第8話 うちのクラスメイトには変態が多すぎる






「おお、凄い自然だな……」


「すぅー、はぁー。空気が美味しいわね」



 人の手が加わっていない大自然の中を、一台の大型馬車が進む。

 俺たちクラス一同は無事にヴェスター王国を出奔し、三日後に目的地の森に辿り着いた。


 てっきり追手が来るものと思っていたが……。


 どうやらそこは甲伊兄が分身を使って王国の捜査を撹乱したらしい。


 忍者兄弟の兄が有能すぎる件。


 辿り着いた森には見たこともない光る植物や不思議なキノコが生えていたりして、気温は少し高めで暑さを感じるほどだ。


 制服だと息苦しかったのか、ブレザーを脱ぐクラスメイトもちらほらいた。


 刀神さんが周囲を警戒しながら言う。



「一応、もう少し奥まで進みましょう」


「あまり奥の方に行くと強い魔物が出るらしいし、やめた方が良いんじゃないか?」



 俺は雷電くんがスマホで調べて得た情報を改めて刀神さんに伝える。

 すると、刀神さんは凛々しさすら感じる頼もしい表情で言った。



「その分、王国の捜索の手も伸びないはずよ。いざとなったら魔物は私が叩き斬るから安心して」


「カッコイイ……。はあ、俺もスキルがあったら何かの役に立てるんだけどなあ」


「向き不向きよ。貴方は貴方のできることを、私は私のできることをする。仲間ってそういうものでしょう?」



 頭のネジがぶっ飛んでるうちのクラスの中でも、やはり刀神さんは人格者だな。


 まあ、皆も悪い奴ではないのだが……。



「うへぇ、ちょっとじめじめして暑くなーい? 谷間が汗ばんで気持ち悪ぅーい」


「汗の滴るボク、最高に可愛いよね!!」


「でゅふふふふ!! 滴る汗を拭う美少女たちの姿のなんと美しきことか!! 我輩の脳内メモリが火を噴きますぞ!!」


「おお!! 筋肉!! 我が筋肉が眩しく輝いている!! マッスルマッスル!!」


「……皆お腹も減ってるだろうに、よくここまで騒げるよなあ」



 この三日間、俺たちはあまり食べ物を口にしていない。


 途中で鑑石のスキル【解析】で食べられる野草を判別して食べたが、到底お腹に溜まるものではなかった。


 皆空腹のはずなのに、ちっともそんな素振りを見せないクラスメイトたちが何とも頼もしい。



「っ、警戒!! 正面!! 数七!!」



 何かの接近を感知した刀神さんが透き通るような声を張り上げる。


 全員に緊張が走った。


 刀神さんが御者台から立ち上がり、腰に下げた剣を抜く。


 その瞬間、刀神さんがふらふらとよろめいた。



「刀神さん!?」


「だ、大丈夫よ。少し疲れてるだけだから」



 刀神さんの額に汗が流れる。


 その姿を見て、俺は自分の観察眼の無さを心から恥じる。


 彼女はこの三日間、常に周囲を警戒していた。


 疲れていないはずがない。

 いくらスキルを持っていようが、元から超人的であろうが、刀神さんとて普通の人間なのだ。


 疲労は蓄積し、刀神さんは今や体調を崩す寸前となっていた。



「皆!! 刀神さんを馬車の中に!! 全員で応戦しよう!!」


「その必要はありまセーン!!」



 と、ここで馬車から颯爽と降りてきたのは、金髪碧眼の美少女。


 彼女の名前は江口えぐちクリスティアーナ。


 イギリス人? かどこかの母と日本人の父を持つが、父親とは血が繋がっていない。

 抜群のスタイルをしており、ボンキュッボンの男好きする体型だ。


 ただ、あまり女子からは好かれていない。


 それは彼女の美貌に嫉妬してとか、そういうことではないのだ。


