第19話 うちのクラスメイトのツッコミが下手すぎる
「カテア様。魔導砲、いつでも撃てます」
「よし、合図を待て」
ヴェスター王国の三騎士、『天槍』のカテア率いる部隊がアトラレムダンジョンへの攻撃準備を終えていた。
しかし、カテアは即座に攻撃を開始したりせず、部隊に待機を命じる。
部下が疑問を呈した。
「……攻撃しないのですか?」
「我々は騎士だ。相手が魔物ならいざ知らず、人を相手にする場合は降伏勧告をせねばならん。それに、あのダンジョンに勇者どもがいるかどうかの確認も兼ねている」
実を言うと、カテアは禁足区域の中央にあるダンジョンに勇者たちがいるかどうかは分かっていなかった。
目撃者の情報を徹底的に漁り、その結果として禁足区域の森に辿り着いただけなのだ。
そして、森の奥で見つかった巨大ダンジョン。
勇者たちと何らかの関わりがあるのは間違いないが、その中に勇者たちが立てこもっているとは限らない。
「しかし、道中にも怪しげな術を使う暗殺者が襲ってきました。確実にいるのでは?」
「そう見せかけているだけかも知れん」
カテアは慎重な女騎士だった。
「……それにしても、念のために魔導砲を持ってきて良かったな。過去には一夜で城を作り出した勇者もいると聞いていたのが幸いだった」
「誰から聞いたのです?」
「知らん。酒場で知り合った男だ。格好からして白教会の神官だったが、少し所作が違ったからな」
「さ、酒場に神官ですか。完全に破戒僧ですね」
白教会とは、意図せず召喚されてしまった異世界人たちの生活を支援する宗教団体だ。
勇者召喚に巻き込まれてしまう者は意外にも多く、右も左も分からない彼らを保護し、この世界の常識を教え、一人立ちさせる。
それが白教会の役割だ。
この世界では割と知られている宗教であり、国教とする国も多少はある。
しかし、勇者召喚で呼び出した者を基本的に兵器として扱う国とは折り合いが悪かった。
また巻き込まれてこちら側に来てしまった異世界人を冷遇する国家に対しては総力を上げて抗議するという集団でもある。
酒場で出会った神官がカテアに情報を渡してきた理由は不明だが、彼女のやることは変わらない。
「雑談はここまでだ。降伏勧告をした後、五分待って敵に動きが無ければ砲撃を開始する」
「は!!」
騎士たちがカテアの号令に従い、一斉に行動を開始する。
と、その時だった。
歴戦の猛者であるカテアですら思わずゾッとしてしまう程の、濃密な死の気配を感じ取ったのは。
それを感じ取ることができたのは、カテアがヴェスター王国でも五本の指に入る実力者だったからだろう。
他の騎士たちは寒気を感じる程度で、その存在に気付いていない。
「な、何者だ!! 出てくるが良い!!」
「ふーん。そこそこ強いのがいるんだね」
カテアの声に応じ、少女が木陰から姿を現す。
純白の髪と赤い瞳の美しい、やたらと露出度の高い衣装を身にまとう少女だった。
それはヴェスター王国の王女たるレミリアを崇めるカテアからしても、あまりの美貌に目を覆いたくなるほどの美少女である。
ハッとした騎士の一人が、少女に声をかけた。
「おい、君。ここは危ないから、早く立ち去りなさ――」
「邪魔」
トン、と少女が騎士の頭を指先で突ついた。
その次の瞬間、まるで花火のように騎士の頭が爆ぜた。
血飛沫が雨のように降り注ぎ、少女の真っ白な髪を赤く染める。
その場に居合わせた全員が何が起こったのか理解できず、ただ困惑した。
さっきまで帰ったら恋人にプロポーズすると言っていた仲間の騎士が、首から上を失って完全に絶命したのだ。
真っ先に動いたのはカテアだった。
「っ、このガキに魔導砲を撃て!!」
「え!?」
「ぐずぐずするな!! このガキは人間ではない!! 魔物だ!!」
少女の外見を改めて見直すと、たしかに人ではない特徴が多くあった。
騎士たちがアトラレムダンジョンに向けていた魔導砲を動かし、少女の方へ砲身を向ける。
ある騎士が魔導砲に魔力を流し、砲身の奥で爆裂魔法が起動。
込められた砲弾が放たれる。
ドゥン!! という森一帯に轟くような音が何度も連なって響いた。
対する少女は――
「あー、うっざ」
放たれた砲弾を片手で掴んでいた。
百戦錬磨の騎士たちが、三騎士たるカテアが目をカッと見開く。
魔導砲はヴェスター王国の魔導師たちが開発した最新鋭の兵器。
その攻撃は竜の鱗すら貫通する威力があるはずだった。
それをキャッチしたのだ。
つまり、少なくとも目の前の少女の強さはドラゴン以上ということになる。
カテアは少女に問うた。
「き、貴様は何者だ」
「こっちの世界での名前はアヴィス。お前らに分かりやすく言うなら、魔王だよ」
「ま、魔王、だと……?」
有り得ない。信じられない。
しかし、この目の前の化け物は人間の手に負えるような生物ではない。
「な、なぜ魔王が……。ここは、魔王ですら恐れて近づかぬ森ではなかったのか!?」
「お前らが勝手にそう言ってるだけでしょ。用が無かったら誰がこんな場所に来るもんか」
「な、何が目的だ!!」
