第7話 うちのクラスメイトが器用すぎる
ヴェスター王国。
その歴史は数百年にも及び、また古くからある事情を抱えていた。
ヴェスター王国は強大な魔物が生息する地域と隣接しており、他国を魔物の脅威から守る盾のような役割を担っているのだ。
そのため他国から多大な援助を受けていたが、魔王の発生によって事態は一変。
他国の支援が追いつかず、ヴェスター王国は危機に瀕している。
他国も他国でヴェスター王国に盾としての役割を期待をしなくなり、自国の強化に努めるようになってきた。
このままでは歴史あるヴェスター王国が地図から消えてしまう。
それを危惧した現国王アレイスターは、娘であるレミリアに勇者召喚を命じ、魔王を討伐させようとした。
勇者召喚は世界各地で行われているが、大半は失敗に終わるものだ。
他国はこのヴェスター王国の苦し紛れの行動を嘲笑った。
しかし、レミリアは見事に召喚を成功させる。それも一度に数十人の勇者を召喚したのだ。
そのうち半分しかスキルの名前と効果が判明していないが、一部を除いて強力なスキルを持っている者が非常に多かった。
その彼らがレミリアの失言で激怒し、脱走。
もしもこの事実が国王アレイスターに露呈したら、レミリアはヴェスター王国の恥さらしになってしまう。
レミリアは自らの持ちうる権力の全てを使い、逃げた勇者たちの捕縛を命じた。
数人なら見せしめとして殺しても構わないとも命令した。
ただの兵士や騎士との戦闘で死ぬような者は勇者に相応しくないからだ。
それが一週間前の出来事であり、その結果は酷いものだった。
「まだ逃げた勇者たちの行方は分からないのですか!?」
第一王女レミリアの問いに応じたのは、初老の男性だった。
レミリアの世話係兼腹心である。
「どうやら彼らの中に情報操作の得意な者が混じっているようですな。やれ防壁を登って逃げた、やれ未だ王都内に潜伏している、やれ闇ギルドに入ったなどなど」
「くっ、情報の精査を急がせなさい!!」
「言われずとも。ですが、何分人手が足りませぬ。『轟弓』は己の矢を弾かれてプライドを刺激されたのか、一部の兵を伴って勝手に追跡をし始めましたし」
かつて王国を襲った巨竜をたった一矢で仕留めた大英雄。
それが『轟弓』のアチリヴァだった。
王国民にとっては生きる伝説の英雄であり、その整った容姿と相まって人気が高い。
しかし、彼には民衆の知らない問題があった。
「あの弓馬鹿のことです。己の技術を磨くためなら、仮に勇者を見つけたとしてもこちらに報告はせず、交渉次第で向こうに取り込まれるかと」
「ああもう!! だから英雄って嫌いなのよ!! 強いくせに自分勝手で!!」
「……勇者たちを勝手に呼び出しておきながら、スキルを持っていない異世界人に対して差別発言した貴方が言いますか」
「無能を無能と言って何が悪いの!!」
「……はあ」
世話係が大きな溜め息を溢した、その時。
レミリアに仕える騎士の一人が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
「ひ、姫様!!」
「っ、何事です!?」
「そ、それが、王都に来た商人の話によると、禁足区域に向かう勇者らしき一団を見たとの情報が!!」
「な、なんですって!?」
レミリアが狼狽える。
「あ、有り得ないわ!! あそこは魔王ですら近づくのを恐れる危険な領域!! そんなところに踏み入るなんて、何を考えて――」
「レミリア様。お忘れのようなので言っておきますが、彼らは異世界人。この世界の事情など知りません」
「っ、そ、そう、ね」
世話係に言われてハッとするレミリア。
乱れた呼吸を整え、レミリアは頭を抱えながらソファーに腰かける。
「まずは情報の真偽を確かめねば」
「面倒なことになったわ。ああもう、どうしてこんなことに!! 思い出したらイライラする!!」
「……はあ」
世話係の大きな溜め息は、レミリアに聞こえていなかった。
レミリアが思い浮かべていたのは、容赦無くぶん殴ってきた非道な男。
男は女を守るもの、それは弱肉強食が顕著なこの世界では当たり前の思考だ。
「それを、あの男!! この私の、顔を!! 絶対に許せない!!」
「では姫殿下のその怒り、私めが鎮めてみせましょう」
