第20話 うちのクラスメイトの蘇生がお役立ちすぎる
ウォーターバイクゴーレムを限界まで加速させ、俺は湖の畔に向かう。
この目で見ても、やはり間違いない。
一年前に死んだはずの、俺のせいで死なせてしまったはずの真央が生きている。
アヴィスと名乗っていたが……。
そこは兄として触れてはならないところだと思っておこう。
それよりも、真央と会うことが怖い。
やはり俺のことを恨んでいるのではないか、会った途端に罵倒されるのではないか。
漠然とした不安が俺の中で燻っている。
「でも会いたい!!」
不安を押し込み、更に加速。
例え恨まれようとも、罵倒されようとも、それでも会いたいのだ。
湖の畔に立つ真央が俺に気付いた。
「あっ、お兄ちゃん!!」
たしかに容姿の変化は多少ある。
しかし、その可愛らしい笑顔は俺のよく知る真央のものだった。
俺に向かって大きく手を振る真央に対し、俺は一言。
「ごめん加速しすぎた!! 止まんない!!」
ウォーターバイクゴーレムは急旋回や急停止するのが難しい乗り物だ。
このままでは陸地に乗り出し、真央と衝突してしまう。
真央に避けるよう叫ぶと、真央は逆に漆黒の翼をはためかせ、俺に向かって突撃してきた。
「お兄ちゃん!!」
「ちょ、ぶつか――おごふっ!?」
「お兄ちゃん!! お兄ちゃんだ!! やっぱり間違ってなかった!! 本当にお兄ちゃんもこっちの世界に来たんだ!!」
真央はウォーターバイクゴーレムだけを回避し、その上に乗っていた俺に的確なタックルをかましてきた。
いや、本人にそのつもりは無かったのだろう。
しかし、加速したウォーターバイクゴーレムと真央の飛翔速度が合わさって生じた衝撃は、想像以上の凄まじいものだった。
内臓がひっくり返りそうになりながら、俺と真央は湖の浅瀬に着水。
全身ずぶ濡れになってしまった。
「う、ぐっ、はっ!! 真央、真央だよな!?」
「うん!! そうだよ、そうだよ!! お兄ちゃん!! 私だよ!! 真央だよ!!」
「そっか、そっか……。本当に、真央なんだな」
俺は真央を抱き締めた。
「ごめん。ごめんな、お兄ちゃんのせいで死なせちゃって」
「……私、全然怒ってないよ? お兄ちゃんのせいなんて思ったこと、一度もないもん。だから泣かないで?」
「うん、ありがとう。ごめん、ありがとう」
俺がより強く真央を抱き締める。
すると、真央は俺に応えるようにギュッと強く抱き締め返してきた。
その時だった。
俺の骨からミシミシミシッという嫌な音がし、鈍い痛みが襲ってきたのは。
あ、これアカンやつやわ。
「ぎゃあああああああああっ!!!! 骨っ、骨ぇ!! 折れ、ごふっ」
「お兄ちゃん!! お兄ちゃん、ずっと会いたかった!! お兄ちゃんは!?」
「お、俺もずっと、会いたかった!! けど、ちょっと一回離れてもらって――」
「私も会いたかった!! 大好き、お兄ちゃん!!」
ゴリッという鳴っちゃいけない音がした。
「えへへ、お兄ちゃん。お兄ちゃん大好きー。良い匂いするー!!」
「あが、が、おふっ」
「……お兄ちゃん? お兄ちゃん!? わーん、お兄ちゃんが死んじゃったー!!」
意識が落ちる。
まさか再会した妹に鯖折りされるとは想像もしていなかった。
「――はっ!! お、俺は何を……」
「おはー。りょうちん、大丈夫そ?」
「え? 義屋さん? ここは、俺の部屋?」
目を覚ました俺は、アトラレムダンジョン内にある自室のベッドに横たわっていた。
そして、俺の顔を覗き込む人物が二人。一人は義屋さんだった。
「義屋さんがいるってことは……」
「そ。腰の骨がバキバキにへし折れて死んでたよー。こう、りょうちんの身体が曲がっちゃいけない方向にぐにゃーんって」
「やだ。想像したくないから言わないで」
「んじゃあ、うちは兄妹の感動の再会の続きを邪魔するほど野暮じゃないので退散するねー」
「あ、うん。ありがとう」
俺は部屋を出て行く義屋さんを見送った。
さて、もう一人。
俺はずっと目に涙を浮かべて見つめてくる真央に視線を向ける。
「あぅ、お、お兄ちゃん……」
「怒ってないから、大丈夫だよ。それより、もっとこっちに来てくれ。お兄ちゃんは妹から距離を取られると悲しいから」
「……うん」
少し遠慮がちに近づいてきた真央が、俺のベッドの端にちょこんと腰かけた。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。私、嬉しくなっちゃって」
「本当に気にしてないって。むしろ、なんかごめんな? 耐久力の低いお兄ちゃんで……」
「ち、違うよ!! お兄ちゃんの耐久力が低いんじゃなくて、私が強いだけなの!!」
庇われているのか自慢されているのかイマイチ分からない発言は困る。
しかし、こういうところは変わらないな。
「真央は、どうやってこの世界に?」
「……分かんない」
「分かんない?」
「うん。通り魔に刺されたところまでは覚えてるの。でも気付いたら、魔物としてこっちの世界に転生してた」
「転生、か」
まあ、異世界召喚があるくらいだし、異世界転生があったとしても不思議ではない。
それよりも気になるのは、真央が魔物に転生したという点だな。
「たしかに人間っぽくない特徴はあるけど、顔がそのままなのはなんでなんだ? 転生ってことは身体は前のと違うんじゃ?」
「それも分かんない。あ、でも私ね、最初はもっと人から駆け離れた姿だったんだよ?
