第3話 うちのクラスメイトの勇者がバイオレンスすぎる




 空気がピリピリする。


 親父が蒸発する直前の家庭内の空気と同じ匂いが漂っていた。


 俺の優れた聴力が、普通なら誰にも聞こえないようなお姫様の呟きを正確に聞き取る。



「くっ、勇者様とそのお仲間の中にスキル無しの無能がいるというのは風聞が悪いですね」


「ひ、姫様」


「まったく。等級の低いスキルを持っているならまだしも、スキルすら持たない役立たずが呼ばれるだなんて」


「姫様、姫様っ」


「いっそ暗部に命じて消す? いえ、スキルを持ってなくても、何かには使えるはず……」


「姫様ッ!!」


「もう、さっきからなんですか!!」


 

 勘の鋭い騎士の何人かは異変を感じたようだが、お姫様は何やら物騒なことを考えていて空気の変化に気付かない。


 すると、一歩前に出たのは池照だった。


 何故かにっこり笑顔を浮かべており、その笑顔を見たお姫様はポッと顔を赤くする。


 その刹那だった。



「「「「!?」」」」



 騎士たちが絶句する。


 池照の拳が一閃。お姫様は宙を舞い、逃げ場の無い空中で更に無数の拳を叩き込まれた。


 すっげー。

 なんか格ゲーの必殺コンボみたいな連続攻撃だったな。


 じゃない!! え? は? 何してんの?



「い、池照? 何してんの!?」


「何って、親友を侮辱したアバズレを黙らせるのさ。で、誰が無能で役立たずだって?」



 俺がパニックで硬直していると、池照はお姫様にマウントポジションを取って右と左の拳で交互に殴り始めた。


 どうやら池照にもお姫様の独り言が聞こえていたらしい。


 あいつ、聴力良いんだなあ。



「へぶっ、ゆ、勇者さま、や、やめ――」


「ごめんね。僕は真の男女平等主義者なんだ」


「へぁ?」


「だから女の子でもムカついたらぶん殴るし、何なら顔面にドロップキックもできる」


「ひっ」



 怯えるお姫様、動揺する騎士たち、そして野次を飛ばし始めるクラスメイト。


 ちょ、え、と、止めないと不味いよな!?



「池照!! 池照ストーップ!!」


「ん? なんで止めるの?」


「ぼ、暴力反対!! バイオレンスは良くない!!」


「でもこいつ、君のこと馬鹿にしてたんだよ?」


「そ、それは……」



 それは、たしかにそうだ。


 個人的には勝手に呼び出しておいて無能とか役立たずとか言われたら、俺がぶん殴ってやりたい。


 でも相手はお姫様、いわば権力者だ。


 その彼女に暴力を振るっては、今後の池照の立場が危うくなる。


 それは良くない。

 ほとんど腐れ縁のようなものだが、池照は友達だから。



「と、とにかく暴力はダメだっての!!」


「……分かったよ。良介がそう言うなら、もうしないよ」



 そう言うと池照は立ち上がり、お姫様から離れようとして――



「――と、見せかけてドーンッ!!」


「!?」



 池照がぐったりしていたお姫様を更に蹴飛ばした。


 明らかなオーバーキル。いや、死んではいないようだけれども。


 その最後の一撃は、騎士たちをハッとさせるには十分なものだった。



「ひ、姫様っ!!」


「ええい!! この者共を捕らえよ!!」


「え? し、しかし、勇者様を捕らえるのは……」


「隷属の首輪を嵌めて従わせれば良い!! 所詮はただのガキだ!! 抵抗するなら死なない程度に痛めつけろ!!」


「「「りょ、了解っ!!」」」



 騎士たちがトドメの一撃で気絶したお姫様を守るように陣形を組み、俺たちを包囲する。


 え、やばくない?


 なんか隷属の首輪って聞こえてきたけど、それってファンタジーでありがちな奴隷に嵌めるような奴じゃない?