 そもそもうちのクラスの女子、顔面の偏差値が総じて高いからな。

 ましてや他人の美貌を妬むような心の貧しい者はいない。


 江口さんが女子から好かれていない理由は、もっと別にある。



「「「グルアアア!!」」」


「オー!! 来ましたネ!! ワターシのスキルで対処しマース!!」



 茂みから飛び出してきた、魔物と思わしき禍々しいオーラを放つ大きな狼の前に立ち、江口さんが不敵に笑った。


 彼女のスキルは【催眠】。

 目の合った相手を意のままに操れるようになるスキルだ。


 江口さんと狼の魔物の視線が交差し、彼女は自らのスキルを発動させる。



「グル……ル……クゥン?」


「オー、よしよし。良い子デース」



 と、江口さんが大人しくなった狼の魔物を撫でようとした瞬間。



「ガウ!!」


「!?」


「ちょ、江口さん!?」



 江口さんはガブッと狼の魔物に手を噛まれてしまった。


 すると、横からシュバッと鑑石が現れる。



「ここで我輩が解説しますぞ!! 江口氏の【催眠】は対人特化!! そもそも人間と動物では精神構造が違いますからな!! 人外相手に使うのは基本的に適しておりませんぞ!!」


「そういうことは先に言って欲しいデース!! でも人に使えるなら文句ありまセーン!! 美少女にあんなコトやこんなコトし放題デース!!」


「言ってる場合かー!! 江口さんは早く手当てして!! 他の皆で魔物を倒すよ!!」



 俺は刀神さんが馬車を強奪した際に奪った兵士の槍を握り、クラスメイト総出で戦う。

 戦いは無事に終わり、江口さん以外に目立った怪我は無かった。


 クラスメイトが江口さんに駆け寄り、怪我の具合を確かめる。



「オーウ、手が痛いデース。こんな手では美少女を愛でることもお触りもセクハラもできまセーン」


「どうしよう? 江口さんのこと心配してたんだけど、ものすごく助けたくない気持ちになった」


「酷いデース!!」



 彼女が女子に好かれていない理由、それは女子を飢えた男子の如く性的な目で見るからだ。


 一応擁護するなら、決して悪い奴ではない。


 ただ、彼女は女子のお尻やおっぱいをやらしい手つきで揉んだり撫で回したりする。


 見た目はスーパーモデル級の美少女だし、ノリが思春期男子のそれなので、男子との仲はそれなりに良好なのだが……。



「しかーし!! ワターシのスキルを使えば美少女に好き放題できマース!!」



 こういう奴なので、女子からはかなり警戒されているのだ。


 しかもスキルのせいで危険度が上がってるし。



「羨ましいスキルですな!! 我輩もおこぼれにあやかりたいですぞ!!」


「オーウ!! 鑑石サンならオッケーですヨ!! ワターシのエロゲ知識とスキルをフル活用し、共にハーレム作りまショー!!」


「お前ら人として最低なこと言ってる自覚ある?」



 俺がクラス一同の心情を代表して言うと、江口さんがまた不敵に笑った。



「ノンノン。分かってないのは只野サンデース。日本はアニメと漫画とエロで発展した国!!」


「違うよ? 日本を発展させてきた偉人たちに謝ろ? 一緒にごめんなさいするから」


「つまーり!! ワターシのスキルでハーレムを作るのは正当な権利なのデース!!」


「権利の主張の仕方が横暴だよ」


「ちなみにワターシは男もイケる口なので、只野サンもワターシのハーレムに入れてあげマース!! ――スキル、発動!!」


「!?」



 急に江口さんがスキルを使うとは予想できず、俺は催眠状態に陥る。

 江口さんへの好意が限界突破し、彼女のことを考えると身体が熱くなった。


 好きだ、大好きだ江口さん!!