「え、何それ凄い」
ん? ちょっと待てよ?
「今は人間の姿をしてるってことは、もしかして人間も食べちゃった? あれ? でも顔は真央のままだし……んん? 頭が混乱してきたな」
「あ、えっと、人間は食べてないよ!! 吸血鬼とか、人型に近いものなら食べちゃったけど」
「そっか」
「……お兄ちゃんは、私が人間とか食べちゃってたら、怒る?」
「別に?」
まあ、食べられた人は気の毒だとは思うし、兄として申し訳ないとも思う。
でも真央が人間を食べたことで人の姿を獲得したなら、俺はその人に謝罪しない。
その人が食べられたお陰で、俺は真央に気付くことができたから。
すると、真央は申し訳なさそうに言う。
「あのね、お兄ちゃん。その、ごめんなさい」
「……うん。どうした?」
「本当は人間、食べてるの。私を殺しにきた人間とか、頭からバリバリって」
「そっか。詳しい描写は要らないよ。ちょっと想像したくないから」
「お兄ちゃんに嫌われるのが怖くて、嘘吐いちゃった。ごめんなさい」
真央が何度も謝罪の言葉を口にする。
「何度も言うけど、怒ってない。それに真央を殺しにきたなら、そいつらも殺される覚悟があってのことだ。尚のこと気にする必要はないよ」
「そうじゃないの!!」
「うおっ、ビックリした」
真央が大きな声を上げて立ち上がり、俺は思わずビクッとした。
「わ、私ね? 沢山の人を殺してるの。魔王になる前から、なってから、お兄ちゃんのいないこの世界が大嫌いで、こんな世界どうでもいいって思って、いっそ滅ぼしてやるって、人も魔物も沢山殺して、それで、うぅ、ぐすっ」
「……そっか」
俺はまだ恵まれている方だった。
クラスメイトという、どこか頭の捻子が外れていながらも、頼りになる仲間たちがいたから。
でも真央はずっと一人だったのだろう。
元から寂しがり屋なところがある真央にとって、この世界を一人で生きるのはあまりにも過酷だったに違いない。
多分、俺でも自暴自棄になるだろう。
もしクラスメイトに見捨てられ、一人で見知らぬ世界に放り出されたら、そう考えるだけでもゾッとする。
俺はきっとこの世界を憎悪したはずだ。
ましてや強大な力を持っていたら、好き勝手に振る舞ったであろう自信がある。
「真央」
「ぐすっ。なに、お兄ちゃん?」
俺に叱られるとでも思ったのか、真央が不安そうに上目遣いで見つめてくる。
真央はカテアに自ら魔王と名乗っていた。
つまり、真央は今に至るまで大勢の人々を苦しめてきたのだろう。
俺はそれを責めない。
もし同じ状況に陥っていたら、俺も同じことをしたと思うから。
だから俺が真央に言うべきことは一つ。
「よく一人で頑張りました。偉い偉い」
「うぅ、お兄ちゃん、お兄ちゃん……っ!!」
頭を撫でてやると、感極まった様子の真央が俺に抱き着いてきて、涙と鼻水を俺の服で拭う。
汚い……。
ょっと涙と鼻水が気になるけど、ここで妹を押し退ける兄にはなりたくない。
我慢だ、我慢。いや、それよりも。
「ちょーっと、力が強いかな? おーい?」
「すぅー、はぁー。お兄ちゃんの匂い……優しい匂い……落ち着く……」
「ちょ、真央? 段々締まってる。お、折れる、ちょ、また折れる!! ぎゃああああああああああああっ!!!!」
「お兄ちゃん……大好き……」
静かに寝息を立て始める真央と、永遠の眠りに就く俺。
翌日、俺は義屋さんの【蘇生】で復活するのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント真央の好きなもの嫌いなもの
好きなもの
・お兄ちゃん、お兄ちゃんの好きなもの
嫌いなもの
・お兄ちゃんが嫌いなもの、お兄ちゃんのいない世界
「妹ちゃんかわいい」「妹に二回殺されてるの草」「この主人公周りが普通じゃなくて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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