



 真剣な面持ちで訊ねる刀神さんをちらっと見た真央が、おずおずと俺の隣に並ぶ。



「……その、ごめんなさい。知らないです」


「そう、よね。知っていたら、貴女自身が使っているものね」


「ごめんなさい」


「いいのいいの!! むしろ私の方こそ申し訳ないわ。ほら、早く朝ご飯を食べましょう!!」



 取り繕うような笑顔を浮かべる刀神さんと、目に見えて落ち込む真央。


 空気が重い。



「あ、あの!!」


「? どうしたの?」


「も、もしかしたら、ですけど。元の世界に帰る手段がどこかにある可能性はあります」


「!?」



 食堂に居合わせたクラスメイトたちが、真央の発言に目を剥いた。


 ノーヒントだったところを、わずかでも何らかの手がかりがあると知ったら当然の反応だろう。



「二つ、私がお兄ちゃんに会うために考えた方法があります。一つは、異世界人の持つスキルです」


「っ、そう、なるほどね。その考えには至らなかったわ」


「え、ごめん。どういうこと?」



 真央の言葉の意味を即座に理解し、飲み込む刀神さん。

 クラスメイトの多くが「?」と首を傾げているが、うち何人かはハッとして頷いていた。



「簡単に言うと、地球に戻れるスキルを持った人を探す、ということよ」


「あっ、なるほど。……いや、でも、現実的に難しくないか? 真央」


「うん。そんなスキルを持っている人がいたとしても、私ならその日に元の世界に帰っちゃうから。こっちは宝くじが当たるくらいの気持ちで探してたの」



 俺の指摘にこくりと頷く真央。



「だから私は、もう一つの方法を積極的に当たってた」


「その方法というのは?」


「……古代魔導具って聞いたことありますか? 大昔の異世界人が作ったりした、今は作れない魔法の道具なんですけど」


「古代魔導具……。あっ!!」



 俺は思い至るものがあった。


 こちらの世界に来た日、お姫様が持ってきたスキルを調べる機械。


 ああいう代物のことではないだろうか。



「ああいうアイテムって、この世界の色々なところにあるんです。ダンジョンの宝箱とか、廃墟の物置とか。そういうものの中に……」


「地球に戻るための力を宿した古代魔導具があるかも知れない!!」


「は、はい」


「そう。やっぱり、やっぱり帰るための手段はどこかにあるんだわ!!」



 刀神さんが拳をギュッと握り締める。


 真央は何か言いたそうだったが、口をつぐみ、飲み込んだ。



「そうと決まればクラス会議ね!! 一度皆を集めましょう!!」



 それから緊急のクラス会議が始まり、俺たちは新たな方針を定めた。


 それは、地球への帰還方法を探すため、世界各地で情報を集め、片っ端からダンジョンに潜るというもの。


 でも問題が一つ残る。



「問題はヴェスター王国への対処ね。大砲を持ち出してきた以上、現状のアトラレムダンジョンでは不安だわ。だから蜜李、ダンジョンの更なる防衛力の向上をお願いしても良いかしら?」


「任せて下さい!!」



 刀神さんの要請に対し、迷井さんが意気揚々と胸を張って言う。


 何かまた凄いものを作りそうだが……。

 今はやり過ぎなくらいでちょうどいいと思うことにしよう。


 などと考えていると、真央が俺の服の裾をちょいちょいと引っ張った。



「お兄ちゃんお兄ちゃん」


「なんだ?」


「ヴェスター王国と何かあったの? というか、お兄ちゃんたちってあの国に召喚されたんだよね? 今さらだけど、どうしてこの森に?」


「ああ、それは――」



 俺は諸々の事情を説明した。すると、真央の顔から表情がスッと消える。


 ん?



「ふーん、そうなんだ? お兄ちゃんを無能呼ばわりした蛆虫共の国なんだね、あそこ。……駆除しなきゃ」


「真央? おーい、真央? どうした?」


「……えへへ、何でもないよ!! お兄ちゃん!!」



 満面の笑みを見せる真央。


 可愛らしいが、どこか背筋がゾッとするような笑顔だった。



「そうと決まれば、拠点強化班と異世界調査班を決めましょう!! 可能なら、調査班の方に人員を回したいわね!!」


「きりるんがやる気満々だー」


「やる気があるのは良いことだ!! オレの筋肉もやる気で満ちている!!」


「あ、そうだ!! せっかくだしぃ、気になる地域ごとに分けて班決めするのはどう!? 異世界観光しよ、異世界観光!! ボクの可愛さを異世界にも広めなきゃだしね!!」


「盛り上がってきたなあ。あ、真央ちゃん。こっちのこと詳しいよね? おすすめの観光スポットとか知らない?」



 わいわいどんちゃん騒ぎ。


 その様はまるで修学旅行前の班決めをしている学級会のようだった。


 緊張感、ないなあ。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント真央設定

魔王アヴィスの名前は真央の母の旧姓、深淵からとった。


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