「そこまでにしてください、江口様?」



 鈴のような声で、俺の意識がハッとする。


 あれ? 俺、さっき何を考えてたんだっけ? たしか江口さんに【催眠】を使われて……。


 うっ、なんか少し気分が悪いな。



「!? な、何故ワターシのスキルが無効化されるのデース!? 佐渡さどサン、貴女のスキルですカ!?」



 どうやら俺にかかった催眠を解除したのは、佐渡さど恵梨香えりかさんだったらしい。


 姫カットにした艶のある長い黒髪と、落ち着いた雰囲気のある少女で、日本有数の大企業の社長令嬢だったりする。


 彼女自身も学生でありながら幾つもの企業を経営しているとかしていないとか。


 大和撫子という言葉が似合う美少女である。


 佐渡さんは江口さんの問いに対し、朗らかな笑みを浮かべて言った。



「それは秘密です。スキルは己の切り札。親しき友人であろうとも、秘匿しておくことが今後のためにもなります」


「むぅ、それは一理ありマース」



 情報の秘匿。


 クラスの皆は当たり前のように自分のスキルを言い合っていたから失念していたが、スキルは俺たちにとっての切り札だ。


 たしかに自らのスキルを共有し、連携を重視するのも大切だろう。


 しかし、万が一誰かが追手に捕まった場合、こちらのスキルの情報が敵に流れてしまう可能性も無いとは断言できない。


 特にスキルを調べる機械に触れていない半数のクラスメイト。

 彼らのスキルは今後王国と争うことになった場合、状況をひっくり返せるジョーカーとなるかも知れない。


 そういう意味では、情報の秘匿は正しい。


 俺を含めた周囲のクラスメイトも江口さんも佐渡さんの意見に頷いた。


 その上で江口さんは首を横に振る。



「デスガ!! 今やワターシたちは一心同体!! 死なば諸共!! 秘密は許さないのデース!!」


「おや? ではどうやって私のスキルを見破るおつもりで?」


「そんなの簡単デース!! ――鑑石サン!! おっぱいを一回だけ揉ませてあげマース!! 佐渡サンのスキルを教えてくだサーイ!!」



 いやいや。


 いくら鑑石がアレと言っても、そんな交渉に乗るわけ……。



「お教えしますぞぉ!! 佐渡氏のスキルは【サディスト】!! 相手の嫌がることをできるようになるスキルですな!! 要は江口氏の嫌がること、つまりは催眠状態の解除ができるのですぞ!!」



 乗るよなあ。


 こいつは日本にいた頃から己の欲望に忠実な変態だった。


 などと鑑石に呆れていると。



「でゅふ!?」



 佐渡さんが鑑石の尻を蹴飛ばした。


 普段の穏やかな佐渡さんから一転し、嗜虐的な笑みを浮かべる。

 


「まったくこの豚は……。どうしようもないですねぇ? 人のスキルをペラペラと。どう躾てあげましょうかぁ?」


「でゅふ!? 踏まれると我輩、気持ち良くなっちゃいますぞ!!」


「奇遇ですねぇ? 私は貴方のような豚さんをいじめるのが大好きなんです。私に逆らえないよう、徹底的に躾てあげますからねぇ? ほら、豚らしく鳴きなさい」


「ぶ、ぶひいっ!!」



 鑑石の尻をげしげしと踏みつける佐渡さん。



「と、止めた方が良い、か?」


「別に良いんじゃない? 鑑石も興奮してるみたいだし」



 俺が仲裁すべきかどうか迷っていると、池照があっけらかんと言う。


 なんでうちのクラスって変態が多いんだろ?


 いや、まともな奴もいるけどさ。俺の個性が更に無くなるからやめて欲しい。




―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント佐渡恵梨香

生来のサディスト。目覚めたのはいつも厳格な父が淑やかな母に罵倒されながら鞭で叩かれている様を覗き見た十二の夜。


なお、うやむやになって鑑石は江口のおっぱいを揉めなかった。


「鑑石が羨ましい」「結局鑑石は揉ませてもらえたのか」「佐渡さんの両親ナニやっとんねん」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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