「お前に話す義務とかないし。いい加減うざいから殺し――いや、やめとこ。お兄ちゃんが見てるかも知れないし、あんまり乱暴なことして嫌われちゃったら嫌だもんね。あ、でももう一人やっちゃった」
アヴィスと名乗った魔王はちらっとダンジョンの方に視線を向けて、殺気を抑えた。
カテアは焦る。
魔王のお兄ちゃんとは誰のことなのか。なぜ湖の中央にそびえるダンジョンを見て、殺気を抑えたのか。
分からないことが多すぎる。
しかし、目の前の怪物が言葉の分からない獣でないことは確かだった。
「わ、我々は貴殿と争うつもりはない。我々はあくまでも勇者とその仲間の連行が目的だ。貴殿が本当に魔王なら、勇者を殺しに来たのか? だったら好都合だ。我らと協力して――」
「ところでさ。お前ら、さっきの大砲あのダンジョンに向けてたよね?」
カテアの背筋を嫌な汗が伝う。
目の前の魔王はたしかに言葉を発し、会話することができる。
しかし、意思の疎通ができていなかった。
「お前らもしかして、私のお兄ちゃんに危害を加えようとしてたの? ねぇ、ねぇ? おい、答えろよ?」
「う、わあああああああああっ!!!!」
「よ、よせっ、馬鹿者!!」
「……そう。やっぱこの世界の連中とは会話するだけ時間の無駄だね」
錯乱した騎士が剣を抜いて少女に突撃する。
少女は大きく息を吸ったかと思えば、口を大きく開いて光線を放った。
否、光線と見間違うほどの熱量のブレスである。
「あ、あぁ、私の部下が、魔導砲が!!」
ブレスに巻き込まれたカテアの部下や魔導砲が蒸発する。
燃え滓も残らない。
まさに生命を消滅させる光線を浴びて、カテアの部隊はカテアと少数の騎士を残して全滅した。
「お、おのれ、化け物め!!」
カテアは自らの異名の元となった背に抱えし槍を構え、仲間の仇を討つべく魔王へと迫った。
感情的になりつつも、確実に敵を葬るための一突きである。
「え?」
次の瞬間、カテアは宙を舞っていた。
カテアはどうにかして落下する直前に受け身を取ることに成功する。
しかし、彼女の手元から槍が消えていた。
「ふーん? カッコイイ槍じゃん」
「な、返せ!! それは我が家に伝わる秘宝なのだぞ!!」
「知るかよ。これはもう私のものだから。じゃ、いただきまーす」
「……え?」
何を思ってか、魔王はカテアの槍を穂先からバリバリと音を立てながら食べ始めた。
まるで煎餅でも齧るかのように、適当に咀嚼し始めたのだ。
「な、何を……」
「うわ、まっず。って、よく見たら女神の加護がかかってるし。まあ、魔力の回復には悪くないかな」
カテアの槍は特別製だ。
かつて竜の鱗すらも貫くオリハルコン製の槍である。
それを、魔王は普通にバリボリと食べた。
理解が追いつかず、カテアは脳の処理が限界を迎えてしまう。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
カテアには王女レミリアを支えて生きていくという野望があるのだ。
「ま、待て!! 待ってくれ!! 我々は勇者に用があるだけだ!! それ以外の、そう、貴殿の兄君のことは貴殿の好きにすればよい!!」
カテアに魔王の兄が勇者とその仲間たちの中にいるという確証はなかった。
要は当てずっぽうの苦し紛れ。
すると、命乞いに等しいその発言は、魔王の怒りを更に加速させた。
「あのさぁ? お前、まじで考えてから喋れよ」
「……え?」
「たしかに私はお兄ちゃんと一緒にいるためなら何だってするよ。でも、その過程でお兄ちゃんに嫌われるようなことしたら意味ないだろうが」
「っ、ま、待て、い、命だけは……」
「お兄ちゃんはすっごく優しいから、仲間とか友達とか、そういうのを大事にする人なの。それを私が奪ったらさ、嫌われちゃうでしょ? お前、お兄ちゃんと私の仲を引き裂きたいの? 殺すよ? 殺すけど」
「ま、待っ――」
ぷちっ、と。
まるで鬱陶しい羽虫でも潰すかのように、カテアは殺されてしまった。
ヴェスター王国の勇者追跡部隊が全滅した瞬間だった。
◆
そして、その一連の流れをモニター越しに見ていた俺は思わず絶叫する。
「うちの妹が異世界で不良になっちゃってる!? あと、なんか服の露出度が高い!! お兄ちゃん心配です!!」
「「「「え、えぇ? そこ驚くとこぉ?」」」」
いつもはボケに回るはずのクラスメイトたちが一斉に俺にツッコミを入れる。
うちのクラス、ツッコミは下手なのかな。
もっとこう、キレと勢いのある感じだと良いと思います。
「って!! 呑気に話してる場合じゃない!!」
俺は慌ててダンジョンを飛び出した。
そして、ウォーターバイクゴーレムに乗り、真央の元へと向かうのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント真央
お胸は膨らみを感じる程度。絶無ではない。
「妹めっちゃ強くて草」「真央ちゃんかわいい」「ツッコミがボケに回るの草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます