第11話 うちのクラスメイトの首トンが恐ろしすぎる



「別に怒ってないから、気にしないで」


「で、でも」


「私を心配して来てくれたのでしょう?」


「それは、そうなんだが……」



 俺は水浴び中の刀神さんに背を向けて、近くの湖沿いにあった岩の前に腰を下ろす。

 この岩の向こう側に、まだ一糸まとわぬ刀神さんがいるのだ。


 ……平常心だ。

 さっきの過ちを許してもらえそうなのに、また新たな過ちを犯してはダメだ。


 俺はひたすら謝罪の言葉を口にする。



「本当にごめん。色々、その、見ちゃって」


「……それは、まあ、忘れて。どうしても忘れられないなら私が消すけど」


「ん? 消す? え、記憶を? どうやって?」


「こう、後頭部を剣の柄でトンッてやるのよ」


「ああ、物理的に殴って忘れさせるのね!? 分かった、忘れたから痛いのはやめて!!」


「ふふふ、冗談よ」



 刀神さんが言うと冗談に聞こえないんだよ。



「それよりも……。さっきの私の独り言、聞こえてたかしら?」


「……いいえ?」


「嘘は分かるわよ。声が動揺で震えているもの」



 池照と言い、刀神さんと言い、なぜ相手の嘘がこうも分かるのか。


 俺もそういう能力が欲しい。



「あー、うん。聞いちゃった」


「そう。じゃあ、それも忘れてくれるかしら?」


「……」



 俺は素直に頷けない。



「やっぱり、家族には会いたいよな。俺も母さんに会いたいよ」


「忘れてって言ってるのに。……只野くんのお父さんは、たしか……」


「あ、うん。妹が死んだ直後に蒸発したから、そっちには会いたくないかな。まあ、ぶん殴るために再会はしたいけど」


「……辛辣ね」



 そりゃあ辛辣にもなるさ。


 どこの世界にも度しがたいクズはいるもので、俺の父がそうだった。



「あー、話が逸れた。えっと、刀神さん」


「何かしら?」


「別に家族に会いたいとか、寂しいとか、そういうのは隠さなくて良いと思うよ」


「……駄目よ。自惚れかも知れないけど、私はクラスのリーダーだもの。リーダーがホームシックなんて、格好が付かないでしょう?」



 それはそうかも知れないが……。



「そうやって格好付けて無茶した結果、過労で倒れちゃ元も子もないよ」


「うっ、耳の痛い話ね」


「なんていうか、上手く言えないんだけど」



 俺は思っていることを言葉にする。


 刀神さんは皆の手前、頼れるリーダーでいようと必要以上に気張ってしまう悪癖があるらしい。


 なら、そこは注意しておくべきだろう。


 刀神さんの存在はあらゆる面でクラスの支えになっている。

 今のクラスから刀神さんがいなくなったらと思うとゾッとする程だしね。



「皆の前で弱音を吐いてとは言わないけど、せめて相談はして欲しいかな」


「……相談?」


「うん。まあ、相談に乗ったところで俺に何ができるのかって話になるんだけど……。それはそれ、これはこれ。話すだけでも気が楽になるってこともあるだろうからさ」


「そう、かしら……?」


「そうだよ。それにほら、刀神さんも言ってたでしょ」


「え?」



 俺は刀神さんに言われた言葉を、そのまま使わせてもらう。



「人には向き不向きがあるから、刀神さんには刀神さんの。俺には俺のできることをすれば良いってやつ。仲間ってそういうものなんでしょ? 話を聞くくらいなら、俺でもできるから!!」


「……ふふっ、たしかに言ったわね。じゃあ、少し聞いてくれる?」


「もちろん」



 俺は刀神さんと話をした。


 馬車の中で話したような思い出話ではなく、刀神さんの弱音をただ聞くだけの会話だ。


 全てを話し終えると、刀神さんの表情がいくらかやわらかくなっている。


 どうやら多少なりとも貢献できたようだ。



「只野くんの言う通りね。話したら、少し楽になった気がするわ」


「それは良かった」


「……貴方は、昔から変わらないわね」


「?」


「貴方は覚えていないかも知れないけど、中学生の頃に会ったことがあるのよ、私たち」



 え? 全く覚えてないんだけど。



「ごめん、それいつの話?」


「中一の夏頃かしら。うちの道場を目の敵にしている連中に襲撃されたことがあるの」


「中学生で世紀末みたいな世界線を生きてたのか」


「そいつらをなんとか返り討ちにしたけど、怪我で動けなくなって。そこに偶然通り掛かったのが只野くんだったわ。……思い出せない?」



 俺は頑張って思い出す。

 しかし、一向に思い出せない。正確にはどれのことか分からない。



「ごめん。昔からそういう現場に居合わせることが多くて、どれがどれだか……」


「そ、そうなの? それはそれで凄いわね。……ふふっ。只野くんったら半ばパニック状態で応急処置をするものだから、今でも思い出して笑っちゃう」



 クスッと微笑む刀神さん。



「迷わず私や、私が返り討ちにした連中を助ける只野くんの姿、今でもはっきり覚えてる」


「は、恥ずかしい……。誰にも言ったことないけど、あの時は早めの厨二病を患っていて、真剣に正義の味方を目指していたもので」


「あら、素敵な厨二病ね」



 やめて!! 心を抉らないで!!



「多分、私は初めて見た時から貴方のそういうところが好――コホン!! す、素敵だと思っていたのよ」


「そっか。それは嬉しいかも」



 刀神さんが襟を正して、真剣な眼差しを俺に向けてくる。



「私は、やっぱり日本に帰りたいわ。お母さんとお父さんに会いたい」


「……じゃあ、皆で頑張ろう」


「ええ、そうね」



 と、その時。


 話し終わるタイミングを見計らっていたかのように刀神さんのお腹がなった。


 きゅるるるるる、と。


 少し大きめな音が辺りに響いて、刀神さんは耳まで顔を赤くした。



「な、何も食べてないから、お腹が……」


「味見くんが刀神さんが起きた時のために冷めても美味しいご飯作ってたよ。戻ったら食べて」


「……ありがとう」



 自らのお腹の音が恥ずかしくて顔を赤くする刀神さんは、なんというか普通に可愛らしい女の子だった。


 しかし、ほんの一瞬で彼女の顔は戦闘者のそれに変わってしまう。



「っ、気配!! 只野くん、私の後ろに!!」



 まさか魔物か!? と思って俺も警戒する。


 しかし、俺の前に出ようとした刀神さんの足がもたついてよろめく。


 どうやらまだ調子が戻っていないらしい。


 俺が刀神さんに押し倒される形で二人とも転倒してしまった。



「ご、ごめんなさい」


「……平気、です」



 鑑石ではないが、俺にとってはご褒美だった。


 刀神さんの大きな果実に顔を埋める形になってしまったから。


 ふわっと良い匂いもした。



「っ、ご、ごめんなさい。すぐに退いて――」


「ワーオ、破廉恥デース!!」



 近づいてきた気配が誰か分かった。



「ク、クリスティアーナ!?」


「二人の帰りが遅いので気になって来てみたラ、まさかの濡れ場デース!!」



 江口クリスティアーナ。


 頭の中がピンク色に染まっている彼女に今の状況を見られたのは非常にまずい。


 翌日にはクラス中に話が拡散してしまう!!


 というか江口さん、口振りから察するに俺が起こした時は寝たふりしてやがったな!?



「「ち、違うから!!」」



 俺も刀神さんも慌てて弁明する。


 すると、江口さんは満面の笑みで頷いてサムズアップした。



「大丈夫デース!! 分かってマース!! ワターシ、只野サンと刀神サンを狙ってましたガ、これはこれで有りデース!!」


「待て!! なんも分かってない!!」


「でもお二人サン、今は非常事態。……避妊具も無いから、ヤる時は外に出すのを忘れないでネ!! ワターシはこれで失礼しマース!!」



 江口さんが猛ダッシュでこの場から立ち去ろうとする。


 しかし、ここでより速く刀神さんが動いた。



「ぬんっ!!」


「うっぷす」


「か、刀神さん?」



 鞘に収まった状態の剣を使い、尋常ならざる速度で江口さんの後頭部をぶん殴った刀神さん。


 えぇ、怖ぁい。



「大丈夫よ。これで記憶は消えるはずだから」


「ああ、さっきの……。冗談じゃなかったのか」


「……そろそろ服を着たいから、あっち向いててくれないかしら?」


「あ、はい」



 恐ろしや、刀神さん。


 何があっても彼女にだけは逆らわないようにしようと、俺は心の中で誓うのであった。





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「作者はシリアスが嫌いなので最後にシリアスブレイカーをぶち込みます」



「もう刀神さんがメインヒロインやろ」「ええ話やん」「クリスティアーナで草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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