「っ、貴女は!?」
レミリアの部屋の扉を開き、颯爽と姿を現したのは銀色の髪をなびかせた美女だった。
重厚な鎧に身を包み、身の丈を上回る槍を背負っている。
「王国三騎士が一人、『天槍』のカテア。参上致しました」
「カテア!! 任務から帰ってきたのですね!!」
王国三騎士。
それは『轟弓』のアチリヴァと並ぶヴェスター王国の英雄たちだ。
カテアもその一人であり、また王女レミリアの熱心な信奉者でもある。
「姫殿下に逆らった愚かな勇者共を、御身の前に連れて参りましょう」
「ふふ、貴女ほど頼りになる者はいませんね。よろしく頼みましたよ、カテア」
高笑いするレミリアと、彼女をうっとりした眼差しで見つめるカテア。
そして、また大きな溜め息を吐く腹心。
その彼女たちの様子を屋根裏に潜みながら見守る影が一つ。
学生服を身にまとい、顔だけを黒装束で隠した不審人物。
その頭に巻いた鉢がねには『兄』の文字が大きく書かれていた。
「……ふむ。まだ拙者らの情報は掴めていないのか。少し情報撹乱に本気を出しすぎたな。『天槍』なる女は要注意、と」
甲伊兄弟の兄だった。
と言っても、屋根裏に潜む甲伊兄は本物ではない。
甲伊兄の忍法・影分身によって本体から独立した分身である。
細かい分身の原理は忍者なので内緒だ。
ただこの分身はスキルによるものではないと言っておこう。
この場にいる彼は本体が情報撹乱のために王都に残した分身であり、その役割を全うした彼は、他の分身と共に情報を収集していた。
「しかし、色々と分かった。本体に情報を共有、拙者のお役も御免だな」
甲伊兄が集めた情報。
それはこちらの世界の常識がメインであり、また文化についても調べていた。
忍は忍ぶもの。
違和感なく周囲に溶け込むためには、その文化を理解し、吸収するのが一番手っ取り早いのだ。
そして、役割を終えた忍は疾く失せるもの。それは分身である彼もまた同じだった。
しかし、まだやることがあるなら話は別だ。
「……む。まったく、人使いの荒い本体だな」
甲伊兄の分身が本体から指示を受け取る。
すると、甲伊兄の分身は面倒そうに屋根裏の闇の奥へと消えてしまった。
「という状況だ」
「いや、うん。まあ、分身と離れたところから意志疎通できることには突っ込まないよ。そもそも分身についても言及しないよ。お前スキル要らないだろ、元からチートだろとか、言わないよ」
俺は甲伊兄からヴェスター王国の王都がどのような騒ぎになっているのか聞いて、あらゆる疑問に蓋をした。
何故なら蓋をできそうにない問題が、もう目の前にあったから。
もうこれ以上、問題を抱えてたまるものか。
「で、これどゆことよ?」
「あ、えと、ひひひ、テンション上がっちゃって、気付いたら完成しちゃってたんだぁ。ほら私、器用だから、ひひ」
「器用の一言で済むかー!! 器用すぎるわ!!」
一人の女子生徒が笑って言う。
長い髪を垂らし、口が裂けているのではと思えるほどの笑みは不気味だった。
彼女の名前は
睡眠不足の具合で美少女になったり、テレビ画面から這い出てきそうな悪霊みたいになったりするクラスメイトだ。
「やりすぎでしょ!? たしかに迷井さんの班は皆が過ごせる場所を作る手筈だったけどさあ!? ダンジョン作るって何してんの!? ねえ、何してんの!?」
俺の目の前には巨大なピラミッドを思わせる建造物が一つ。
最初、この森に来た時にこんなものは無かった。
まあ、うん。要するに作っちゃったのだ。
「えと、ひひひ。……ごめんなさい。おやすみ」
たった今、寝不足でぶっ倒れた迷井さんのスキルは【迷宮創造】。
クラスの中でもぶっちぎりのチートスキルを持っていたのだ。
今日に至るまでの出来事を、俺は思い返すのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント作者の一言
作者「忍者が優秀すぎる」
「お姫様ざまあ」「轟弓さんが気になる」「ダンジョン作ったのか……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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