 俺は慌てて騎士たちを説得しようと試みた。



「お、おおお落ち着いて!! ここは話し合いで済ませ――」


「問答無用ッ!!」



 どうにかこの場を収めようと俺は前に出たが、騎士の一人が剣を振るってきた。


 当然、俺にその剣を躱す運動神経など無い。


 騎士の剣が俺の胴体を袈裟斬りにしようとしたその時。


 俺と騎士の間に割って入る影があった。



「それはこっちの台詞よ」



 刀神さんだった。


 剣を握る騎士の手首を掴んで撚り、瞬く間に剣を取り上げてしまった刀神さん。



「直剣は得意じゃないけど、スキルのお陰かしら? 今なら何でも斬れそうな気がするわ」


「な、なんだ!? 今の動きは!?」


「刀神流が扱うは刀にあらず。要は刀が無くても戦うための流派なのよ。あるのが一番良いのだけど――ねっ!!」



 剣を振り抜いた刀神さん。


 騎士の被っていた兜だけを両断し、その場に騎士が倒れ伏す。


 兜だけを斬り、人体には傷一つ無い。


 恐るべき剣技を前に騎士たちは踏み出すことができず、しどろもどろしていた。


 刀神さん、かっけー。



「皆、逃げるわよ!!」


「どこに逃げるん?」


「どこでも良いから逃げるの!! ここにいても囲まれて捕まるだけよ!! 腕に覚えのある生徒は先陣を!! 私が殿を務めるわ!!」



 刀神さんの合図で、広間の大扉を目指して一斉に駆け出すクラスメイト。



「に、逃がすな!! 絶対に捕らえろ!!」


「行かせん!!」


「大人しくしろ!!」



 騎士数人が大扉を目指す俺たちの前に立ち塞がるが、それに対処したのは伊賀と甲賀の忍者の末裔、甲伊かい兄弟だった。


 首から下は制服だが、顔は黒装束で隠している。

 声も背丈も同じなため、それらで見分けるのが難しいが、額に巻いた鉢がねに『兄』と『弟』と書いてあるので間違える心配はない。



「兄者!!」


「応!! 忍法・影縫いの術!!」



 甲伊兄が手で印を結び、どこから取り出したのかクナイを投げる。


 すると、クナイは騎士たちの影を縫い止め、その動きを止めてしまった。


 これにはクラスメイトもビックリ。騎士たちもビックリしていた。


 騎士の一人が叫ぶ。



「ま、まさか、こいつらもうスキルを使いこなしているのか!?」


「いや、これは前から出来る。拙者ら忍にとって、影縫いは敵の動きを封じる基本である故な」



 え!? 今のスキルじゃないの!?


 などと困惑してるうちに、甲伊弟が騎士の首の後ろをトンってして意識を刈り取った。


 いや、本物の忍者ってのは分かってたけど、ガチモンの忍術を使えるとは思わないじゃん。



「む、兄者!! このでっかい扉、開かないよ!!」


「ふむ。見たところ鍵はかかっていないようだが……」



 広間の出口と思わしき大扉の前に到着したが、ピクリとも動かない。

 意識を取り戻したお姫様が、その様子を見て笑う。



「そ、その扉は魔法をかけられているのです!! 逃げ場はありませんよ!!」


「なんと。魔法では拙者らにはどうにも出来ぬな」


「ぐぬぬぬ、卑怯だぞう!!」


「いや、お前ら兄弟も大概でしょ。魔法とやってることトントンだよ」



 思わず声に出してツッコミを入れてしまった。



「ここはオレに任せろ!!」


「筋山殿、かたじけない」



 代わりに前へ出たのは、筋肉マスターこと筋山すじやま武雄たけお


 彼は大扉の前に立ち、大きく深呼吸した。


 すると、筋肉がみるみる肥大化。これはスキルの効果だよな? 素でやってるとか言わないよな?



「オレの全身の筋肉たちよ!! 力を貸してくれ!! 筋肉!! 筋肉!! 筋肉こそパワー!! 力こそ筋肉!! 筋肉は全てを解決する!!」



 そして、筋山くんが大扉を押し始めた。


 魔法で閉じた扉を抉じ開けようとする彼を騎士たちが嘲笑う。



「ふん、馬鹿め!! その扉の施錠魔法は我が国の精鋭たる宮廷魔法使いが数人係りで施したもの!! 力ずくで開くこと……など不可……能……え?」



 扉からミシミシ、という音がした。


 扉はたしかに開く気配がない。しかし、扉の周りの壁に亀裂が入っていた。



「我が筋肉に、タンパク質以外の不純物無し!! ぬおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」



 大扉というか、壁を破壊して脱出路の確保に成功した。


 クラスメイト全員で思わず拍手してしまう。



「皆、行こう!!」



 俺の隣を走っていた池照が叫ぶ。


 呆然としてい騎士たちをそのままに、俺たちは広間の外に飛び出した。




―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント今日の名言

筋肉は全てを解決する。


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